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手紙
おどる 3
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ざー。
と、不意に音が聞こえて、彼女の足が止まった。一青の背中側、曲がってきた道を車が通り過ぎ、派手に水を跳ね上げたのだ。
いつもの彼であればそんなものを無様に浴びたりはしない。けれど、その女性に見入っていたから、頭から水を被ってしまった。もちろん、車は止まらずに走り去ってしまう。
「あー。くそ」
悪態をついて顔を上げると、彼女は一青を見ていた。
一青は一般人とは違う。身体能力も、感覚器官も特別製だし、厳しい訓練も受けている。常に魔光を使って探知の網を張ってもいる。それでも、我を忘れるほど彼女に見入っていたのは彼女が美しいから、というわけでない。
「ずぶぬれ」
彼女が笑う。
とても、綺麗な笑顔だった。
けれど、一青の頭は別のことで支配されている。
似ている。
彼女はそっくりなのだ。
髪や瞳の色は違っているけれど。
一青が最も愛している人物に。
「ひすい」
思わず呟く。
一青の声に彼女は首を傾げた。
「ひすい?」
まるで何も知らない幼子のような表情だった。そんな仕草も時折翡翠が見せる世間知らずな一面と重なる。
それでも、決定的に違う。
違う。と、一青は感じる。
「それ、なに?」
ぱしゃ。と、水音。
軽やかな足取りで、彼女は一青の方へと歩み寄る。
「あなた。ふしぎなにおいがするね」
一青の目の前まで来て、彼女は言った。
「水の……におい?」
すん。と、鼻を鳴らす。
「キレイ」
そう言ってから、彼女はふわり。と、両手を広げて、一青を見た。まるで、抱っこを強請る幼児のような仕草だ。
彼女が就学前の子供なら、『迷子なのかな?』と、抱き上げていただろう。けれど、どこからみても一青が抱き返していい年頃の女性ではない。期待に満ちた目で見られても、どうしていいのか分からずに、一青は彼女を見ていた。
「……? ?」
彼女がまた、首を傾げる。
「いいよ?」
そして言う。
今度は一青が首を傾げる番だ。
「なに……が?」
会話がかみ合わない。言葉が通じない。と、いうよりも、一青には彼女が自分とは全く別の生き物のように見えた。
「ぎゅ。ってして、いいよ」
言うよりも早く、彼女は一青の背に手を回してぎゅ。と、抱きついてきた。白くて細い身体は、それでも柔らかく、思ったよりも温かい。
「おい」
彼女に敵意とか害意がないことくらいは分かる。それでも、一青は彼女の身体を引き離した。なにか、そうしていることが酷く悪いことのように思えたからだ。
「やめろ」
乱暴に扱った訳では無いが、一青から引き離されて、彼女は酷く驚いた顔をしていた。まるで、そんなふうに扱われたのは初めてだ。とでも言いたげな表情だ。
「どうして?」
下から見上げてくる大きな瞳。その顔が驚くくらいに翡翠に似ていて、混乱する。
「みんな、ぎゅ。ってしていいよって言うと、よろこぶよ?」
青い瞳が見ている。ラピスラズリの色だ。
「るりがイヤな人とは、しなくていいの。キミはキレイだからいいよ。るりの魔光あげる」
その言葉に一青はハッとした。
と、不意に音が聞こえて、彼女の足が止まった。一青の背中側、曲がってきた道を車が通り過ぎ、派手に水を跳ね上げたのだ。
いつもの彼であればそんなものを無様に浴びたりはしない。けれど、その女性に見入っていたから、頭から水を被ってしまった。もちろん、車は止まらずに走り去ってしまう。
「あー。くそ」
悪態をついて顔を上げると、彼女は一青を見ていた。
一青は一般人とは違う。身体能力も、感覚器官も特別製だし、厳しい訓練も受けている。常に魔光を使って探知の網を張ってもいる。それでも、我を忘れるほど彼女に見入っていたのは彼女が美しいから、というわけでない。
「ずぶぬれ」
彼女が笑う。
とても、綺麗な笑顔だった。
けれど、一青の頭は別のことで支配されている。
似ている。
彼女はそっくりなのだ。
髪や瞳の色は違っているけれど。
一青が最も愛している人物に。
「ひすい」
思わず呟く。
一青の声に彼女は首を傾げた。
「ひすい?」
まるで何も知らない幼子のような表情だった。そんな仕草も時折翡翠が見せる世間知らずな一面と重なる。
それでも、決定的に違う。
違う。と、一青は感じる。
「それ、なに?」
ぱしゃ。と、水音。
軽やかな足取りで、彼女は一青の方へと歩み寄る。
「あなた。ふしぎなにおいがするね」
一青の目の前まで来て、彼女は言った。
「水の……におい?」
すん。と、鼻を鳴らす。
「キレイ」
そう言ってから、彼女はふわり。と、両手を広げて、一青を見た。まるで、抱っこを強請る幼児のような仕草だ。
彼女が就学前の子供なら、『迷子なのかな?』と、抱き上げていただろう。けれど、どこからみても一青が抱き返していい年頃の女性ではない。期待に満ちた目で見られても、どうしていいのか分からずに、一青は彼女を見ていた。
「……? ?」
彼女がまた、首を傾げる。
「いいよ?」
そして言う。
今度は一青が首を傾げる番だ。
「なに……が?」
会話がかみ合わない。言葉が通じない。と、いうよりも、一青には彼女が自分とは全く別の生き物のように見えた。
「ぎゅ。ってして、いいよ」
言うよりも早く、彼女は一青の背に手を回してぎゅ。と、抱きついてきた。白くて細い身体は、それでも柔らかく、思ったよりも温かい。
「おい」
彼女に敵意とか害意がないことくらいは分かる。それでも、一青は彼女の身体を引き離した。なにか、そうしていることが酷く悪いことのように思えたからだ。
「やめろ」
乱暴に扱った訳では無いが、一青から引き離されて、彼女は酷く驚いた顔をしていた。まるで、そんなふうに扱われたのは初めてだ。とでも言いたげな表情だ。
「どうして?」
下から見上げてくる大きな瞳。その顔が驚くくらいに翡翠に似ていて、混乱する。
「みんな、ぎゅ。ってしていいよって言うと、よろこぶよ?」
青い瞳が見ている。ラピスラズリの色だ。
「るりがイヤな人とは、しなくていいの。キミはキレイだからいいよ。るりの魔光あげる」
その言葉に一青はハッとした。
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