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はなびら

06-2

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 そこは、轟音から想像していた通りの有様だった。

 おそらくは、元通りの場所に残っているものなど何一つないだろう。と、想像がつく。木製の大きな作業机は逆さを向いてソファの椅子の上に乗っかっていた。同じく木製の棚がその収納面を上にして転がっているが、棚に入っているのはバラバラになった紙の束だ。あちこちにインク瓶が転がり、壁にはそれが叩きつけられて割れたであろう色とりどりの染みがいくつも残っていて、まるで下手な現代アートのようだ。無数の筆、筆記用具、カッターやらハサミ。割れた拡大鏡。パソコンのディスプレイがだらり。と、配線を垂らして作り付けのシンクの上にのっている。プリンタと本体は棚の下敷きになっていた。
 そして、花びら。それは無数に。まるで咲き誇る桜のように部屋中に張り付いていた。

「大丈夫ですか? 宮坂さん」

 元通り残っているものは何もないだろう。と、先に思ったけれど、一か所だけ、何故か全くインクや紙が散っていない場所がある。その中心に彼女はいた。
 まるで魂を抜かれたかのようにその女性は放心している。瞳からは幾筋も涙が零れ落ちて、何か途轍もなく恐ろしいものを見たような驚愕の表情だ。
 DDが、その人物に声をかける。

「……ぁ……ぁ……ああ」

 DDの呼びかけには答えずに、その口から言葉にならない声が漏れる。
 それは、ショートヘアの可愛い女性だった。恐らく、20代後半くらい。インクで汚れがあるエプロンをして、木製のスツールに座ったまま、彼女は放心状態で何事か呟いていた。

「……ぁ……ゆ……るし……」

 身体に損傷は見られない。エプロンが汚れているのは『嵐』のせいではなく、恐らく彼女の作業着だからだ。アトリエという言葉が示すように何かを作り出す工房なのだろうと想像がつく。と、いうよりも、そこが恐らくは『魔符』の工房なのだと、このオフィスに始めてきたけれど、翡翠は理解していた。
 理由は簡単だ。
 和臣から渡された紙袋。そこに書かれていた魔符のアトリエの住所がこのビルだったからだ。

「宮坂さん。お怪我ありませんか?」

 DDの呼びかけに答えない女性に、今度は一青が声をかけた。やはり、知り合いらしい。同じオフィスで働いているから、多少顔を知っていてもおかしくはない。けれど、それが、少しだけ翡翠の心乱す。

「……か……ぶらぎ……さん?」

 彼女の瞳が一青の呼びかけに焦点を結ぶ。それが一青だと認識できたのだろう。彼女は縋るように一青に向かって手を伸ばした。
 そして、一青が護るように庇っている翡翠の姿を見てその手が止まった。驚愕に目が見開かれる。

「……ああ……どうし……」

 彼女は翡翠を睨みつけた。まるで、人にあだ名す悪魔を見たような表情だ。畏怖と憎悪が入り混じった表情。彼女の愛らしい容貌が歪んでいく。

「警告。したじゃないですか」

 どうして。と、問われたから、翡翠は、呟くように答えた。
 その言葉に、一青が翡翠を振り返る。見る影もなく歪んだ彼女の表情とは対照的にいつも通り、まるで少女のような顔をしたままの翡翠の目は冷たい。

「このやり方じゃ、ダメだって」

 足元にひらひら。と、舞い落ちた花びらを拾い上げて翡翠は続けた。
 こうして見直すと、やはりあの紙と同じものだったと分かる。ただし、あの紙と比べ物にならないほどの魔光が籠っているのも、翡翠にはわかった。

「気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い! 何なのよ! あなた。鏑木さんに……きもちわるい!!!」

 逆上したように彼女は立ち上がって、喚き始めた。しかし、その言葉には殆ど意味はない。一際、大きく喚いた瞬間、一青とDDは翡翠と彼女の間に立ち塞がる。二人とも、おそらくは正確に状況が理解できてはいない。けれど、何も聞かず、翡翠の味方をしてくれた。

「大丈夫。話するだけ」

 だから、翡翠は大きく息を吸って、二人を止めた。
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