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はなびら
02-2
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「一青」
そんな隼人のちょっとした意地悪も、翡翠の耳には届いていない。大きく手を振って名前を呼ぶと、すでに翡翠に気付いていた一青も手を振り返してくれた。
「待ち合わせしてたの?」
隼人に問われて、翡翠は首を横に振る。ここで会うことを約束はしていない。ただ、中央エリアの画材店に行くことは伝えていたから、一青の方は翡翠に会うためにわざわざ遠回りをしてここを通ったのかと思う。会える可能性なんてそんなにあるわけじゃないけれど、もし本当に自分に会うためなのかと思うと、少しだけ嬉しい。
「よかったね」
翡翠の喜びは恐らく、誰の目にも明らかだったのだろう。翡翠はつい感情表現が大袈裟になってしまうのを自覚していた。
幼い頃から翡翠は、ずっと、無表情で気持ちが悪いと言われ続けてきたから、意識して感情を表情に乗せるようにしていた。それは、久米木にかけられた呪いで、表情を抑制されていたからだ。それでも、表情は作り物のようだったらしい。
「そんなに嬉しそうな顔されたら、一青じゃなくたって、サプライズしてあげたくなるよね」
それを指摘されて、翡翠の顔が赤らむ。そんなテレ顔も誤魔化せない。
「じゃ一青がいるなら、俺はお邪魔だろうから、行くよ」
翡翠の反応に気を良くしたようににやにや。と、笑いながら、耳元に隼人が囁く。
「ご飯は三人でピザでもとるから、パーティーの邪魔はなしだよ? 今日中に帰ってこなくていいから」
その言葉にさらに翡翠が顔色を変えると、隼人の笑顔は今度は優しげだった。
「こーちゃんのことは心配しなくていいよ? 『0Report』の続き一緒にやる約束だからね」
最近、発売されたばかりのゲームの名前を上げて、隼人が言う。もちろん、『こーちゃん』とは、紅二のことだ。随分と歳は離れているけれど、二人は気が合うらしく、いつも一緒にゲームをしては大騒ぎしていた。
「翡翠」
ありがとう。と、言おうとしたときに、後ろから一青に名前を呼ばれた。走ってきたのだろう。息が上がっているようなことはないが、明らかにはじめに目撃した場所から歩いた。にしては早い。
「一青」
一青に気を取られていると、振り向いたときには既に隼人の姿はなかった。
「隼人さんなら、もう行っちゃったよ」
くすり。と、笑って一青が言う。今度はもう一度振り返ると、そ。と、その指が頬に落ちた髪を耳にかけてくれた。
「おかえり」
まだ、うちに帰ったわけでもないのに、なんとなく気恥ずかしくて、少しだけ視線を逸らして、翡翠は呟く。
何いってんだ。こんなところで。
と、思って、さらに恥ずかしくなる。
「ただいま」
けれど、一青は馬鹿にするどころか、嬉しそうに微笑んで、応えてくれた。
「……あ……の。隼人。紅二のこと任せてゆっくりしていいって」
こんなふうに当たり前で穏やかな時間が自分に訪れるなんて幸運。きっと、微粒子レベルでも存在していないと思っていた。
「そうか。じゃ、どこかでメシ食ってこうか?」
す。と、差し出された手が翡翠の細い手を握る。大きな手に包まれるとそれだけで気持ちが安らぐことを、翡翠は知った。それは、翡翠が生まれてからこれまで、誰も教えてはくれなかったことだった。
「うん」
一青の手を握り返して、二人は、行先も決めないまま歩き出した。
そんな隼人のちょっとした意地悪も、翡翠の耳には届いていない。大きく手を振って名前を呼ぶと、すでに翡翠に気付いていた一青も手を振り返してくれた。
「待ち合わせしてたの?」
隼人に問われて、翡翠は首を横に振る。ここで会うことを約束はしていない。ただ、中央エリアの画材店に行くことは伝えていたから、一青の方は翡翠に会うためにわざわざ遠回りをしてここを通ったのかと思う。会える可能性なんてそんなにあるわけじゃないけれど、もし本当に自分に会うためなのかと思うと、少しだけ嬉しい。
「よかったね」
翡翠の喜びは恐らく、誰の目にも明らかだったのだろう。翡翠はつい感情表現が大袈裟になってしまうのを自覚していた。
幼い頃から翡翠は、ずっと、無表情で気持ちが悪いと言われ続けてきたから、意識して感情を表情に乗せるようにしていた。それは、久米木にかけられた呪いで、表情を抑制されていたからだ。それでも、表情は作り物のようだったらしい。
「そんなに嬉しそうな顔されたら、一青じゃなくたって、サプライズしてあげたくなるよね」
それを指摘されて、翡翠の顔が赤らむ。そんなテレ顔も誤魔化せない。
「じゃ一青がいるなら、俺はお邪魔だろうから、行くよ」
翡翠の反応に気を良くしたようににやにや。と、笑いながら、耳元に隼人が囁く。
「ご飯は三人でピザでもとるから、パーティーの邪魔はなしだよ? 今日中に帰ってこなくていいから」
その言葉にさらに翡翠が顔色を変えると、隼人の笑顔は今度は優しげだった。
「こーちゃんのことは心配しなくていいよ? 『0Report』の続き一緒にやる約束だからね」
最近、発売されたばかりのゲームの名前を上げて、隼人が言う。もちろん、『こーちゃん』とは、紅二のことだ。随分と歳は離れているけれど、二人は気が合うらしく、いつも一緒にゲームをしては大騒ぎしていた。
「翡翠」
ありがとう。と、言おうとしたときに、後ろから一青に名前を呼ばれた。走ってきたのだろう。息が上がっているようなことはないが、明らかにはじめに目撃した場所から歩いた。にしては早い。
「一青」
一青に気を取られていると、振り向いたときには既に隼人の姿はなかった。
「隼人さんなら、もう行っちゃったよ」
くすり。と、笑って一青が言う。今度はもう一度振り返ると、そ。と、その指が頬に落ちた髪を耳にかけてくれた。
「おかえり」
まだ、うちに帰ったわけでもないのに、なんとなく気恥ずかしくて、少しだけ視線を逸らして、翡翠は呟く。
何いってんだ。こんなところで。
と、思って、さらに恥ずかしくなる。
「ただいま」
けれど、一青は馬鹿にするどころか、嬉しそうに微笑んで、応えてくれた。
「……あ……の。隼人。紅二のこと任せてゆっくりしていいって」
こんなふうに当たり前で穏やかな時間が自分に訪れるなんて幸運。きっと、微粒子レベルでも存在していないと思っていた。
「そうか。じゃ、どこかでメシ食ってこうか?」
す。と、差し出された手が翡翠の細い手を握る。大きな手に包まれるとそれだけで気持ちが安らぐことを、翡翠は知った。それは、翡翠が生まれてからこれまで、誰も教えてはくれなかったことだった。
「うん」
一青の手を握り返して、二人は、行先も決めないまま歩き出した。
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