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短編集 【L'Oiseau bleu】

遠きに在るものでなく、直ぐ其処の日常に 6

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 一青はたっぷり十秒ほどは何も言わずにいた。
 沈黙が怖い。
 やっぱり、ヤキモチを妬いてもらえて嬉しいと思うのなんて自分だけなのだろうか。翡翠は思う。翡翠が一青を好き過ぎるからそう思うだけなのかもしれない。

「マジか……」

 長い(と、翡翠が感じた)沈黙の後、一青が漏らした言葉がそれだった。

「一青?」

 やっぱり、呆れられていた。当たり前だ。自分が一青を一人占めしたいなんて、自惚れが過ぎる。

「俺。大切にされてるな」

 突然。そう言った一青がぎゅ。と、抱きしめてくれた。

「翡翠のいう通り。同じだ」

 耳元で優しい声がする。低くて甘い声。
 呆れているような響きなどない。
 顔を上げると、なんだか少しだけ泣きそうな顔で、一青が微笑んだ。その顔をする気持ちも分かる。同じだからだ。翡翠が感じていたのと同じ思いなのだと理解できた。

「……同じ。だね」

 その背中に手を回して抱きしめる。少しのアルコールの匂い。それから、いつもの一青の匂い。満たされる。

「翡翠と過ごした時間は。まだ、長くはないし。俺もまだ、翡翠のこと全然知らないことばっかだけど、それでいいよ。これから、ずっと二人で生きてくんだ。だから、これから、知っていければいい。焦らないで? 翡翠が知りたいことは全部、教えてあげるよ? だから、翡翠のことは全部。教えて?」

 一青の言葉に頷く。『ずっと二人で生きていく』という言葉が堪らなく嬉しい。自分が生きてきた道も、自分がどんな人間なのかも、言うのが恥ずかしいことがたくさんある。それでも、翡翠がゲートになった過程をすべて受け入れてくれた一青になら、いつか話せるだろうと思った。

「じゃあ、今、一つ。教えてよ」

 翡翠の身体を離して、代わりに両手でその頬を包み込むようにして、目を合せて一青が囁くように言う。どきり。と、心臓が跳ねる。きっと、この後の質問に自分は一青の望んでいる答えを返す。そんな確信。

「これ。誰の?」

 蕩けてしまいそうな甘い声。いや。もう、頭の中はとろとろに蕩けて、一青だけになってしまっている。

「一青のだよ。わかってるくせに」

 こんなに夢中なのことを知っているくせに、分かり切ったことを聞かれて、疑われているのかと、少しだけ拗ねたように答えると、笑顔の後にちゅ。と、可愛いキス。

「ん。わかってた」

 さら。と、その節の高い大きな手が髪を撫でる。髪はまだ乾いていない。

「でも、聞きたかった」

 ご機嫌を取るように、優しく、顔中にキスが降り注ぐ。瞼に。頬に。鼻先に。唇に。
 それから、いつの間にか頬から離れた手が、するり。と、背を撫でた。
 思わず、びく。と、反応を返す。

「翡翠のことは、何でも。知りたい。知ってることでも。言葉にしてほしい」
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