4 / 392
水鏡
水鏡 4
しおりを挟む
考えがまとまらない。
以前。走馬灯とは、死の瞬間。生物最大の危機から己を救うために脳が記憶にアクセスし危機回避の方法を検索している状態だと聞いたことがある。
とりとめもなく浮かぶ思いは、まさにそれなのだろうか。
え? なに? 俺。ヤバいの?
どくん。と、一層大きく何かの音がした。
それが、自分の鼓動の音だと気付く。
危機を認識したというのに、検索した記憶の中からは今の状況を回避するような#奇蹟的な幸運はヒットしなかった。
かわれ。
また、声が聞こえた。
さっきとは違う言葉だった。それがどういう意味なのか考えたくない。けれど、頭は混乱して解決策は全く思いつかないくせに、何故かわかってしまった。
冗談じゃない。
と、言ったつもりだったけれど、声にはならなかった。
喉の奥からかすれた呼吸音が聞こえるだけ。
次の瞬間。
ずん。と、何かが身体に圧し掛かってきたような重みを感じた。元々身体は動かなかったのだが、さらに血管に鉛でも流し込まれたように重い。
いや。違う。
地の底。いや、池の底から這い出てきた何かが、俺の足に絡みついている。細くて、冷たくて、固い、五本の棒状のもの。それが持っている明確な悪意が空気に溶けて、重力を変化させているような感じ。
そんな感じだった。
かわれ。
かわれ。
そして、その何かは、右足を、左足を、ものすごい力で引っ張ってくる。それは、確実に背を向けた池の方へと俺を引きずっていった。
かわれ。かわれ。
かわれ。かわれ。
必死に自転車の方へと歩こうと脚に力を込める。けれど、池へと引き戻される力に逆らうことができない。
一体自分の身体はどうなってしまっているのか、知りたい。しかし、視線を下に落とすことができない。怖すぎる。もし、そこにあるのが俺の想像通りのものだったとしたら、多分、一瞬で気を失う自信があった。そして、気を失ってしまったら、抗いようがない。そのまま、池の中に直送されて…。
そのあとのことは、中学生の話を聞いていないので何とも言い難いが、幸福なラストを迎えられないことだけは確信が持てた。
かわれ。かわれ。かわれ。かわれ。かわれ。
かわれ。かわれ。かわれ。かわれ。かわれ。
かわれ。かわれ。かわれ。かわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれ。
気付くと聞こえてくる声が増えている。自分の声だけじゃない。老人の声にも、若い女の声にも、少年のような声にも、まるで幼児のような声にも聞こえる。
それが、俺の周りを渦巻いていた。
もう、重い。という言葉が相応しくはない。
自分を取り巻く空気すべてに押しつぶされそうな圧力を感じる。
『や…めろ』
ようやく絞り出した声は、酷く掠れていた。
きっとこのままでは、逃げることなんてできない。
経験上、知っているが、こういうのにお経とか、祝詞とか、お札とか、お守りとか、塩とか、酒とか、そんなものが効くなんてことはほとんど、ない。どんなに偉そうなお坊さんでも、除霊とかしたことがあるなんて話聞いたこともない。霊能者なんて都合のいいものに知り合いもいないし、いたとしてももう間に合わない。
こういうタイプのヤツは、いつだって唐突で、横暴で、理不尽だ。
だから、こうなったら、もう、どうしようもない。
ああ。東野圭吾の新作。読んでから死にたかったな。
と、あきらめかけた時だった。
ぱしゃん。
小さな水音と共に、不意に身体が軽くなる。
本当に何もなかったかのように、軽くなるものだから、なんだかよくわからない力から逃れようと、強張っていた身体はそのまま前に投げ出されてしまった。
『うあ!』
顔面から砂利道に投げ出されることを覚悟する。
以前。走馬灯とは、死の瞬間。生物最大の危機から己を救うために脳が記憶にアクセスし危機回避の方法を検索している状態だと聞いたことがある。
とりとめもなく浮かぶ思いは、まさにそれなのだろうか。
え? なに? 俺。ヤバいの?
どくん。と、一層大きく何かの音がした。
それが、自分の鼓動の音だと気付く。
危機を認識したというのに、検索した記憶の中からは今の状況を回避するような#奇蹟的な幸運はヒットしなかった。
かわれ。
また、声が聞こえた。
さっきとは違う言葉だった。それがどういう意味なのか考えたくない。けれど、頭は混乱して解決策は全く思いつかないくせに、何故かわかってしまった。
冗談じゃない。
と、言ったつもりだったけれど、声にはならなかった。
喉の奥からかすれた呼吸音が聞こえるだけ。
次の瞬間。
ずん。と、何かが身体に圧し掛かってきたような重みを感じた。元々身体は動かなかったのだが、さらに血管に鉛でも流し込まれたように重い。
いや。違う。
地の底。いや、池の底から這い出てきた何かが、俺の足に絡みついている。細くて、冷たくて、固い、五本の棒状のもの。それが持っている明確な悪意が空気に溶けて、重力を変化させているような感じ。
そんな感じだった。
かわれ。
かわれ。
そして、その何かは、右足を、左足を、ものすごい力で引っ張ってくる。それは、確実に背を向けた池の方へと俺を引きずっていった。
かわれ。かわれ。
かわれ。かわれ。
必死に自転車の方へと歩こうと脚に力を込める。けれど、池へと引き戻される力に逆らうことができない。
一体自分の身体はどうなってしまっているのか、知りたい。しかし、視線を下に落とすことができない。怖すぎる。もし、そこにあるのが俺の想像通りのものだったとしたら、多分、一瞬で気を失う自信があった。そして、気を失ってしまったら、抗いようがない。そのまま、池の中に直送されて…。
そのあとのことは、中学生の話を聞いていないので何とも言い難いが、幸福なラストを迎えられないことだけは確信が持てた。
かわれ。かわれ。かわれ。かわれ。かわれ。
かわれ。かわれ。かわれ。かわれ。かわれ。
かわれ。かわれ。かわれ。かわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれ。
気付くと聞こえてくる声が増えている。自分の声だけじゃない。老人の声にも、若い女の声にも、少年のような声にも、まるで幼児のような声にも聞こえる。
それが、俺の周りを渦巻いていた。
もう、重い。という言葉が相応しくはない。
自分を取り巻く空気すべてに押しつぶされそうな圧力を感じる。
『や…めろ』
ようやく絞り出した声は、酷く掠れていた。
きっとこのままでは、逃げることなんてできない。
経験上、知っているが、こういうのにお経とか、祝詞とか、お札とか、お守りとか、塩とか、酒とか、そんなものが効くなんてことはほとんど、ない。どんなに偉そうなお坊さんでも、除霊とかしたことがあるなんて話聞いたこともない。霊能者なんて都合のいいものに知り合いもいないし、いたとしてももう間に合わない。
こういうタイプのヤツは、いつだって唐突で、横暴で、理不尽だ。
だから、こうなったら、もう、どうしようもない。
ああ。東野圭吾の新作。読んでから死にたかったな。
と、あきらめかけた時だった。
ぱしゃん。
小さな水音と共に、不意に身体が軽くなる。
本当に何もなかったかのように、軽くなるものだから、なんだかよくわからない力から逃れようと、強張っていた身体はそのまま前に投げ出されてしまった。
『うあ!』
顔面から砂利道に投げ出されることを覚悟する。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺
高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる