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はなびら

02-4

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「ん?」

 そして、気付いた。
 人混みの方を向いて電話をしている一青の背に何かがついている。

 なんだろ?

 手を伸ばしてそれに触れた瞬間。静電気のようにぴり。と、何かが指先に走った。

「え?」

 痛みはない。ただ、触れただけとは違う。小さな衝撃? 痺れ? のようなものが掠めただけだ。
 けれど、それを勘違いだと、片付けるのは躊躇われる。

 はなびら?

 声に出さずに呟いて、一青の背に乗っているそれを抓み上げる。

 いや。紙?

 それは、和紙のような繊維の荒い紙だった。薄くピンク色がかった花びらの形の紙。その端に少しだけ黒い部分が見える。まるで、染みのようだ。
 それに目を近づけて、翡翠ははっとした。

「……これ」

 思わず声に出してしまってから、一青の方に視線を移すと、大切な電話なのか、話し込んでいて翡翠の呟きには気付いていないようだ。だから、翡翠はそ。っと、その紙片を両手の掌で挟み込む。

「……疾風の壱」

 そして、小さく小さく。一青に気付かれないように呪を囁いた。
 風のエレメントの最も初歩の魔法。対象物を斬ることを目的にしたものだ。
 翡翠の両手の隙間からふ。と、風が漏れる。一呼吸置いてから掌を離すと、そこには繊維ほどの大きさに裂かれた紙片が残っていた。それも、自動車が通り過ぎる程度の風に吹かれて、舞い散って消えた。

「……これは。マナー違反だよ?」

 舞い散っていく紙片であったものに翡翠は小さく呟く。

「翡翠?」

 声をかけられて、翡翠は一青に視線を戻した。

「電話。おわった? もしかして、呼び出し?」

 既にスマートフォンは愛用のトートバッグにしまったらしい。
 翡翠の問いかけに一青は首を振った。

「や。所長からだけど、明日の予定が少し変わったって話。でも、出かける時間も帰る時間も変わらないよ」

 そ。っと、翡翠の背に手を置いて促されて、歩き出す。今度は翡翠の方から一青の手を握った。当然のことのようにその手を握り返される。

「何見てた?」

 一青の問いに翡翠は彼の方を見た。かなりの身長差があるから、少し緊張したような面持ちで前を見たままの一青の顔を見上げるような格好だ。どうして、そんな顔をするのか、少し不思議に思う。

「何って……一青の背中に花びらがついていたから取って捨てただけ。そしたら、ひらひら舞ったのがキレイだったから、見てた」

 幾分かの話を意図的に端折ったが、本当のことを話すと、一青の視線が翡翠の方を向いた。何故か、今度は翡翠の目をじっと見つめてから、ほっとした顔になる。

「そか」

 安堵したような表情がまた不思議で、首を傾げると、一青は小さくため息をついた。

「二人でいるときに、翡翠が何かに気を取られてたら、気になるだろ」

 苦笑してそういう一青。けれど、それは不快とか、嫌悪とかそういう感情は含んでいない。仕方ないな。と、幼い子供の悪戯にその親が吐く溜息。そんな印象だ。

「……あ。もしかして、周りを警戒してると思った? や。そんなんじゃないよ。いくら電話しているって言っても一青が索敵を意識してないなんて思ってないよ? 索敵能力だけなら、佐藤さんと鈴木さんもいるし」

 翡翠は一青の能力を信頼している。リスクゼロと言うわけにはいかないけれど、大抵のことには対処できると思っている。だから、一青の守りを不安に感じて周囲を警戒していたわけではない。それで一青の気分を害してしまったとしたら、困る。

「……や。別に警戒していたんだとしてもいいけどさ」

 翡翠の的外れな言い訳に一青はまた、溜息をついた。もちろん、一青が気にしていたのはそんなことではない。それに、気付いていないのは翡翠だけだ。

「まあ。そんなところも好きなんだけどな」

 そう言って、一青はぐい。と、翡翠を引き寄せて肩を抱いた。

「え? どういう意味?」

 一青が言っていることが良くわからなくて、翡翠は問い返す。すると、ふわ。と、一瞬一青の香りが近くなった。一瞬後、一青が耳元に唇を寄せたのだと気付く。

「デート中にほかの男に目移りしたんだったらやだってこと」

 わざと。甘く低い声を作って一青が囁く。そのまま頬に軽く口づけられて、翡翠は顔を真っ赤に染めた。

「……するわけ……できるわけないじゃん」

 口づけられた場所を手でさすりながら答える。

「知ってた」

 翡翠の答えと、赤く染まった頬に、意図しているところが伝わったのだと、ご機嫌な顔になって一青が言った。そのまま翡翠の肩を抱いて歩き出す。
 その横顔を見て、翡翠はふ。と、虚空を見上げた。あの紙片の欠片が舞っていった方角だ。
 そして思う。

 よかった。

 と。
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