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はなびら
06-4
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「……ごめん。一青。俺。気付いてたのに。言わなかった」
はじめに一青にこのことを話さなかったのは、気付かれたと知って諦めてくれれば深追いはしないつもりだったからだ。一青がモテることくらいは知っている。こんなことはこれきりではないだろう。
彼女はきっと、最初はそれが悪いことだと分かっていたはずだし、こんなことが知られたら、魔符師としてのキャリアを失うことになる。少しばかりのぼせ上ってしまった恋の結末としてはきつ過ぎる罰になってしまうだろうと思ったのだ。
「一青のこと覗かれたの。二人でいるときに見られたのも……気持ち悪かったから。少しだけ。懲らしめてやろうとか……思って」
二日目に一青の背中にそれを確認したときには、本当は話そうと思った。でも、そうしなかったのは、単純に一青は自分のものだとマウントを取りたかったのだと思う。一青は自分のものだと見せつけてやりたかった。だから、仲の良い姿を見せつけたうえで魔符を返した。一青との仲を見せつけた上に、気付いて返すことができる術師がいると知れば、もしかしたら、今度こそ諦めるかもと思っていた。
「こんなひどいことになるとは思ってなくて……ごめん」
今日のことは完全に計算外だった。一青は事務所に来てからも何度も翡翠の顔を見に来ていたし、そのときには何もついてはいなかったのに、ほんの1時間ほどの間に花びらがつけられていたことに驚いて、思わず魔符の力を返してしまったから、力の加減もあったものではなかった。
正直な話をするならば、一青に内緒で、こんな子供じみた仕返しをする自分に気付かれたくなかったという思いもあったから、こんなことになって、もしかしたら人を傷つけてしまったのではないかと想像して、怖かった。だから、放っておけなかった。
咄嗟に人間だけでも守れたのは僥倖だった。
「……そか。それで、昨日様子がおかしかったのか」
そ。っと、翡翠の髪を撫でて、一青は言った。
「言ってくれればよかったのに」
言葉ではそう言いつつも、一青の声に翡翠を責める響きはなかった。本当にただ、心配してくれているのだと分かる。
「ごめんね」
髪を撫でた手に、すり。と、頬擦りすると一青は小さくため息をついてから、笑ってくれた。
「これを作って売ることはグレーゾーンだけど、あなたが魔道の力を使って、人のプライバシーを覗き見るのは、犯罪行為だ。法で裁かれることになる」
一青の手を握って、翡翠は宮坂を振り返った。彼女はまだ、翡翠を睨みつけていた。憎い。と、その視線が突き刺さる。
その気持ちが、分からないわけではない。かつての自分のままだったら、同じようなことをしたかもしれないと、翡翠は思う。一青が翡翠を見つけて愛してくれたから、翡翠は変われた。
「あなたのせいよ」
熱に浮かされたように、震える声で彼女が言う。
「あなたが現れなければ……そばで見ているだけで十分だったのに。あなたが……っ」
突然、彼女は近くに転がっていたペーパーカッターを掴んで振り上げた。
それを、翡翠はじっと見ていた。避けることもしなかった。そんなもので、しかも魔光は持っていると言ってもスレイヤーではない女性の攻撃で、いくら非力とはいえスレイヤー資格を持つ翡翠が傷つけられるはずはない。だから、気が済むようにさせてやればいいと、翡翠は思ったからだ。
「やめろ」
しかし、その手を一青がとめた。一青の手がその女性の手を掴む。
「鏑木さん」
彼女の手から、ナイフが落ちる。それは、床に転がってからん。と、音を立てた。
「俺のこと見てたなら。感情まで共有してたっていうなら、知ってるでしょう。この人がいないと、俺はダメなんです。これ以上やるなら……」
その後の言葉を一青は飲み込んだ。その言葉に彼女は俯いた。皮肉にも、彼女自身が覗き見てしまったから、彼女は告白もせぬままに一青の思いが全て翡翠に向かっていることを知ってしまった。
「……わたし……」
「申し訳ないですけど。あなたの気持ちに答えることは、できないです。それも、知ってるでしょう」
冷酷。とも、とれる言葉だった。
もちろん、彼女は知っているはずだ。だからこそ、翡翠を憎んだ。
けれど、一青に直接言われるのと、盗み見るのでは話は違う。
傷つかないわけがない。
理解はできるけれど、同情はしなかった。罵倒する気もないけれど、許すつもりもなかった。勝ち誇る気はないけれど、彼女に一青を譲る気などなかった。
肩を落とす彼女を促して、DDが先に部屋を出て行った。彼女はずっと、翡翠に対する恨み言を呟きながら、部屋を出て行った。
はじめに一青にこのことを話さなかったのは、気付かれたと知って諦めてくれれば深追いはしないつもりだったからだ。一青がモテることくらいは知っている。こんなことはこれきりではないだろう。
彼女はきっと、最初はそれが悪いことだと分かっていたはずだし、こんなことが知られたら、魔符師としてのキャリアを失うことになる。少しばかりのぼせ上ってしまった恋の結末としてはきつ過ぎる罰になってしまうだろうと思ったのだ。
「一青のこと覗かれたの。二人でいるときに見られたのも……気持ち悪かったから。少しだけ。懲らしめてやろうとか……思って」
二日目に一青の背中にそれを確認したときには、本当は話そうと思った。でも、そうしなかったのは、単純に一青は自分のものだとマウントを取りたかったのだと思う。一青は自分のものだと見せつけてやりたかった。だから、仲の良い姿を見せつけたうえで魔符を返した。一青との仲を見せつけた上に、気付いて返すことができる術師がいると知れば、もしかしたら、今度こそ諦めるかもと思っていた。
「こんなひどいことになるとは思ってなくて……ごめん」
今日のことは完全に計算外だった。一青は事務所に来てからも何度も翡翠の顔を見に来ていたし、そのときには何もついてはいなかったのに、ほんの1時間ほどの間に花びらがつけられていたことに驚いて、思わず魔符の力を返してしまったから、力の加減もあったものではなかった。
正直な話をするならば、一青に内緒で、こんな子供じみた仕返しをする自分に気付かれたくなかったという思いもあったから、こんなことになって、もしかしたら人を傷つけてしまったのではないかと想像して、怖かった。だから、放っておけなかった。
咄嗟に人間だけでも守れたのは僥倖だった。
「……そか。それで、昨日様子がおかしかったのか」
そ。っと、翡翠の髪を撫でて、一青は言った。
「言ってくれればよかったのに」
言葉ではそう言いつつも、一青の声に翡翠を責める響きはなかった。本当にただ、心配してくれているのだと分かる。
「ごめんね」
髪を撫でた手に、すり。と、頬擦りすると一青は小さくため息をついてから、笑ってくれた。
「これを作って売ることはグレーゾーンだけど、あなたが魔道の力を使って、人のプライバシーを覗き見るのは、犯罪行為だ。法で裁かれることになる」
一青の手を握って、翡翠は宮坂を振り返った。彼女はまだ、翡翠を睨みつけていた。憎い。と、その視線が突き刺さる。
その気持ちが、分からないわけではない。かつての自分のままだったら、同じようなことをしたかもしれないと、翡翠は思う。一青が翡翠を見つけて愛してくれたから、翡翠は変われた。
「あなたのせいよ」
熱に浮かされたように、震える声で彼女が言う。
「あなたが現れなければ……そばで見ているだけで十分だったのに。あなたが……っ」
突然、彼女は近くに転がっていたペーパーカッターを掴んで振り上げた。
それを、翡翠はじっと見ていた。避けることもしなかった。そんなもので、しかも魔光は持っていると言ってもスレイヤーではない女性の攻撃で、いくら非力とはいえスレイヤー資格を持つ翡翠が傷つけられるはずはない。だから、気が済むようにさせてやればいいと、翡翠は思ったからだ。
「やめろ」
しかし、その手を一青がとめた。一青の手がその女性の手を掴む。
「鏑木さん」
彼女の手から、ナイフが落ちる。それは、床に転がってからん。と、音を立てた。
「俺のこと見てたなら。感情まで共有してたっていうなら、知ってるでしょう。この人がいないと、俺はダメなんです。これ以上やるなら……」
その後の言葉を一青は飲み込んだ。その言葉に彼女は俯いた。皮肉にも、彼女自身が覗き見てしまったから、彼女は告白もせぬままに一青の思いが全て翡翠に向かっていることを知ってしまった。
「……わたし……」
「申し訳ないですけど。あなたの気持ちに答えることは、できないです。それも、知ってるでしょう」
冷酷。とも、とれる言葉だった。
もちろん、彼女は知っているはずだ。だからこそ、翡翠を憎んだ。
けれど、一青に直接言われるのと、盗み見るのでは話は違う。
傷つかないわけがない。
理解はできるけれど、同情はしなかった。罵倒する気もないけれど、許すつもりもなかった。勝ち誇る気はないけれど、彼女に一青を譲る気などなかった。
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