上 下
192 / 224
はなびら

06-1

しおりを挟む
 ビルは10階建てで、一番下の階がコンビニと居酒屋。その上の階は2階から6階がオフィス。さらにその上は賃貸のマンションになっていた。北浜スレイヤーズオフィスは2・3階部分を占有していて、現在いる4階はいくつかの会社が事務所を置いている。
 4階はパニック状態だった。轟音は治まっていたけれど、時折どこかで何かが崩れるような音が響く。その声に混じって、オフィスから出てきた人が右往左往しているのが見えた。ただ、誰も怪我などはしておらず、突然の音と地震のような揺れに驚いて飛び出してきたという雰囲気だ。

「下の階より、被害が大きいな」

 周囲を警戒しながら、DDが言った。
 廊下の窓ガラスはすべて割れていているが、ガラス片は床には落ちていない。おそらくは、外へ向かって衝撃が突き抜けたから、内側には残っていないのだと想像がつく。殆どのドアは開いているが、さっきの音の正体のせいでというよりも、その後人が逃げ出したことが原因だと思われる。
 翡翠たち三人の後から駆け付けた北浜スレイヤーズオフィスのスレイヤーと思しき人物にDDが一般人を避難させるように指示を出すと、指示を受けた人物は速やかに上官の指示に従って、一般人の避難誘導を始めた。その数が二人に、それから三人へと増える。

「『震源地』は……」

 翡翠を守るように手を差し伸べたまま、一青が言う。
 すべてのドアが開いているわけではない。今日は平日とはいえ、全てのオフィスに人がいるわけではないようだ。そもそも、このフロアの貸しオフィスが全て契約中かどうかも分からない。ただ、外にプレートを掲げているようなオフィスのドアは殆どが開いていて、ドアから覗くことができる場所にはあの轟音がもたらすようなどんな被害も見えない。そして、そこから出てきたと思われる人たちに身体の不調を訴えるような人はいなかった。
 音や振動の割に怪我人がいないことにほっとする。

「……あれ。か?」

 一か所だけ、明らかに違う場所を見つけて、一青が呟くように言う。

 どくん。と、心臓の音が聞こえる。

 いくつか並んだ小さめの貸事務所のドアの中で、少し奥まった場所。開いたそのドアは内側だった場所に無数の傷がついていた。上の蝶番が壊れてドアが傾いている。採光用のすりガラスも砕けて、跡形もない。それは、まるでものすごい力で内側から吹き飛ばされたかのように開ききって、ギイギイ。と、小さく揺れて音を立てていた。

 どくん。と、また、胸が締め付けられるように鳴った。
 怖い。
 何かが、敵が潜んでいるかもしれないことが。ではない。

「……風」

 小さく一青が呟く。

 一瞬。今度は心臓が凍り付いたかと思った。

 残っている痕跡を見れば明らかだ。
 それは、風のエレメントを持つ攻撃用の魔法による爪痕に間違いはない。スレイヤーであれば一目見ればそれはわかる。偽装する方法がないわけではないけれど、時間はかかるし、手間と時間をかけても、あまり意味がない偽装だ。風のエレメントを持つものはスレイヤーの約五分の一。エレメントで特定できることなどそれくらいしかないからだ。

「宮坂さん。いらっしゃいますか?」

 ドアの横にはシンプルな文字で『Atelier MIYASAKA』と書かれている。もちろん、はじめてここに来た翡翠はそこがなにのアトリエなのか知らない。知らないはずだ。しかし、中の人物をDDも、一青も知っているようだった。それが、モヤのように心に影を落とす。

「宮坂さん。入りますよ?」

 しばらく待っても返事がなかったので、断りを入れてから、DDが先行して中へ入る。

「すぐ呼ぶから。ここにいて?」

 翡翠に一言言って、一青もDDを追った。中を確認して、彼は一瞬、言葉を失う。それから、気を取り直したように、ドアの外にいる翡翠に声をかけた。

「いいよ。大丈夫」

 呼ばれて、翡翠も中に入った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

処理中です...