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短編集 【L'Oiseau bleu】

麒麟と九尾と一角と 13

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 借りたハンカチで顔を拭おうとすると、それを一青が取り上げてかわりに拭いてくれる。それから、あやすように涙で濡れた目元にキスをくれた。

「一青」

「目元。腫れてる」

 ひやり。と、心地いい一青の唇。おそらくは、ほんの少しの魔法の力が働いている。癒しと冷却。来客に泣きはらしたみっともない顔を見せないようにと配慮してくれているのだろう。

「ありがと」

 大泉医師の前でそんな甘やかすようなことをされて、少し恥ずかしくなったけれど、内心、甘やかしてくれるのは嬉しい。まだ、恐怖の余韻を引きずったままだったから、このまま身を預けていたい。

「……ごめ……」

 同時にいつもと変わらず優しくしてくれることに、胸が痛んだ。だから、謝りたかったけれど、謝ることは彼の決意や覚悟に対して自分の気持ちがあまりに軽いものであると言っているようで、最後まで言えずに声が消える。
 一青の言葉を態度を信じられずに怯えてばかりいる上に、あんな約束までさせてしまった。それは後悔している。けれど、約束自体は翡翠が一番望んでいることに他ならなかった。

「いいんだ。けど……覚えておいてほしい。俺が閉じることができないかもしれない扉を開くときがあるとしたら、俺自身にもその先があるとは思わない。俺の手と翡翠の手が……離れたとしても……離れたりしない」

 一青の言葉に、翡翠は息をのんだ。今度は、一青は翡翠の瞳をまっすぐに見ていた。

「翡翠を一人でいかせたりしないし。翡翠を一人で残したりはしない。これは、そういう約束だ」

 怖い。
 と、思った。
 久米木とは違う。
 けれど、その真っすぐな視線は、心は怖い。きっと、この約束は間違っている。いつかそれは致命的な傷になって翡翠を苦しめるような予感がする。そうわかっていても、その言葉に、心のどこかで歓喜している自分に翡翠は気付いていた。

「……だから、翡翠も約束してほしい」

 そ。っと、頬に一青の手が触れる。口づけに変わってしまいそうなほどに顔を寄せて、まるで、誰かに聞かれたくない秘密を話すように一青は囁く。

「そうならないようにできる努力は全部しよう。怖いのはわかってるけど、立ち向かおう。翡翠の身体のこともどうでもいいなんて言わないでほしい。俺には何よりも大切なんだ。
 久米木連。その男に対峙しなきゃいけない日が来たとき、後悔しないようにできることは何でもしておこう」

 一青の言葉に翡翠は素直に頷いた。一緒に立ち向かっていくこと以外に翡翠が歩く未来など考えられなかったし、それがどんなに困難であろうと、一青と一緒なら耐えられると思った。その先にもし、ゲートが崩壊するような何かがあったのだとしても、それが一青との約束の結果なら構わないと思えた。

「約束。するよ」

 翡翠が言うと、一青は微笑んだ。何かに安堵したような、それでいて取り返しのつかない過ちを犯してしまった後悔のような、とても得難い何かを手に入れた喜びのような、複雑な笑顔だった。
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