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散歩道
散歩道 1
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多分。
それに気づいたのは、小学生くらいの時だった。
その日は、友達のうちに遊びに行って、友達が買ってもらったゲームに夢中になってしまって、いつもなら日が暮れる前に帰る道を街灯が灯り始めてから通ったんだ。といっても、まだ、完全に真っ暗になってしまったわけじゃない。大通りを通り過ぎる車の中にはまだ、ヘッドライトをつけないで走っている車もある。そのくらいの時間だった。
友達の家から、自分ちまでの道のりは少し大きな通りを通る道と、住宅街を抜ける細い道の二通りあった。大きな道は夕暮れ時、近くにある大きな工場の帰宅時間と重なって、たくさんの車が走っている。けれど、そこには歩道がない上に、うちに帰るには少し遠回りになる。
だから。
俺は、住宅街を抜ける細い路地を通って家に向かった。
道は暗かった。
別に過疎が進んでいて誰も住んでいないとか、新興住宅地でまだ住人はいないとか、そういうホラー的にアレな場所じゃない。
ただ、田舎にはありがちな話だけれど、一軒一軒の家の敷地が広い。都会と違って、敷地一杯に建屋が建っている家なんて殆どない。
だから、街灯の間隔が少しばかり広い。だから、前の街灯と次の街灯の真ん中にとても暗く感じられる場所があるだけだ。
何の疑問もない。
ただ、それだけの場所で、田舎にはよくありがちな話なんだ。
でも、その場所が、俺は好きじゃなかった。
昼間の明るい時間ならいい。
街灯のある場所ならいい。
もっとたくさん家のある場所ならいい。
けれど、今は、夕暮れ時で、太陽はもう山の稜線の向こうに見えなくなっていて、ここは少しばかりの田舎で、田舎では家はひしめき合っているものじゃなかった。
だから、俺はいつもよりも少しだけ、歩く速度を速めた。
街頭と街頭の間の暗い。いや、言ってしまえば黒い道路の部分を踏まないように。まるで踏んでしまうことが、禁忌であるかのように慎重に。
けれど、その黒は小学生が踏まず進むことができないほどに道路を侵食していた。街灯に照らされた安全地帯はまるで大海に浮かぶ小島のように小さく心もとない。
もう、壁に囲まれた小さな路地には夕日の沈んだ後の雲が照り返すオレンジ色の光は届かないんだ。それどころか、沈んでいく太陽の最期の残り火のような強いオレンジ色の光は強烈なコントラストとなって、影の黒さを引き立てる。
足元の黒から逃げるように目を逸らして、進んで行く先の道を見つめ、俺は絶望的な想いでため息を吐く。それから、後ろを振り返って、はっとする。
いつの間にか自分が今まで通ってきた道も、同じように黒い海と白けたような街灯が作り出す小さな小島だけになっている。
別におかしいことじゃない。ただ、日が暮れただけだ。
ただ、それだけで、いつもの道は別の世界になっていた。
『別になんてことない』
自分自身に言い聞かせる。
ただ、光度がなくなっただけのいつもの道だ。
『なんてことない。なんてことない』
呪文のように繰り返す。
それから、よし。と、心を決めて、俺は街灯の届かない、黒い場所に足を踏み入れた。
スニーカーの底が地面に触れる。合成樹脂素材のそれはアスファルトの地面に触れても音なんてしない。ただ、くく。と、足の下の小さな砂利の軋みが足を、脊椎を伝わって鼓膜の奥に音に似たそれでも音未満のものの存在を感じ取らせた。
そんなあんまりにもありふれた感触が俺の心に小さな安堵をくれた。
それに気づいたのは、小学生くらいの時だった。
その日は、友達のうちに遊びに行って、友達が買ってもらったゲームに夢中になってしまって、いつもなら日が暮れる前に帰る道を街灯が灯り始めてから通ったんだ。といっても、まだ、完全に真っ暗になってしまったわけじゃない。大通りを通り過ぎる車の中にはまだ、ヘッドライトをつけないで走っている車もある。そのくらいの時間だった。
友達の家から、自分ちまでの道のりは少し大きな通りを通る道と、住宅街を抜ける細い道の二通りあった。大きな道は夕暮れ時、近くにある大きな工場の帰宅時間と重なって、たくさんの車が走っている。けれど、そこには歩道がない上に、うちに帰るには少し遠回りになる。
だから。
俺は、住宅街を抜ける細い路地を通って家に向かった。
道は暗かった。
別に過疎が進んでいて誰も住んでいないとか、新興住宅地でまだ住人はいないとか、そういうホラー的にアレな場所じゃない。
ただ、田舎にはありがちな話だけれど、一軒一軒の家の敷地が広い。都会と違って、敷地一杯に建屋が建っている家なんて殆どない。
だから、街灯の間隔が少しばかり広い。だから、前の街灯と次の街灯の真ん中にとても暗く感じられる場所があるだけだ。
何の疑問もない。
ただ、それだけの場所で、田舎にはよくありがちな話なんだ。
でも、その場所が、俺は好きじゃなかった。
昼間の明るい時間ならいい。
街灯のある場所ならいい。
もっとたくさん家のある場所ならいい。
けれど、今は、夕暮れ時で、太陽はもう山の稜線の向こうに見えなくなっていて、ここは少しばかりの田舎で、田舎では家はひしめき合っているものじゃなかった。
だから、俺はいつもよりも少しだけ、歩く速度を速めた。
街頭と街頭の間の暗い。いや、言ってしまえば黒い道路の部分を踏まないように。まるで踏んでしまうことが、禁忌であるかのように慎重に。
けれど、その黒は小学生が踏まず進むことができないほどに道路を侵食していた。街灯に照らされた安全地帯はまるで大海に浮かぶ小島のように小さく心もとない。
もう、壁に囲まれた小さな路地には夕日の沈んだ後の雲が照り返すオレンジ色の光は届かないんだ。それどころか、沈んでいく太陽の最期の残り火のような強いオレンジ色の光は強烈なコントラストとなって、影の黒さを引き立てる。
足元の黒から逃げるように目を逸らして、進んで行く先の道を見つめ、俺は絶望的な想いでため息を吐く。それから、後ろを振り返って、はっとする。
いつの間にか自分が今まで通ってきた道も、同じように黒い海と白けたような街灯が作り出す小さな小島だけになっている。
別におかしいことじゃない。ただ、日が暮れただけだ。
ただ、それだけで、いつもの道は別の世界になっていた。
『別になんてことない』
自分自身に言い聞かせる。
ただ、光度がなくなっただけのいつもの道だ。
『なんてことない。なんてことない』
呪文のように繰り返す。
それから、よし。と、心を決めて、俺は街灯の届かない、黒い場所に足を踏み入れた。
スニーカーの底が地面に触れる。合成樹脂素材のそれはアスファルトの地面に触れても音なんてしない。ただ、くく。と、足の下の小さな砂利の軋みが足を、脊椎を伝わって鼓膜の奥に音に似たそれでも音未満のものの存在を感じ取らせた。
そんなあんまりにもありふれた感触が俺の心に小さな安堵をくれた。
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