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手紙
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さあ。
と、雨音。
ぱしゃ。ぱしゃ。
と、靴が水たまりをはじく。
額に雨が張り付いて、毛先からいくつも雫が落ちる。
シャツが濡れて張り付いた感触や、靴の中が濡れた感触は正直あまり好ましくはない。
それでも、雨の中を歩くその感覚は、悪くない。悪戯をしているような気分になる。それは春風が新緑を揺らすみたいに、一青の中の冒険を覚えたての少年の心を擽った。
ふと。
何処かで、水面の揺らめく気配がした。
それは現実の世界ではない。耳が肌が捉えた感覚ではない。別の感覚器官が捉えた気配。気の所為と言うには濃密で、はっきりとした形を思い描くには希薄な感覚。
それが何なのか、一青は知っていた。
その感覚は、初めて翡翠とあった日に感じたのと、よく似ていて、けれど、決定的に違う。
「ゲート……だ」
思わず呟く。
ゲートとゲートキーパーの間にだけ感じられる感覚が、確かにあった。
雨だれが水琴窟を叩くような音。けれど、それは音ではない。耳という器官ではなく肌で空気の振動を感じ取っているような感触。その音はガラスの向こうの音と表現するのが近い。
遠いのだ。
一青は思う。もしかしなら、識覚を阻害する魔法がかけられているからだろうか。或いは一青に既に契約した伴侶がいるからかもしれない。
心地よい音だとは思う。
けれど、心も身体も『違う』と、言っている。
泉の水をさざめかす新緑の頃の風のような翡翠の気配とは明らかに違う。
強く惹きつけられて、抗いがたいその人の匂いとは全く違う。
「……だれだ」
気配をたどって一青は角を曲がった。民家の塀で隠れていた道の先が視界に入る。
そこには一人の女性がいた。
彼女は傘をさしていなかった。
それは仕方ない。実際、一青だって傘を買えずに濡れて歩いている。
しかし、彼女は歩いてはいなかった。
魔導ガラスが発する明かりは随分と弱くなっている。その中に街灯がポツリ。と、そこだけをスポットライトのように照らしていた。
彼女はそこで踊っていた。
ずぶ濡れだと言うのにその顔は楽しそうだ。白いワンピースを着た青く長い髪の少女。否、少女ではないかもしれない。顔立ちは幼いけれど、どこか妖艶で、大人の女特有の匂い立つ彩りが見える。
彼女は濡れたワンピースの裾から雫を降らせながら、片足の爪先でくるり。と回る。回り終えて、上げていた方の足を下ろすと、ぱしゃり。と、小さな水音。何がおかしかったのかわからない。けれど、彼女はその音に目を細めて楽しげに笑った。
そして、また、片足を上げて、ぱしゃ。と、水溜まりを打つ。それから、反対の足。また、反対の足。
ステップを踏むように何度も同じことを繰り返しては、笑う。
とても、幻想的で美しい姿だった。
と、雨音。
ぱしゃ。ぱしゃ。
と、靴が水たまりをはじく。
額に雨が張り付いて、毛先からいくつも雫が落ちる。
シャツが濡れて張り付いた感触や、靴の中が濡れた感触は正直あまり好ましくはない。
それでも、雨の中を歩くその感覚は、悪くない。悪戯をしているような気分になる。それは春風が新緑を揺らすみたいに、一青の中の冒険を覚えたての少年の心を擽った。
ふと。
何処かで、水面の揺らめく気配がした。
それは現実の世界ではない。耳が肌が捉えた感覚ではない。別の感覚器官が捉えた気配。気の所為と言うには濃密で、はっきりとした形を思い描くには希薄な感覚。
それが何なのか、一青は知っていた。
その感覚は、初めて翡翠とあった日に感じたのと、よく似ていて、けれど、決定的に違う。
「ゲート……だ」
思わず呟く。
ゲートとゲートキーパーの間にだけ感じられる感覚が、確かにあった。
雨だれが水琴窟を叩くような音。けれど、それは音ではない。耳という器官ではなく肌で空気の振動を感じ取っているような感触。その音はガラスの向こうの音と表現するのが近い。
遠いのだ。
一青は思う。もしかしなら、識覚を阻害する魔法がかけられているからだろうか。或いは一青に既に契約した伴侶がいるからかもしれない。
心地よい音だとは思う。
けれど、心も身体も『違う』と、言っている。
泉の水をさざめかす新緑の頃の風のような翡翠の気配とは明らかに違う。
強く惹きつけられて、抗いがたいその人の匂いとは全く違う。
「……だれだ」
気配をたどって一青は角を曲がった。民家の塀で隠れていた道の先が視界に入る。
そこには一人の女性がいた。
彼女は傘をさしていなかった。
それは仕方ない。実際、一青だって傘を買えずに濡れて歩いている。
しかし、彼女は歩いてはいなかった。
魔導ガラスが発する明かりは随分と弱くなっている。その中に街灯がポツリ。と、そこだけをスポットライトのように照らしていた。
彼女はそこで踊っていた。
ずぶ濡れだと言うのにその顔は楽しそうだ。白いワンピースを着た青く長い髪の少女。否、少女ではないかもしれない。顔立ちは幼いけれど、どこか妖艶で、大人の女特有の匂い立つ彩りが見える。
彼女は濡れたワンピースの裾から雫を降らせながら、片足の爪先でくるり。と回る。回り終えて、上げていた方の足を下ろすと、ぱしゃり。と、小さな水音。何がおかしかったのかわからない。けれど、彼女はその音に目を細めて楽しげに笑った。
そして、また、片足を上げて、ぱしゃ。と、水溜まりを打つ。それから、反対の足。また、反対の足。
ステップを踏むように何度も同じことを繰り返しては、笑う。
とても、幻想的で美しい姿だった。
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