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短編集 【L'Oiseau bleu】
麒麟と九尾と一角と 14
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「ああ。ああ。分かった。分かった。悪かったと言ってるだろう? ……いや。そうではなくて。……ああ。待っている」
会話に隙間ができたタイミングで大泉医師の電話も終わったようだった。通話を終えた受話器を見つめて、ひとつ。大きくため息。
その姿を翡翠が見ていたのに気付くと、彼はバツが悪そうに苦笑を浮かべた。どうやら、翡翠と一青の会話の方には一切関知していなかったらしい。
「今から来るそうだ。5分とかかるまい」
誤魔化すように大泉医師は言う。一体だれが来るというのだろう。
「……一青。俺、もう、大丈夫だから。下ろして」
少しだけ名残惜しいし、触れあっていないのは不安だけれど、来客があると分かっていて一青の膝に座っているわけにもいかず、元居た椅子に座りなおそうとして翡翠は腕に力を入れた。
「このままで、大丈夫」
ぎゅ。と、翡翠の細い腰に手を回したまま、一青が答える。
「でも。これはいくら何でも失礼だよ」
正論を言ったつもりだったけれど、それでも、一青は首を振った。笑っているけれど、別に翡翠の困っている顔を見て揶揄っているという感じではない。
「大丈夫。むしろ、仲いいところ見せないとヘタレ扱いされる」
よくわからないことを言われて首を傾げると、一青は苦笑して大泉医師に視線を投げた。その視線に答えるように大泉医師も苦笑する。
「……ん。まあ、アレは多少せっかちなところがあるからな」
どうやら、二人はこれから来る人物のことを言っているらしい。苦笑はしているが、好ましくない人物が来るのではないと表情で分かる。
「あの……その人って」
と、少し戸惑いがちに問いかけたのと同時に足音が聞こえてきた。革靴の足音。多分、男性。おそらく背は高くない。隙がなく、堂々とした迷いのない足取り。同時に背筋がしっかり伸びて、自信に満ちた足運びが想像できる。足音一つでもかなりの情報量がある。それでも、その人物はそれを一切隠そうとはしていない。それが、相手。つまり、自分たちに対する敬意や好意の表れなのか、単に侮られているからなのか分からない。が、一青の表情を見れば、前者である可能性は高いと翡翠は思った。
「入るぞ」
ドアの前にその人物がついたのと、ドアが開いたのと、声がかけられたのは同時だ。だめだ。と、言える余地はなかった。
「和臣。ノックくらいはしろ」
ため息交じりに大泉医師が注意した人物は、老医師の言葉にひらり。と、手を振るだけで答える。それから、全く悪びれる様子もなく、つかつか。と、歩いて部屋に入ってきた。
「君が。水瀬翡翠か?」
翡翠と一青の前まで歩いてきて立ち止まり、じっと翡翠を見つめて、その人物が言う。大泉医師も一青もその無遠慮な視線を遮るようなことはしなかった。
会話に隙間ができたタイミングで大泉医師の電話も終わったようだった。通話を終えた受話器を見つめて、ひとつ。大きくため息。
その姿を翡翠が見ていたのに気付くと、彼はバツが悪そうに苦笑を浮かべた。どうやら、翡翠と一青の会話の方には一切関知していなかったらしい。
「今から来るそうだ。5分とかかるまい」
誤魔化すように大泉医師は言う。一体だれが来るというのだろう。
「……一青。俺、もう、大丈夫だから。下ろして」
少しだけ名残惜しいし、触れあっていないのは不安だけれど、来客があると分かっていて一青の膝に座っているわけにもいかず、元居た椅子に座りなおそうとして翡翠は腕に力を入れた。
「このままで、大丈夫」
ぎゅ。と、翡翠の細い腰に手を回したまま、一青が答える。
「でも。これはいくら何でも失礼だよ」
正論を言ったつもりだったけれど、それでも、一青は首を振った。笑っているけれど、別に翡翠の困っている顔を見て揶揄っているという感じではない。
「大丈夫。むしろ、仲いいところ見せないとヘタレ扱いされる」
よくわからないことを言われて首を傾げると、一青は苦笑して大泉医師に視線を投げた。その視線に答えるように大泉医師も苦笑する。
「……ん。まあ、アレは多少せっかちなところがあるからな」
どうやら、二人はこれから来る人物のことを言っているらしい。苦笑はしているが、好ましくない人物が来るのではないと表情で分かる。
「あの……その人って」
と、少し戸惑いがちに問いかけたのと同時に足音が聞こえてきた。革靴の足音。多分、男性。おそらく背は高くない。隙がなく、堂々とした迷いのない足取り。同時に背筋がしっかり伸びて、自信に満ちた足運びが想像できる。足音一つでもかなりの情報量がある。それでも、その人物はそれを一切隠そうとはしていない。それが、相手。つまり、自分たちに対する敬意や好意の表れなのか、単に侮られているからなのか分からない。が、一青の表情を見れば、前者である可能性は高いと翡翠は思った。
「入るぞ」
ドアの前にその人物がついたのと、ドアが開いたのと、声がかけられたのは同時だ。だめだ。と、言える余地はなかった。
「和臣。ノックくらいはしろ」
ため息交じりに大泉医師が注意した人物は、老医師の言葉にひらり。と、手を振るだけで答える。それから、全く悪びれる様子もなく、つかつか。と、歩いて部屋に入ってきた。
「君が。水瀬翡翠か?」
翡翠と一青の前まで歩いてきて立ち止まり、じっと翡翠を見つめて、その人物が言う。大泉医師も一青もその無遠慮な視線を遮るようなことはしなかった。
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