真鍮とアイオライト 1

司書Y

文字の大きさ
上 下
6 / 392
散歩道

散歩道 1

しおりを挟む
 多分。
 それに気づいたのは、小学生くらいの時だった。

 その日は、友達のうちに遊びに行って、友達が買ってもらったゲームに夢中になってしまって、いつもなら日が暮れる前に帰る道を街灯が灯り始めてから通ったんだ。といっても、まだ、完全に真っ暗になってしまったわけじゃない。大通りを通り過ぎる車の中にはまだ、ヘッドライトをつけないで走っている車もある。そのくらいの時間だった。

 友達の家から、自分ちまでの道のりは少し大きな通りを通る道と、住宅街を抜ける細い道の二通りあった。大きな道は夕暮れ時、近くにある大きな工場の帰宅時間と重なって、たくさんの車が走っている。けれど、そこには歩道がない上に、うちに帰るには少し遠回りになる。
 だから。
 俺は、住宅街を抜ける細い路地を通って家に向かった。

 道は暗かった。
 別に過疎が進んでいて誰も住んでいないとか、新興住宅地でまだ住人はいないとか、そういうホラー的にアレな場所じゃない。
 ただ、田舎にはありがちな話だけれど、一軒一軒の家の敷地が広い。都会と違って、敷地一杯に建屋が建っている家なんて殆どない。
 だから、街灯の間隔が少しばかり広い。だから、前の街灯と次の街灯の真ん中にとても暗く感じられる場所があるだけだ。
 何の疑問もない。
 ただ、それだけの場所で、田舎にはよくありがちな話なんだ。

 でも、その場所が、俺は好きじゃなかった。
 昼間の明るい時間ならいい。
 街灯のある場所ならいい。
 もっとたくさん家のある場所ならいい。
 けれど、今は、夕暮れ時で、太陽はもう山の稜線の向こうに見えなくなっていて、ここは少しばかりの田舎で、田舎では家はひしめき合っているものじゃなかった。

 だから、俺はいつもよりも少しだけ、歩く速度を速めた。
 街頭と街頭の間の暗い。いや、言ってしまえば黒い道路の部分を踏まないように。まるで踏んでしまうことが、禁忌であるかのように慎重に。
 けれど、その黒は小学生が踏まず進むことができないほどに道路を侵食していた。街灯に照らされた安全地帯はまるで大海に浮かぶ小島のように小さく心もとない。

 もう、壁に囲まれた小さな路地には夕日の沈んだ後の雲が照り返すオレンジ色の光は届かないんだ。それどころか、沈んでいく太陽の最期の残り火のような強いオレンジ色の光は強烈なコントラストとなって、影の黒さを引き立てる。

 足元の黒から逃げるように目を逸らして、進んで行く先の道を見つめ、俺は絶望的な想いでため息を吐く。それから、後ろを振り返って、はっとする。
 いつの間にか自分が今まで通ってきた道も、同じように黒い海と白けたような街灯が作り出す小さな小島だけになっている。
 別におかしいことじゃない。ただ、日が暮れただけだ。
 ただ、それだけで、いつもの道は別の世界になっていた。

『別になんてことない』

 自分自身に言い聞かせる。
 ただ、光度がなくなっただけのいつもの道だ。

『なんてことない。なんてことない』

 呪文のように繰り返す。
 それから、よし。と、心を決めて、俺は街灯の届かない、黒い場所に足を踏み入れた。

 スニーカーの底が地面に触れる。合成樹脂素材のそれはアスファルトの地面に触れても音なんてしない。ただ、くく。と、足の下の小さな砂利の軋みが足を、脊椎を伝わって鼓膜の奥に音に似たそれでも音未満のものの存在を感じ取らせた。
 そんなあんまりにもありふれた感触が俺の心に小さな安堵をくれた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...