【これはファンタジーで正解ですか?】

司書Y

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 ざー。

 と、不意に音が聞こえて、彼女の足が止まった。一青の背中側、曲がってきた道を車が通り過ぎ、派手に水を跳ね上げたのだ。
 いつもの彼であればそんなものを無様に浴びたりはしない。けれど、その女性に見入っていたから、頭から水を被ってしまった。もちろん、車は止まらずに走り去ってしまう。

「あー。くそ」

 悪態をついて顔を上げると、彼女は一青を見ていた。
 一青は一般人とは違う。身体能力も、感覚器官も特別製だし、厳しい訓練も受けている。常に魔光を使って探知の網を張ってもいる。それでも、我を忘れるほど彼女に見入っていたのは彼女が美しいから、というわけでない。

「ずぶぬれ」

 彼女が笑う。
 とても、綺麗な笑顔だった。
 けれど、一青の頭は別のことで支配されている。

 似ている。

 彼女はそっくりなのだ。
 髪や瞳の色は違っているけれど。
 一青が最も愛している人物に。

「ひすい」

 思わず呟く。
 一青の声に彼女は首を傾げた。

「ひすい?」

 まるで何も知らない幼子のような表情だった。そんな仕草も時折翡翠が見せる世間知らずな一面と重なる。
 それでも、決定的に違う。
 違う。と、一青は感じる。

「それ、なに?」

 ぱしゃ。と、水音。
 軽やかな足取りで、彼女は一青の方へと歩み寄る。

「あなた。ふしぎなにおいがするね」

 一青の目の前まで来て、彼女は言った。

「水の……におい?」

 すん。と、鼻を鳴らす。

「キレイ」

 そう言ってから、彼女はふわり。と、両手を広げて、一青を見た。まるで、抱っこを強請る幼児のような仕草だ。
 彼女が就学前の子供なら、『迷子なのかな?』と、抱き上げていただろう。けれど、どこからみても一青が抱き返していい年頃の女性ではない。期待に満ちた目で見られても、どうしていいのか分からずに、一青は彼女を見ていた。

「……? ?」

 彼女がまた、首を傾げる。

「いいよ?」

 そして言う。
 今度は一青が首を傾げる番だ。

「なに……が?」

 会話がかみ合わない。言葉が通じない。と、いうよりも、一青には彼女が自分とは全く別の生き物のように見えた。

「ぎゅ。ってして、いいよ」

 言うよりも早く、彼女は一青の背に手を回してぎゅ。と、抱きついてきた。白くて細い身体は、それでも柔らかく、思ったよりも温かい。

「おい」

 彼女に敵意とか害意がないことくらいは分かる。それでも、一青は彼女の身体を引き離した。なにか、そうしていることが酷く悪いことのように思えたからだ。

「やめろ」

 乱暴に扱った訳では無いが、一青から引き離されて、彼女は酷く驚いた顔をしていた。まるで、そんなふうに扱われたのは初めてだ。とでも言いたげな表情だ。

「どうして?」

 下から見上げてくる大きな瞳。その顔が驚くくらいに翡翠に似ていて、混乱する。

「みんな、ぎゅ。ってしていいよって言うと、よろこぶよ?」

 青い瞳が見ている。ラピスラズリの色だ。

「るりがイヤな人とは、しなくていいの。キミはキレイだからいいよ。るりの魔光あげる」

 その言葉に一青はハッとした。
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