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はなびら
04-1
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翌日。
鏑木家の玄関前には木製のプランターが置かれている。それは、特に何の変哲もないどこにでも売っているようなプランターだ。主に世話をしているのは翡翠で、たまに虎鉄が日当たりのいい場所に移動してくれたりしている。まだ、育て始めてから1か月ほどだから、植えられている苗はまだ小さい。園芸用?の小さなビニールハウスをかけられていて、外からはまだ何が植わっているのか殆ど分からない。
「……あ。こんにちは」
家の前を通り過ぎるお隣の小さな古本屋のご主人に翡翠は挨拶をした。手にはじょうろを持っている。もちろん、家の前のプランターに水やりをするためだ。
「こんにちは」
ぺこり。と、頭を下げたお隣の店主は30代半ばの物静かな男性で、名前は上原といった。突然人が増えたお隣さんに動じることも、詮索することもなく接してくれるできた大人で、こちらは詮索好き・世話好き・話し好きと三拍子揃った母親と二人で暮らしている。ただ、どちらもとても人がいいことに変わりはなくて、あれこれ。と、男所帯に世話を焼いてくれるのだった。
ちなみに先日、魔符の材料を買いに行った画材屋の情報を教えてくれたのは彼だった。
「ああそうだ。先日、水瀬さんのおっしゃっていた魔符の図案集。何冊か流れてきたので後でご紹介しますね」
にっこり。と、営業用とも、本気ともとれる笑顔を浮かべて隣の店主が言う。
「え? あったんですか?」
この街には国内屈指と言う巨大な図書館がある。全てのエリアを閲覧することは不可能だけれど、スレイヤーの資格があれば、かなりの深層まで閲覧が可能だ。けれど、そこでも見つからなかった本があったことを、数日前に翡翠は彼に話していた。家の前でのほんの立ち話で。だ。
「ええ。餅は餅屋といいますしね」
彼は、スレイヤー資格を持っている。依頼された古書を集めるために危険な場所へ赴くことも厭わない所謂『古書ハンター』と言う人種だ。だから、本を探し出すのはプロ中のプロと言える。しかし、翡翠は彼に『依頼』をしたわけではない。
「でも……俺の貯金じゃ買えるかどうか……」
もちろん、命を賭けるほどの本が安いわけはないし、現在無職の翡翠には少し敷居が高くて、『依頼』はできずにいたのだ。
「ああ。いえ。大丈夫。実は……」
口元に手を添えて、内緒話をするような格好になって、上原は言った。
「ただの質流れなので……僕は何もしてないんです」
そう言って人の好い笑顔を浮かべる。もともと、いつも笑っている人なので、本当のことなのか真偽をつけかねる。もしかしたら、気を使ってくれているだけなのかもしれない。
「自由に中を見てもらって構わないですよ。あなたは『コレクター』ではなくて『研究者』ですからね」
彼にとって、『コレクター』でも『研究者』でも客には変わりないはずなのだが、そこは敢えてツッコまないことした。スレイヤーと言う人種は、魔符師や魔道薬剤師などの研究者? 芸術家? と、同じくこだわりが強いものが多い。そこに触れるのは地雷だとわかっていたからだ。
「ありがとうございます。じゃあ、売れてしまわないうちに見せてもらいに行きますね」
頭を下げると、『では』と、会釈をして、笑顔のまま彼は自分の店へと入っていった。
「翡翠。大丈夫か?」
入れ替わりに、虎鉄が顔を覗かせる。護衛である彼らは翡翠から離れることは殆どない。ただ、虎鉄は翡翠に気を使ってすぐに対処できる範囲内いても、わざわざ姿を見せないようにしてくれることがよくあった。
「あ。うん。大丈夫」
水やり+αを再開する。
これはほかの人に任せることができない翡翠の仕事だ。プランターに植えられたものに与えているのが水だけではないからだ。
そこに植えられているのは、魔昏帯のみで生育している植物で、ある程度の魔昏濃度がないと枯れてしまう。それを、翡翠のゲートから零れる魔光で補っているからだ。スレイヤーに採取依頼をしたら一本5万円ほどする植物が庭先に一鉢150円のパンジーと一緒に植えられていると、誰が気付くだろうか。
気付いたとしても、住人の八割がスレイヤーというご家庭の、公僕が監視している庭先で盗みを働く勇気があるものはいないだろう。
鏑木家の玄関前には木製のプランターが置かれている。それは、特に何の変哲もないどこにでも売っているようなプランターだ。主に世話をしているのは翡翠で、たまに虎鉄が日当たりのいい場所に移動してくれたりしている。まだ、育て始めてから1か月ほどだから、植えられている苗はまだ小さい。園芸用?の小さなビニールハウスをかけられていて、外からはまだ何が植わっているのか殆ど分からない。
「……あ。こんにちは」
家の前を通り過ぎるお隣の小さな古本屋のご主人に翡翠は挨拶をした。手にはじょうろを持っている。もちろん、家の前のプランターに水やりをするためだ。
「こんにちは」
ぺこり。と、頭を下げたお隣の店主は30代半ばの物静かな男性で、名前は上原といった。突然人が増えたお隣さんに動じることも、詮索することもなく接してくれるできた大人で、こちらは詮索好き・世話好き・話し好きと三拍子揃った母親と二人で暮らしている。ただ、どちらもとても人がいいことに変わりはなくて、あれこれ。と、男所帯に世話を焼いてくれるのだった。
ちなみに先日、魔符の材料を買いに行った画材屋の情報を教えてくれたのは彼だった。
「ああそうだ。先日、水瀬さんのおっしゃっていた魔符の図案集。何冊か流れてきたので後でご紹介しますね」
にっこり。と、営業用とも、本気ともとれる笑顔を浮かべて隣の店主が言う。
「え? あったんですか?」
この街には国内屈指と言う巨大な図書館がある。全てのエリアを閲覧することは不可能だけれど、スレイヤーの資格があれば、かなりの深層まで閲覧が可能だ。けれど、そこでも見つからなかった本があったことを、数日前に翡翠は彼に話していた。家の前でのほんの立ち話で。だ。
「ええ。餅は餅屋といいますしね」
彼は、スレイヤー資格を持っている。依頼された古書を集めるために危険な場所へ赴くことも厭わない所謂『古書ハンター』と言う人種だ。だから、本を探し出すのはプロ中のプロと言える。しかし、翡翠は彼に『依頼』をしたわけではない。
「でも……俺の貯金じゃ買えるかどうか……」
もちろん、命を賭けるほどの本が安いわけはないし、現在無職の翡翠には少し敷居が高くて、『依頼』はできずにいたのだ。
「ああ。いえ。大丈夫。実は……」
口元に手を添えて、内緒話をするような格好になって、上原は言った。
「ただの質流れなので……僕は何もしてないんです」
そう言って人の好い笑顔を浮かべる。もともと、いつも笑っている人なので、本当のことなのか真偽をつけかねる。もしかしたら、気を使ってくれているだけなのかもしれない。
「自由に中を見てもらって構わないですよ。あなたは『コレクター』ではなくて『研究者』ですからね」
彼にとって、『コレクター』でも『研究者』でも客には変わりないはずなのだが、そこは敢えてツッコまないことした。スレイヤーと言う人種は、魔符師や魔道薬剤師などの研究者? 芸術家? と、同じくこだわりが強いものが多い。そこに触れるのは地雷だとわかっていたからだ。
「ありがとうございます。じゃあ、売れてしまわないうちに見せてもらいに行きますね」
頭を下げると、『では』と、会釈をして、笑顔のまま彼は自分の店へと入っていった。
「翡翠。大丈夫か?」
入れ替わりに、虎鉄が顔を覗かせる。護衛である彼らは翡翠から離れることは殆どない。ただ、虎鉄は翡翠に気を使ってすぐに対処できる範囲内いても、わざわざ姿を見せないようにしてくれることがよくあった。
「あ。うん。大丈夫」
水やり+αを再開する。
これはほかの人に任せることができない翡翠の仕事だ。プランターに植えられたものに与えているのが水だけではないからだ。
そこに植えられているのは、魔昏帯のみで生育している植物で、ある程度の魔昏濃度がないと枯れてしまう。それを、翡翠のゲートから零れる魔光で補っているからだ。スレイヤーに採取依頼をしたら一本5万円ほどする植物が庭先に一鉢150円のパンジーと一緒に植えられていると、誰が気付くだろうか。
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