真鍮とアイオライト 1

司書Y

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水鏡

水鏡 4

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 考えがまとまらない。
 以前。走馬灯とは、死の瞬間。生物最大の危機から己を救うために脳が記憶にアクセスし危機回避の方法を検索している状態だと聞いたことがある。
 とりとめもなく浮かぶ思いは、まさにそれなのだろうか。

 え? なに? 俺。ヤバいの?

 どくん。と、一層大きく何かの音がした。
 それが、自分の鼓動の音だと気付く。
 危機を認識したというのに、検索した記憶の中からは今の状況を回避するような#奇蹟的な幸運はヒットしなかった。

 かわれ。

 また、声が聞こえた。
 さっきとは違う言葉だった。それがどういう意味なのか考えたくない。けれど、頭は混乱して解決策は全く思いつかないくせに、何故かわかってしまった。

 冗談じゃない。

 と、言ったつもりだったけれど、声にはならなかった。
 喉の奥からかすれた呼吸音が聞こえるだけ。
 次の瞬間。
 ずん。と、何かが身体に圧し掛かってきたような重みを感じた。元々身体は動かなかったのだが、さらに血管に鉛でも流し込まれたように重い。
 いや。違う。
 地の底。いや、池の底から這い出てきた何かが、俺の足に絡みついている。細くて、冷たくて、固い、五本の棒状のもの。それが持っている明確な悪意が空気に溶けて、重力を変化させているような感じ。
 そんな感じだった。

 かわれ。
 かわれ。

 そして、その何かは、右足を、左足を、ものすごい力で引っ張ってくる。それは、確実に背を向けた池の方へと俺を引きずっていった。

 かわれ。かわれ。
 かわれ。かわれ。

 必死に自転車の方へと歩こうと脚に力を込める。けれど、池へと引き戻される力に逆らうことができない。
 一体自分の身体はどうなってしまっているのか、知りたい。しかし、視線を下に落とすことができない。怖すぎる。もし、そこにあるのが俺の想像通りのものだったとしたら、多分、一瞬で気を失う自信があった。そして、気を失ってしまったら、抗いようがない。そのまま、池の中に直送されて…。
 そのあとのことは、中学生の話を聞いていないので何とも言い難いが、幸福なラストを迎えられないことだけは確信が持てた。

 かわれ。かわれ。かわれ。かわれ。かわれ。
 かわれ。かわれ。かわれ。かわれ。かわれ。
 かわれ。かわれ。かわれ。かわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれかわれ。

 気付くと聞こえてくる声が増えている。自分の声だけじゃない。老人の声にも、若い女の声にも、少年のような声にも、まるで幼児のような声にも聞こえる。
 それが、俺の周りを渦巻いていた。
 もう、重い。という言葉が相応しくはない。
 自分を取り巻く空気すべてに押しつぶされそうな圧力を感じる。

『や…めろ』

 ようやく絞り出した声は、酷く掠れていた。
 きっとこのままでは、逃げることなんてできない。
 経験上、知っているが、こういうのにお経とか、祝詞とか、お札とか、お守りとか、塩とか、酒とか、そんなものが効くなんてことはほとんど、ない。どんなに偉そうなお坊さんでも、除霊とかしたことがあるなんて話聞いたこともない。霊能者なんて都合のいいものに知り合いもいないし、いたとしてももう間に合わない。
 こういうタイプのヤツは、いつだって唐突で、横暴で、理不尽だ。
 だから、こうなったら、もう、どうしようもない。

 ああ。東野圭吾の新作。読んでから死にたかったな。

 と、あきらめかけた時だった。

 ぱしゃん。

 小さな水音と共に、不意に身体が軽くなる。
 本当に何もなかったかのように、軽くなるものだから、なんだかよくわからない力から逃れようと、強張っていた身体はそのまま前に投げ出されてしまった。

『うあ!』

 顔面から砂利道に投げ出されることを覚悟する。
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