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短編集 【L'Oiseau bleu】
遠きに在るものでなく、直ぐ其処の日常に 4
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こんこん。
と、ドアがノックされる音で翡翠は我に返った。微かだが、ドアの外から気配。
隠そうとしているのか、気付かれても構わないと思っているのか、判断に困るほどだったから、考えに沈んでいる翡翠はそれに気付けなかった。
いや、気が緩んでいたからかもしれない。
どちらにせよ、ノックの音が聞こえるまで、翡翠はドアの外の気配に気づいてはいなかった。けれど、今はわかる。これは一青だ。
「はい。今、開ける」
声をあげて答えて、翡翠は立ち上がった。小走りでドアに向かう。
それから、ドアの鍵を開けた。
「なに?」
そこで、一瞬躊躇する。すぐにでも顔を見たいという思いと、顔を見られたら嫉妬してたということが分かってしまうのではないかと少しの不安。顔を見たくらいで分かるはずがないとは思うけれど、いつもと違うと追及されたらうまく隠しておける自信がない。
「……いや。その」
ドアの向こうから一青の声。歯切れが悪い。何かあったのかと、急に心配になる。
だから、翡翠はドアを開けた。
「ごめん。寝てた?」
ドアの向こうにはいつもと変わらない一青がいた。微かにアルコールの匂い。酔っているんだろうか。
「ううん。起きてた。……けど。水上さんは?」
翡翠が部屋に戻ってからさほど時間は経っていない。少し時間をかけて風呂には入ったけれど、旧知の二人が酒を酌み交わして語り合う時間にしては多少とは言わず短い時間だ。
「もう、休むって。翡翠についていろって言われた。……入っていいか?」
一青の言葉に頷くだけで答える。促されてリビングに戻ると、少し所在なさそうな一青にソファを勧めて、自分もその隣に座る。
「水上さんと話。あったんだろ? もう少しゆっくりしてもいいのに。別に明日はどこへも行く予定ないし。一青も事務所に顔を出すのは週明けでいいんだろ?」
顔を見られたのも、自分を気遣ってくれるのも嬉しかった。いろいろ考えたけれど、顔を見たら全部吹き飛んでいた。でも、そうすると今度は一青の自由を奪っているようで罪悪感。折角気の置けない友人との時間だったのに自分のせいで水を差してしまったのだと思うと申し訳ないし、一青が嫌にならないかと不安になってしまう。
「ん。それは、いいんだけど……」
さっきから、一青はずっと変だ。
翡翠の顔を見ようとしない。酔っているのかと思ったけれど、少し違う。
「なに? 何か問題あった?」
思わず腕を掴んで顔を覗き込む。
それから、思う。
もしかしたら、嫉妬していたことに一青は気付いていたんじゃないだろうか。態度に出したつもりはない。けれど、自分だけを見ていてほしいという浅ましい気持ちがちょっとした仕草や表情に出てしまっていたかもしれない。
「や。別に……問題は。ない。けど。」
じっと顔を見つめる翡翠の視線から、逃れるように一青が目を逸らす。
「じゃ。なんで……」
心配で、不安で、そこまで言葉に出してしまってから、はっとして翡翠は口を噤んだ。
問い詰める権利が自分にあるんだろうか。
翡翠は思う。
そんなことを言うと、大抵の相手は面倒くさいと嫌がる。当たり前だ。
「……ごめん。折角来てくれたのに。面倒くさいこと言った」
一青の手を離して俯く。こんなふうに優しくしてもらったことがなかったら、調子に乗ってしまった。自分の感情ばかりを押し付けてしまったと後悔。
この上、嫉妬していたことまで知られたら、鬱陶しいことこの上ないだろう。
「何言ってるんだ。面倒くさいわけないだろ? や。そう言うことじゃなくて」
そこまで言って口籠る一青。大抵はっきりとものを言う彼には珍しい。歯切れが悪い。
と、ドアがノックされる音で翡翠は我に返った。微かだが、ドアの外から気配。
隠そうとしているのか、気付かれても構わないと思っているのか、判断に困るほどだったから、考えに沈んでいる翡翠はそれに気付けなかった。
いや、気が緩んでいたからかもしれない。
どちらにせよ、ノックの音が聞こえるまで、翡翠はドアの外の気配に気づいてはいなかった。けれど、今はわかる。これは一青だ。
「はい。今、開ける」
声をあげて答えて、翡翠は立ち上がった。小走りでドアに向かう。
それから、ドアの鍵を開けた。
「なに?」
そこで、一瞬躊躇する。すぐにでも顔を見たいという思いと、顔を見られたら嫉妬してたということが分かってしまうのではないかと少しの不安。顔を見たくらいで分かるはずがないとは思うけれど、いつもと違うと追及されたらうまく隠しておける自信がない。
「……いや。その」
ドアの向こうから一青の声。歯切れが悪い。何かあったのかと、急に心配になる。
だから、翡翠はドアを開けた。
「ごめん。寝てた?」
ドアの向こうにはいつもと変わらない一青がいた。微かにアルコールの匂い。酔っているんだろうか。
「ううん。起きてた。……けど。水上さんは?」
翡翠が部屋に戻ってからさほど時間は経っていない。少し時間をかけて風呂には入ったけれど、旧知の二人が酒を酌み交わして語り合う時間にしては多少とは言わず短い時間だ。
「もう、休むって。翡翠についていろって言われた。……入っていいか?」
一青の言葉に頷くだけで答える。促されてリビングに戻ると、少し所在なさそうな一青にソファを勧めて、自分もその隣に座る。
「水上さんと話。あったんだろ? もう少しゆっくりしてもいいのに。別に明日はどこへも行く予定ないし。一青も事務所に顔を出すのは週明けでいいんだろ?」
顔を見られたのも、自分を気遣ってくれるのも嬉しかった。いろいろ考えたけれど、顔を見たら全部吹き飛んでいた。でも、そうすると今度は一青の自由を奪っているようで罪悪感。折角気の置けない友人との時間だったのに自分のせいで水を差してしまったのだと思うと申し訳ないし、一青が嫌にならないかと不安になってしまう。
「ん。それは、いいんだけど……」
さっきから、一青はずっと変だ。
翡翠の顔を見ようとしない。酔っているのかと思ったけれど、少し違う。
「なに? 何か問題あった?」
思わず腕を掴んで顔を覗き込む。
それから、思う。
もしかしたら、嫉妬していたことに一青は気付いていたんじゃないだろうか。態度に出したつもりはない。けれど、自分だけを見ていてほしいという浅ましい気持ちがちょっとした仕草や表情に出てしまっていたかもしれない。
「や。別に……問題は。ない。けど。」
じっと顔を見つめる翡翠の視線から、逃れるように一青が目を逸らす。
「じゃ。なんで……」
心配で、不安で、そこまで言葉に出してしまってから、はっとして翡翠は口を噤んだ。
問い詰める権利が自分にあるんだろうか。
翡翠は思う。
そんなことを言うと、大抵の相手は面倒くさいと嫌がる。当たり前だ。
「……ごめん。折角来てくれたのに。面倒くさいこと言った」
一青の手を離して俯く。こんなふうに優しくしてもらったことがなかったら、調子に乗ってしまった。自分の感情ばかりを押し付けてしまったと後悔。
この上、嫉妬していたことまで知られたら、鬱陶しいことこの上ないだろう。
「何言ってるんだ。面倒くさいわけないだろ? や。そう言うことじゃなくて」
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