144 / 187
短編集 【L'Oiseau bleu】
麒麟と九尾と一角と 18
しおりを挟む
「ああ。そう言えば。もう一つ、翡翠に話さなければいけないことがあったのだが……」
何とはなしに和臣の姿を眺めていた翡翠に大泉医師が声をかけてくる。
「はい」
視線を移すと、大泉医師は一通の封筒を取り出した。
「これは、さっきの写真と一緒に預かったものだ。君の叔父にあたる人の連絡先だよ。もしできることなら、連絡が欲しいそうだ」
そういって、彼は翡翠の顔を見て少し躊躇ったような表情を浮かべる。
この封筒の中には渡すのを躊躇うような人物の名前があるんだろうかと、少し不安になった。『もしできることなら』といういい方にも違和感がある。身寄りがないと思い込んでいた翡翠にとって、父や母に繋がる人に会えるかもしれないということに期待がないはずがない。それなのに。
「……ああ。いや、私の知る限り、君の叔父という人はどこに出ても恥ずかしくない方だよ。
ただ。事情があって。彼は君がフロンティアラインの施設にいることを知っていて、助けることができなかったことにとても深い負い目を感じている」
翡翠の戸惑いに気付いたのか、大泉医師は少し焦ったように弁明した。けれど、それは余計に翡翠を混乱させる結果になった。
「知っていた? ……って」
翡翠がフロンティアラインの施設にいたのは身寄りがなかったからだ。明確に『孤児院』という位置づけだったのかはわからないけれど、何らかの理由で親と一緒に生活できない子供が集められていたのは確かで、現にそこにいた誰も親が面会に来るようなことはなかった。
翡翠自身も職員に『お前の親はお前を捨てて逃げたのだ』と、何度も言われた。それを疑ったことはなかった。
「これは、君の個人情報に関わることだ。この場で話しても構わないかね?」
ちらり。と、和臣を見てから大泉医師は言った。和臣は電話に集中しているのかその視線に気づいてはいないようだ。いや、気付いていても視線を寄越さないだけかもしれない。
「はい」
今更隠すことはないと、翡翠は思う。これからあらゆる面でお世話になるだろうその人に、知ってもらうのは礼儀だと思う。
だから、頷くと、続いて彼は一青に視線を向け、最後に翡翠をまっすぐに見た。もちろん、一青に隠し事をする気はない。多分、それはわかっていただろう。だから、これはただの形式的な確認だ。
「君も知っているだろうが、フロンティアラインの施設は内情は酷いものだったが表向きは怪しいものではない。地方の検査官を買収していたようだが、スレイヤー候補を集めてはいるが、認可が下りている一般的な児童保護施設だった。そして、書類上、君は君の保護責任者の同意の元あの施設に入所している」
「え?」
大泉医師の言葉に翡翠は一瞬耳を疑った。
「書類上では君の養育権は、君の祖父に当たる人物が持っている。その人物が、魔光を持つ君をスレイヤーとして教育するためにフロンティアラインの養成コースに入所させていたんだ」
「え? まってください。祖父? そんな人。俺、一度もあったことも……」
意外過ぎる事実に翡翠は思考が停止してしまった。
そんな話を聞いたことは一度もなかった。もちろん、祖父という人物に会ったこともない。
「やはりそうか。しかし、戸籍上はそうなっているし、調査の結果、戸籍に改竄された形跡もない。君とその人物の間には間違いなく血縁関係がある。だからこそ、君の叔父さんはフロンティアラインの施設にいる君に手出しができなかったんだ。
何度か君に会いたいと交渉したらしいが、会わせてもらうことすらできなかったらしい。施設内にほぼ監禁状態だった君に無理矢理会うことできなかったのは、君の叔父さんの立場もあったのだが。
その封筒の中には、それも含めて真実が書いてある。全て読んで、それでも会いたいと思ったら、連絡してみなさい」
手の中の手紙を見る。少し厚みのあるそれがとても重く感じた。
目まぐるしく変わってしまう日常。
変わる前の世界は無限に続く地獄のような日々だった。だから、戻りたいとは思わないし、戻されずに済むならどんなことでもする。
けれど、ゲートのことも、伴侶のことも、契約のことも、父や母のことも、身体のことも、自分自身の来し方のことも。何もかもがあまりに目まぐるしくて、納得して受け入れる前に次の驚きがやってくる。変わっていく世界に戸惑う自分は誤魔化せなかった。
「無理しないでいい」
その手紙を握り締める翡翠の手の上に手を重ねて、一青が言う。その手の温もりにほう。と、小さく息を吐いて顔を見上げると、いつも通りの優しい一青の顔があった。
「少し。落ち着いてから読もう? 俺がついてる」
その言葉に翡翠は頷くだけで答えた。
何とはなしに和臣の姿を眺めていた翡翠に大泉医師が声をかけてくる。
「はい」
視線を移すと、大泉医師は一通の封筒を取り出した。
「これは、さっきの写真と一緒に預かったものだ。君の叔父にあたる人の連絡先だよ。もしできることなら、連絡が欲しいそうだ」
そういって、彼は翡翠の顔を見て少し躊躇ったような表情を浮かべる。
この封筒の中には渡すのを躊躇うような人物の名前があるんだろうかと、少し不安になった。『もしできることなら』といういい方にも違和感がある。身寄りがないと思い込んでいた翡翠にとって、父や母に繋がる人に会えるかもしれないということに期待がないはずがない。それなのに。
「……ああ。いや、私の知る限り、君の叔父という人はどこに出ても恥ずかしくない方だよ。
ただ。事情があって。彼は君がフロンティアラインの施設にいることを知っていて、助けることができなかったことにとても深い負い目を感じている」
翡翠の戸惑いに気付いたのか、大泉医師は少し焦ったように弁明した。けれど、それは余計に翡翠を混乱させる結果になった。
「知っていた? ……って」
翡翠がフロンティアラインの施設にいたのは身寄りがなかったからだ。明確に『孤児院』という位置づけだったのかはわからないけれど、何らかの理由で親と一緒に生活できない子供が集められていたのは確かで、現にそこにいた誰も親が面会に来るようなことはなかった。
翡翠自身も職員に『お前の親はお前を捨てて逃げたのだ』と、何度も言われた。それを疑ったことはなかった。
「これは、君の個人情報に関わることだ。この場で話しても構わないかね?」
ちらり。と、和臣を見てから大泉医師は言った。和臣は電話に集中しているのかその視線に気づいてはいないようだ。いや、気付いていても視線を寄越さないだけかもしれない。
「はい」
今更隠すことはないと、翡翠は思う。これからあらゆる面でお世話になるだろうその人に、知ってもらうのは礼儀だと思う。
だから、頷くと、続いて彼は一青に視線を向け、最後に翡翠をまっすぐに見た。もちろん、一青に隠し事をする気はない。多分、それはわかっていただろう。だから、これはただの形式的な確認だ。
「君も知っているだろうが、フロンティアラインの施設は内情は酷いものだったが表向きは怪しいものではない。地方の検査官を買収していたようだが、スレイヤー候補を集めてはいるが、認可が下りている一般的な児童保護施設だった。そして、書類上、君は君の保護責任者の同意の元あの施設に入所している」
「え?」
大泉医師の言葉に翡翠は一瞬耳を疑った。
「書類上では君の養育権は、君の祖父に当たる人物が持っている。その人物が、魔光を持つ君をスレイヤーとして教育するためにフロンティアラインの養成コースに入所させていたんだ」
「え? まってください。祖父? そんな人。俺、一度もあったことも……」
意外過ぎる事実に翡翠は思考が停止してしまった。
そんな話を聞いたことは一度もなかった。もちろん、祖父という人物に会ったこともない。
「やはりそうか。しかし、戸籍上はそうなっているし、調査の結果、戸籍に改竄された形跡もない。君とその人物の間には間違いなく血縁関係がある。だからこそ、君の叔父さんはフロンティアラインの施設にいる君に手出しができなかったんだ。
何度か君に会いたいと交渉したらしいが、会わせてもらうことすらできなかったらしい。施設内にほぼ監禁状態だった君に無理矢理会うことできなかったのは、君の叔父さんの立場もあったのだが。
その封筒の中には、それも含めて真実が書いてある。全て読んで、それでも会いたいと思ったら、連絡してみなさい」
手の中の手紙を見る。少し厚みのあるそれがとても重く感じた。
目まぐるしく変わってしまう日常。
変わる前の世界は無限に続く地獄のような日々だった。だから、戻りたいとは思わないし、戻されずに済むならどんなことでもする。
けれど、ゲートのことも、伴侶のことも、契約のことも、父や母のことも、身体のことも、自分自身の来し方のことも。何もかもがあまりに目まぐるしくて、納得して受け入れる前に次の驚きがやってくる。変わっていく世界に戸惑う自分は誤魔化せなかった。
「無理しないでいい」
その手紙を握り締める翡翠の手の上に手を重ねて、一青が言う。その手の温もりにほう。と、小さく息を吐いて顔を見上げると、いつも通りの優しい一青の顔があった。
「少し。落ち着いてから読もう? 俺がついてる」
その言葉に翡翠は頷くだけで答えた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
31
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる