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流星群
流星群 1
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時々、無性に空を見たくなる。
特に、星空がいい。
俺の住んでいるところは、そこそこの田舎だ。
だから、見たいと思った日。天気さえ許してくれるなら、星空か、そうでなければ綺麗な月が見える。
だから、空を見上げるのが好きだ。
もう、虫の声が聞こえる季節ではないから、川の流れる音がいつもよりも大きく聞こえる気がする。車が頻繁に通るような道路はこの辺にはない。だから、その音は我が物顔でのさばって、世界の支配者みたいだ。
ガードレールに体重を預けて、俺は空を見上げた。
街の明かりを背にして、山の稜線に身体を向ける。田舎とは言っても、街の方を見れば、眩しいくらいの夜景が見えるから、星を見たいなら人のいる世界に背を向けるしかない。
さわさわと秋の終わりの風がススキを揺らす。
心地いいというよりは、寒い。吐く息は白く、白く、夜の黒い大気に溶ける。
寒いけれど綺麗だ。
だから、夜は好きだ。
たとえ、自分にしか見えない何かが闊歩する時間であろうとも。そこにいる自分は[[rb:客人 > まれびと]]で、決してそこの住人ではないとしても。その世界のルールが自分の知る世界のそれとはまったく違っていたとしても。
それでも、そこにいるのが堪らなく心地いい日がある。
そんな日には無性に空が見たくなるんだ。
黒い。夜の。空が。
ちりん。
と、どこかで音がする。その音は川の音の中に溶けて、混ざって余韻も残りはしなかった。それがこの黒い夜にとても相応しいのだと、思う。
眼鏡を外して、何にも邪魔されずに見上げる空には、星が瞬いている。
白く光る星。
青く頼りない星。
黄色く強く輝く星。
赤く暗い星。
薄く、紙のような月。
いつだっただろうか。 以前にもこうして星を見た。
誰かと。
誰と?
既視感というには曖昧過ぎて、錯覚で片付けるには印象的すぎる。答えを掴み取ろうとすると、それは掌をすり抜けて、白い吐息と一緒に黒い夜に消えた。
手が届かないものはどうしてこんなにも綺麗に見えるんだろう。
今度はそんな思いが過る。
緩やかな流れの川面に小石が投げ込まれたようだ。ほんの小さな波紋は瞬きするくらいの合間に広がって、心を揺らす。
思いのままに手を伸ばしても、手は何も掴みはしない。吐き出した瞬間だけ強く、白く印象を残す吐息の中をすり抜けて、ほぼ同じ組成の大気の中へ落ちていくだけだ。
それでも、俺はもう一度手を伸ばす。
そして、また、同じことを繰り返す。
握った手を開いてそこに何もないのだと確認する。心に穴が開いているような気持になった。途方もなく深くて暗い穴だ。
『あー。なんだこれ?』
気付くと、涙が頬を流れていた。
この気持ちが何なのか、わからない。
悲しみだろうか。違う。
痛みだろうか。違う。
苦しいのだろうか。違う。
悔しいのだろうか。違う。
自分の知っているどの言葉とも相応しいと思えない。それでも涙は溢れている。あふれ出した涙は心の穴の暗い重力に引かれて落ちていく。
そして、また、手を伸ばす。
なんだか、今度は届きそうな気がした。
特に、星空がいい。
俺の住んでいるところは、そこそこの田舎だ。
だから、見たいと思った日。天気さえ許してくれるなら、星空か、そうでなければ綺麗な月が見える。
だから、空を見上げるのが好きだ。
もう、虫の声が聞こえる季節ではないから、川の流れる音がいつもよりも大きく聞こえる気がする。車が頻繁に通るような道路はこの辺にはない。だから、その音は我が物顔でのさばって、世界の支配者みたいだ。
ガードレールに体重を預けて、俺は空を見上げた。
街の明かりを背にして、山の稜線に身体を向ける。田舎とは言っても、街の方を見れば、眩しいくらいの夜景が見えるから、星を見たいなら人のいる世界に背を向けるしかない。
さわさわと秋の終わりの風がススキを揺らす。
心地いいというよりは、寒い。吐く息は白く、白く、夜の黒い大気に溶ける。
寒いけれど綺麗だ。
だから、夜は好きだ。
たとえ、自分にしか見えない何かが闊歩する時間であろうとも。そこにいる自分は[[rb:客人 > まれびと]]で、決してそこの住人ではないとしても。その世界のルールが自分の知る世界のそれとはまったく違っていたとしても。
それでも、そこにいるのが堪らなく心地いい日がある。
そんな日には無性に空が見たくなるんだ。
黒い。夜の。空が。
ちりん。
と、どこかで音がする。その音は川の音の中に溶けて、混ざって余韻も残りはしなかった。それがこの黒い夜にとても相応しいのだと、思う。
眼鏡を外して、何にも邪魔されずに見上げる空には、星が瞬いている。
白く光る星。
青く頼りない星。
黄色く強く輝く星。
赤く暗い星。
薄く、紙のような月。
いつだっただろうか。 以前にもこうして星を見た。
誰かと。
誰と?
既視感というには曖昧過ぎて、錯覚で片付けるには印象的すぎる。答えを掴み取ろうとすると、それは掌をすり抜けて、白い吐息と一緒に黒い夜に消えた。
手が届かないものはどうしてこんなにも綺麗に見えるんだろう。
今度はそんな思いが過る。
緩やかな流れの川面に小石が投げ込まれたようだ。ほんの小さな波紋は瞬きするくらいの合間に広がって、心を揺らす。
思いのままに手を伸ばしても、手は何も掴みはしない。吐き出した瞬間だけ強く、白く印象を残す吐息の中をすり抜けて、ほぼ同じ組成の大気の中へ落ちていくだけだ。
それでも、俺はもう一度手を伸ばす。
そして、また、同じことを繰り返す。
握った手を開いてそこに何もないのだと確認する。心に穴が開いているような気持になった。途方もなく深くて暗い穴だ。
『あー。なんだこれ?』
気付くと、涙が頬を流れていた。
この気持ちが何なのか、わからない。
悲しみだろうか。違う。
痛みだろうか。違う。
苦しいのだろうか。違う。
悔しいのだろうか。違う。
自分の知っているどの言葉とも相応しいと思えない。それでも涙は溢れている。あふれ出した涙は心の穴の暗い重力に引かれて落ちていく。
そして、また、手を伸ばす。
なんだか、今度は届きそうな気がした。
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