上 下
206 / 224
手紙

生まれた日 2

しおりを挟む
「……おかあさん」

 大泉医師から渡された一葉の写真を見つめて、翡翠は小さく呟いた。
 今はなくなってしまった家の前で家族で撮った写真だ。その中には確かに幸福がある。父と母は笑っている。翡翠も満面の笑顔だ。弟は眠ってしまっているし、妹は大泣きをしている。けれど、それが幸せな家族の写真だと誰の目にも分かる。

「……おとうさん」

 くるり。と、その写真を裏返す。
 父、正兼。母、翠。翡翠。弟、紫。そして、妹の名前が書かれている。

「瑠璃」

 初めて写真を渡されたときに何故気づかなかったのかと思う。あまりにも色々なことがありすぎて、混乱しきっていたのかもしれない。否。それ以上にそう思いたくなかったからだと、翡翠は思う。

「瑠璃……」

 あの地獄のような場所。『奈落』で、自分以外にもう一人いたはずの人型ゲート。その名前が『瑠璃』だった。
 珍しいというほどではない。けれど、偶然と考えるにはできすぎている。
 やはり。と、考えてしまってから、そんなはずがないと首を振る。
 翡翠は一青に助けられてから、人型ゲートのことをできる限り調べた。大泉医師に教えも請うた。
 その結果、一人の女性に人型ゲートが発生したとき、その姉妹または姉妹の子にゲートが発生する確率が高いことが分かった。遺伝的形質によってゲートの発生率は高まる。それだけが要因でないことはたしかだけれど、ゲートの因子は血によって受け継がれている可能性があるという意味だ。人型ゲートは子孫を残すことができない。だから、姉妹や姉妹の子に発生する確率が高まる。
 翡翠はゲートとしてはイレギュラーだから、そんな法則が当てはまるとは思えない。しかし、考えずにはいられない。

 奈落にいたもう一人の人型ゲート。『瑠璃』は、翡翠の妹だ。

「あんな場所に……っ」

 あんな地獄にいたのが、自分だけではなかったかもしれないこと。そして、未だ発見されていない彼女は、今でも同じことをさせられているのではないかということ。考えすぎだと笑うことはできなかった。
 一刻も早く彼女を救い出したい。

「……でも」

 ソファテーブルの上に置いてある手紙に視線を移す。

「……こわ……い」

 写真を渡されたとき、一緒に渡された手紙。それを、翡翠はどうしても開けずにいた。
 開こうとすると恐怖に手が止まってしまう。この中に妹のみならず、家族を探す手がかりがあるかもしれない。それでも、怖かった。何か、とてつもなく悍ましい事実を知ってしまいそうで怖かったのだ。
 怖くて、しばらくの間は、机の抽斗に閉まったまま、見ないようにしていた。

 けれど、落ち着いてくると、次第に開けないことも酷い罪悪のような気がしてくる。
 家族が助けを待っているかもしれない。自分には助けられるかもしれないのに、逃げていていいのか。こんなことから逃げ回っていて、スレイヤーに復帰して一青と共に生きる資格があるのか。
 考えるといても立ってもいられなくなって、抽斗から手紙を取り出す。何度も封を切ろうとして、ペーパーナイフを持った。それでも、いざ封を切ろうとすると手が震える。久米木の声が聞こえたような気がして、手を止め、手紙を抽斗に戻す。そんなことを何度も繰り返した。
 一青も大泉医師も手紙のことには触れない。自分が大切にされているのだと分かる。きっと、このまま翡翠が封を切ることがなくても、誰も何も責めたりはしないだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

処理中です...