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はなびら
08-3
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腕の中で眠る翡翠の吐息を聞きながら、一青は手に持ったものを弄んでいた。
深夜2時過ぎ。
散々身体を重ねて、疲れ切った翡翠が殆ど気を失うように寝落ちて、その後始末をしてから、一緒のベッドに潜り込んでようやく落ち着いたところだ。
行為の最中もそうだったのだが、ベッドに入ってからも、正直な話、顔のにやけが止まらない。
独占欲を向けられるのは正直鬱陶しいと思っていた。もちろん、翡翠に出会う前の話だ。親と一緒にいられない一青が弟の世話をしたいからと会うのを拒むと、大抵はいわれない罵倒を受ける。
私と弟とどっちが大切なの。とか、弟なんて誰かに任せておけばいい。とか。
それを聞いた途端、気持ちが冷める。その頃の一青にとって、紅二より大切な人はいなかった。
けれど、翡翠は一青と同じくらいに紅二を大切にしてくれる。余程のことがない限りは寝不足になっても紅二の弁当を作ることを欠かさない。絶対に朝は一緒に食事をとって紅二を送り出してくれる。だから、紅二も翡翠にはよく懐いて、まるで本当の兄弟。と、いうよりも母と子のようだった。
それだけでも、あの日翡翠を伴侶に選んだ自分をほめてやりたいと思う。
一緒に家庭を築くなら翡翠しかいない。
そんな翡翠のたった一つ、気に入らないところがあるとすれば、それは、諦めが良すぎることだ。翡翠は何も手に入らないことに慣れ過ぎて、望むことすらしない。
それは彼の美徳の一つであるかもしれなかったが、一青にとっては彼の来し方の悲惨さを物語っているようで見ているのが辛かった。
否。
そんな言葉は綺麗ごとだ。
本当はただ、誰にも渡したくないと、自分を独占してほしかっただけだ。自分がそう思っているのと同じ強さで思いを返してほしかっただけだ。
だから、翡翠があの魔符師の女性に翡翠の手で仕返しをしたいと、魔符のことを黙っていたことが、一青にとっては嬉しくて堪らなかったのだ。
翡翠は優しいから、初めは彼女の将来のことを考えて、配慮していたのだと思う。警告だけで引いてくれるなら、本当に深追いはしなかったはずだ。そのあと、どんな感情の変化があったかは分からない。しかし、少なくとも分かっていて二人の仲を見せつけたいと思ったのは、独占欲に他ならない。
諦めが良すぎる翡翠の性格を知っていたなら、その独占欲がどんなに強いものなのか分かる。
だから、思わず顔がにやけるのを止められない。
翡翠に愛されているのを実感して、噛み締めているのだ。
「翡翠」
小さく呟く。
小動物のように警戒心の強い翡翠が安心しきって眠っているのが愛おしい。
「俺は。翡翠のだ」
確認するように一青は呟いた。誰に何と言われようと、それは変わることはないと誓える。
この愛おしい人のために自分は存在しているのだと、胸を張って言える。
「……だから」
指先につままれたものに視線を落とす。
「翡翠は。俺のだ」
小さな黒い。花びら。
「こんなことしても、何の意味もない」
ごぼ。と、音がして、一青の手の先に水の球ができる。そして、それはその小さな黒い花びらを飲み込んだ。
「……うらやましいだろ? そこでマスかいてな」
抵抗するように、黒い花びらから、何かが湧き出す。まるで、黒の染料が水に溶けていくようだった。
「氷結の弍」
きん。と、音がして、水の球が凍り付く。そして、それはぼろぼろ。と崩れて、消えた。
「……ん」
腕の中の翡翠が身じろぎする。
その、細い身体を一青は柔らかく抱きしめた。
「大丈夫。誰にも。渡さないよ」
呟いた。声は夜の闇に溶けて消えた。
深夜2時過ぎ。
散々身体を重ねて、疲れ切った翡翠が殆ど気を失うように寝落ちて、その後始末をしてから、一緒のベッドに潜り込んでようやく落ち着いたところだ。
行為の最中もそうだったのだが、ベッドに入ってからも、正直な話、顔のにやけが止まらない。
独占欲を向けられるのは正直鬱陶しいと思っていた。もちろん、翡翠に出会う前の話だ。親と一緒にいられない一青が弟の世話をしたいからと会うのを拒むと、大抵はいわれない罵倒を受ける。
私と弟とどっちが大切なの。とか、弟なんて誰かに任せておけばいい。とか。
それを聞いた途端、気持ちが冷める。その頃の一青にとって、紅二より大切な人はいなかった。
けれど、翡翠は一青と同じくらいに紅二を大切にしてくれる。余程のことがない限りは寝不足になっても紅二の弁当を作ることを欠かさない。絶対に朝は一緒に食事をとって紅二を送り出してくれる。だから、紅二も翡翠にはよく懐いて、まるで本当の兄弟。と、いうよりも母と子のようだった。
それだけでも、あの日翡翠を伴侶に選んだ自分をほめてやりたいと思う。
一緒に家庭を築くなら翡翠しかいない。
そんな翡翠のたった一つ、気に入らないところがあるとすれば、それは、諦めが良すぎることだ。翡翠は何も手に入らないことに慣れ過ぎて、望むことすらしない。
それは彼の美徳の一つであるかもしれなかったが、一青にとっては彼の来し方の悲惨さを物語っているようで見ているのが辛かった。
否。
そんな言葉は綺麗ごとだ。
本当はただ、誰にも渡したくないと、自分を独占してほしかっただけだ。自分がそう思っているのと同じ強さで思いを返してほしかっただけだ。
だから、翡翠があの魔符師の女性に翡翠の手で仕返しをしたいと、魔符のことを黙っていたことが、一青にとっては嬉しくて堪らなかったのだ。
翡翠は優しいから、初めは彼女の将来のことを考えて、配慮していたのだと思う。警告だけで引いてくれるなら、本当に深追いはしなかったはずだ。そのあと、どんな感情の変化があったかは分からない。しかし、少なくとも分かっていて二人の仲を見せつけたいと思ったのは、独占欲に他ならない。
諦めが良すぎる翡翠の性格を知っていたなら、その独占欲がどんなに強いものなのか分かる。
だから、思わず顔がにやけるのを止められない。
翡翠に愛されているのを実感して、噛み締めているのだ。
「翡翠」
小さく呟く。
小動物のように警戒心の強い翡翠が安心しきって眠っているのが愛おしい。
「俺は。翡翠のだ」
確認するように一青は呟いた。誰に何と言われようと、それは変わることはないと誓える。
この愛おしい人のために自分は存在しているのだと、胸を張って言える。
「……だから」
指先につままれたものに視線を落とす。
「翡翠は。俺のだ」
小さな黒い。花びら。
「こんなことしても、何の意味もない」
ごぼ。と、音がして、一青の手の先に水の球ができる。そして、それはその小さな黒い花びらを飲み込んだ。
「……うらやましいだろ? そこでマスかいてな」
抵抗するように、黒い花びらから、何かが湧き出す。まるで、黒の染料が水に溶けていくようだった。
「氷結の弍」
きん。と、音がして、水の球が凍り付く。そして、それはぼろぼろ。と崩れて、消えた。
「……ん」
腕の中の翡翠が身じろぎする。
その、細い身体を一青は柔らかく抱きしめた。
「大丈夫。誰にも。渡さないよ」
呟いた。声は夜の闇に溶けて消えた。
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