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はなびら

03-2

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 その日は女神側学園大学病院の大泉医師の診察を受ける日だった。翡翠の体調も、翡翠の中のゲートも安定していたけれど、週一回の診察は欠かせない。全ての検査は翡翠を最優先にしてもらえるけれど、うんざりするような数の検査を終えるのに、大体は丸一日かかる。しかし、それは自分自身の身体のことがなにも分からない翡翠にとっては、必要不可欠なことだったし、大泉医師に会えることは翡翠の精神の安定剤のようなものだった。

「随分と体力が戻ってきたようだ」

 大きな診察用の机の前に座って、大泉医師は言った。視線は机上のパソコンに注がれている。
 いつもの魔道診療科のいつもの診察室。全ての検査を終えて、結果を見ながら、最後に大泉医師の問診とカウンセリングを受けるのが、検査の日の定番だ。

「はい。もう、日常生活には全く問題ありません」

 向かい合う形で座る翡翠が答える。

「ゲートも安定している」

 検査のため今はゲートを隠すための『識覚阻害』の魔符を外しているから、大泉医師にも翡翠のゲートが『見えて』いるはずだ。もちろん、部屋の外にその情報が漏れないように配慮はされている。現在このフロアには翡翠と大泉医師のほかには虎鉄と佐藤と鈴木しかいない。

「最近は、魔道ハーブを育てていて。魔符作りも始めてみました。なるべく、魔光使うようにしてます」

 翡翠の答えに、ゆったりと微笑んでから、大泉医師は頷いた。

「最初は魔光肥料にして目立つかと思ったんですけど……うち、魔光持ちしかいないから、意外と気付かれなくて。あ。もちろん、目立たないように魔符で隠してはあるんですけど。今度、出来上がったらハーブティにして持ってきますね」

「それはいい。楽しみにしているよ」

 大泉医師との会話は基本的に翡翠が話して、大泉医師が聞き役に回る。翡翠にとってはやっと手に入れた幸せで得難い日常とはいえ、ありふれた話ばかりで、きっと、大泉医師には退屈な時間ではないかと思う。ただ、大泉医師はいつもそんなつまらない話をにこにこと笑いながら聞いてくれる。だから、まるで、小さな子供が今日あったことを父親に夢中で話すようについ饒舌になってしまう。

「あの……先生」

 そんなふうに翡翠の話を聞いてくれる人は今まで誰もいなかったから、つい、甘えてしまうのだと思う。

「体調。……その。すごく良くなってきてるし、体力も戻って来てます。だから。せめて戦闘訓練だけでもはじめちゃダメですか?」

 翡翠はあくまでスレイヤーに復帰したい。血反吐を吐く思いで目指した仕事だったし、その努力に翡翠だって誇りをもっている。そして、それが一番一青と一緒にいられる選択肢だからだ。

「……うむ」

 しかし、大泉医師は今日初めて難しい顔をした。

「数値的に安定しているが……」

 データをパソコンの画面で確認してから、大泉医師は翡翠の方に視線を寄越す。
、翡翠が大泉医師を疑うことはありえない。翡翠は彼の人格や医者としての矜持を信じていた。
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