上 下
179 / 224
はなびら

03-5

しおりを挟む
 翡翠の診察と検査を待っていた虎鉄と合流して、病院を出ようとした時にその電話がかかってきた。

「あ」

 ディスプレイを確認すると、一青からだ。今日は仕事で現場に出ているはずだ。仕事の内容までは知らない。守秘義務があるのは分かっているから、翡翠も聞こうとはしないからだ。
 電話がかかってきたということは、仕事が終わったということなのだろう。予想より早い。
 虎徹の顔を見ると、翡翠の表情で相手が一青だと分かったのか、どうぞ。と、ジェスチャーで電話に出ることを促された。

「もしもし」

「翡翠か? 一青だけど。検査終わったか?」

 明るい声に、仕事で問題が発生したわけではないことがわかる。

「うん。今、病院出るところ」

「ちょうどよかった。仕事、思ったより早く終わったから、そっち向かってる。すぐ行くから、待ってて」

「え? 来れるの? あ。でも、こっちからも、そっちに向かうよ。えと。確か、病院前の道を南だったよな?」

「検査で疲れてるんじゃないか?」

「現場に出てた人より疲れてるわけないだろ」

「じゃあ、急いでいくから、こっち向かってくれるか?」

「うん。じゃ、後で」

 そんな会話をして、電話を切る。終わるのを待っていた虎鉄は翡翠の言葉だけで内容を理解したらしい。電話を切るとすぐに『行こう』と、促してくれた。

「予定変わってごめん」

 隣に並んで歩く虎鉄に話しかける。

「いや。構わない」

 基本的に彼は必要なこと以外はあまりしゃべらない。時々、怒らせてしまったのではないかと心配になることがあるけれど、本人はいたって平常運転で、全く気分を害していることはないらしかった。というのも、隼人の談なので、本当かどうかは分からない。

「翡翠は一青といたほうがいい」

 これも、嫌味でも何でもない。虎鉄は本当にそう思っているだけなのだ。けれど、それが、ゲートはゲートキーパーと一緒にいるのが一番安定しているだろう。と、いう意味なのか、恋人同士は一緒にいたいもんだろ。と、いう意味なのかよく分からない。わからないけれど、彼は彼なりに翡翠のことをただの仕事としての警護対象としてだけ見ているわけでないことは、なんとなく感じる。大雑把な隼人と違って、彼の配慮の仕方は細やかだからだ。

「一青と合流したら、俺は先に帰っているから、何かあったらすぐ連絡してくれ」

 虎徹の言葉に翡翠は頷いた。虎徹が一緒に行動するのに問題はないけれど、きっと、一青は複雑な顔をするだろう。翡翠も、彼が邪魔だとは思わないけれど、やっぱり、二人きりの時間が好きだ。

 そんなことを話しながら歩いていくと、すぐに一青の感覚が近づいてくるのが分かるようになった。

「一青だ」

 そう口に出すと、虎鉄が立ち止まって、翡翠を見る。それから、翡翠が見ている方角を見やった。真っすぐな道だから、もう、一青の姿は視認できる。
 嬉しくて、早足になるのは止められない。一青も同じようだった。立ち止まった虎鉄を残して、翡翠は一青に駆け寄った。

「一青」

 触れられる距離まで近づくと、翡翠はその名前を呼ぶ。

「翡翠。ただいま」

 昨日とは逆に、家でもないのに一青が言った。それがおかしくて、翡翠が笑う。

「おかえり」

 返事を返して振り返ると、やはり、と言うべきだろうか、虎鉄の姿はなくなっていた。二人が合流したのを見届けて、帰ったのだろう。ありがとう。と、口の中で呟いて、翡翠は一青に視線を戻した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...