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手紙
生まれた日 2
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「……おかあさん」
大泉医師から渡された一葉の写真を見つめて、翡翠は小さく呟いた。
今はなくなってしまった家の前で家族で撮った写真だ。その中には確かに幸福がある。父と母は笑っている。翡翠も満面の笑顔だ。弟は眠ってしまっているし、妹は大泣きをしている。けれど、それが幸せな家族の写真だと誰の目にも分かる。
「……おとうさん」
くるり。と、その写真を裏返す。
父、正兼。母、翠。翡翠。弟、紫。そして、妹の名前が書かれている。
「瑠璃」
初めて写真を渡されたときに何故気づかなかったのかと思う。あまりにも色々なことがありすぎて、混乱しきっていたのかもしれない。否。それ以上にそう思いたくなかったからだと、翡翠は思う。
「瑠璃……」
あの地獄のような場所。『奈落』で、自分以外にもう一人いたはずの人型ゲート。その名前が『瑠璃』だった。
珍しいというほどではない。けれど、偶然と考えるにはできすぎている。
やはり。と、考えてしまってから、そんなはずがないと首を振る。
翡翠は一青に助けられてから、人型ゲートのことをできる限り調べた。大泉医師に教えも請うた。
その結果、一人の女性に人型ゲートが発生したとき、その姉妹または姉妹の子にゲートが発生する確率が高いことが分かった。遺伝的形質によってゲートの発生率は高まる。それだけが要因でないことはたしかだけれど、ゲートの因子は血によって受け継がれている可能性があるという意味だ。人型ゲートは子孫を残すことができない。だから、姉妹や姉妹の子に発生する確率が高まる。
翡翠はゲートとしてはイレギュラーだから、そんな法則が当てはまるとは思えない。しかし、考えずにはいられない。
奈落にいたもう一人の人型ゲート。『瑠璃』は、翡翠の妹だ。
「あんな場所に……っ」
あんな地獄にいたのが、自分だけではなかったかもしれないこと。そして、未だ発見されていない彼女は、今でも同じことをさせられているのではないかということ。考えすぎだと笑うことはできなかった。
一刻も早く彼女を救い出したい。
「……でも」
ソファテーブルの上に置いてある手紙に視線を移す。
「……こわ……い」
写真を渡されたとき、一緒に渡された手紙。それを、翡翠はどうしても開けずにいた。
開こうとすると恐怖に手が止まってしまう。この中に妹のみならず、家族を探す手がかりがあるかもしれない。それでも、怖かった。何か、とてつもなく悍ましい事実を知ってしまいそうで怖かったのだ。
怖くて、しばらくの間は、机の抽斗に閉まったまま、見ないようにしていた。
けれど、落ち着いてくると、次第に開けないことも酷い罪悪のような気がしてくる。
家族が助けを待っているかもしれない。自分には助けられるかもしれないのに、逃げていていいのか。こんなことから逃げ回っていて、スレイヤーに復帰して一青と共に生きる資格があるのか。
考えるといても立ってもいられなくなって、抽斗から手紙を取り出す。何度も封を切ろうとして、ペーパーナイフを持った。それでも、いざ封を切ろうとすると手が震える。久米木の声が聞こえたような気がして、手を止め、手紙を抽斗に戻す。そんなことを何度も繰り返した。
一青も大泉医師も手紙のことには触れない。自分が大切にされているのだと分かる。きっと、このまま翡翠が封を切ることがなくても、誰も何も責めたりはしないだろう。
大泉医師から渡された一葉の写真を見つめて、翡翠は小さく呟いた。
今はなくなってしまった家の前で家族で撮った写真だ。その中には確かに幸福がある。父と母は笑っている。翡翠も満面の笑顔だ。弟は眠ってしまっているし、妹は大泣きをしている。けれど、それが幸せな家族の写真だと誰の目にも分かる。
「……おとうさん」
くるり。と、その写真を裏返す。
父、正兼。母、翠。翡翠。弟、紫。そして、妹の名前が書かれている。
「瑠璃」
初めて写真を渡されたときに何故気づかなかったのかと思う。あまりにも色々なことがありすぎて、混乱しきっていたのかもしれない。否。それ以上にそう思いたくなかったからだと、翡翠は思う。
「瑠璃……」
あの地獄のような場所。『奈落』で、自分以外にもう一人いたはずの人型ゲート。その名前が『瑠璃』だった。
珍しいというほどではない。けれど、偶然と考えるにはできすぎている。
やはり。と、考えてしまってから、そんなはずがないと首を振る。
翡翠は一青に助けられてから、人型ゲートのことをできる限り調べた。大泉医師に教えも請うた。
その結果、一人の女性に人型ゲートが発生したとき、その姉妹または姉妹の子にゲートが発生する確率が高いことが分かった。遺伝的形質によってゲートの発生率は高まる。それだけが要因でないことはたしかだけれど、ゲートの因子は血によって受け継がれている可能性があるという意味だ。人型ゲートは子孫を残すことができない。だから、姉妹や姉妹の子に発生する確率が高まる。
翡翠はゲートとしてはイレギュラーだから、そんな法則が当てはまるとは思えない。しかし、考えずにはいられない。
奈落にいたもう一人の人型ゲート。『瑠璃』は、翡翠の妹だ。
「あんな場所に……っ」
あんな地獄にいたのが、自分だけではなかったかもしれないこと。そして、未だ発見されていない彼女は、今でも同じことをさせられているのではないかということ。考えすぎだと笑うことはできなかった。
一刻も早く彼女を救い出したい。
「……でも」
ソファテーブルの上に置いてある手紙に視線を移す。
「……こわ……い」
写真を渡されたとき、一緒に渡された手紙。それを、翡翠はどうしても開けずにいた。
開こうとすると恐怖に手が止まってしまう。この中に妹のみならず、家族を探す手がかりがあるかもしれない。それでも、怖かった。何か、とてつもなく悍ましい事実を知ってしまいそうで怖かったのだ。
怖くて、しばらくの間は、机の抽斗に閉まったまま、見ないようにしていた。
けれど、落ち着いてくると、次第に開けないことも酷い罪悪のような気がしてくる。
家族が助けを待っているかもしれない。自分には助けられるかもしれないのに、逃げていていいのか。こんなことから逃げ回っていて、スレイヤーに復帰して一青と共に生きる資格があるのか。
考えるといても立ってもいられなくなって、抽斗から手紙を取り出す。何度も封を切ろうとして、ペーパーナイフを持った。それでも、いざ封を切ろうとすると手が震える。久米木の声が聞こえたような気がして、手を止め、手紙を抽斗に戻す。そんなことを何度も繰り返した。
一青も大泉医師も手紙のことには触れない。自分が大切にされているのだと分かる。きっと、このまま翡翠が封を切ることがなくても、誰も何も責めたりはしないだろう。
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