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短編集 【L'Oiseau bleu】
麒麟と九尾と一角と 12
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「そんなことにはさせんよ」
ぽん。と、一青と翡翠の肩を叩いて、大泉医師が言う。
「翡翠。さっきも言っただろう。もう少し周りを頼りなさい」
大泉医師の言葉に一青が抱きしめていた翡翠を離す。そのまま、翡翠を膝の上に抱えるように座らせて、大泉に対峙した。
「彼を守っているのは、一青だけではない。確かに黒蛇は簡単な相手ではないが、君には国内最大のスレイヤーズギルドがついているんだぞ? 和臣は無制限のバックアップを約束している。黒蛇のやり方は和臣が一番知っている。きっと力になってくれる。もちろん、この大学病院も君へのサポートを惜しむ気はない。
それに。翡翠。言っただろう。君はもう、私たちの家族だ。家族が困難に立ち向かっているのを独りにはしない。わかるな?」
ゆっくりと、翡翠が理解できるように優しく、それでいて力強い声で大泉医師は言った。それから、ハンカチを取り出して渡して、そのまま頭を撫でてくれる。
「久米木という男のことは、魔法庁も行方を追っている。簡単に捕まるような男ではないだろうが、動きづらくなるのは間違いない。それでも、君の不安が簡単に消えるわけでないことくらいはわかっているよ。けれど、まだ起きていない困難に立ち向かう方法を考えるならまだしも、押しつぶされることはない。
一青お前も。契約の時のことで学習したのだろう。焦りは視野を狭める。まずは周りに頼ることを覚えなさい」
老医師の低い声は心を落ち着させる成分でも含まれているようだった。聞いているだけで、どうしようもない不安が少し溶けていくのを感じる。もちろん、それは消えたわけではない。この先も付き合っていかなければならない問題だ。それでも、取り乱してはいけないという理性で自分を律することができる程度には落ち着いてきた気がした。
まるで、振り子のようだ。
翡翠は思う。
一青といると幸せだし、紅二の屈託ない好意は心をあたたかくさせてくれる。大泉の言葉は翡翠を癒して落ち着かせてくれる。
けれど、こうやって優しく諭されて気持ちが落ち着いても、ほんの少しのことでまた、気持ちがぐらついてしまう。それをどうしてもコントロールできない。
それが、どうしようもなくもどかしかった。いつか、時が過ぎたらこんなふうにグラつくこともなくなるんだろうか。
「普段、鬱陶しいジジイでも、こういうときには役に立つ。どうせ引退して暇持て余してるんだ。顎で使うくらいの図太さを持っていろ。
ああ。そういえば」
翡翠の気持ちを察したように、大泉医師は不意に口調を変える。厳かだった声や話し方が、気持ちを切り替えようと言っているかのように明るくなった。それから、何かを思い出したように表情を柔らかくする。
「これで、翡翠の身体の状態の説明は終わりだが。
今日はもう一人翡翠に会いたいというものを待たせているんだが……」
ちら。と、時計を見てからため息のような吐息を漏らす。
「少し待たせ過ぎたか……。ここへ呼んでもいいかね? それとも、今日はやめておこうか?」
大泉医師にしては歯切れの悪い言い方だった。彼が信用し、魔法庁の護衛が通ることを拒まない相手であるなら、会うことは問題ない。
不安定な気持ちに整理はついていないし、そんな気持ちのまま誰かに会うのは少し気が引けるけれど、きっと、すぐに整理がつく日が来るわけではないだろう。今日できることを明日へ延ばすことの方が翡翠にとってはより気が進まなかった。それは、殆ど無意識にではあるけれど、今日と同じ平穏が明日また続いていると無邪気に信じることができないからだった。
「あ……いえ。大丈夫です」
翡翠が答えると、大泉医師は頷いてから、デスクに向きなおって、どこかに電話をしているようだった。
ぽん。と、一青と翡翠の肩を叩いて、大泉医師が言う。
「翡翠。さっきも言っただろう。もう少し周りを頼りなさい」
大泉医師の言葉に一青が抱きしめていた翡翠を離す。そのまま、翡翠を膝の上に抱えるように座らせて、大泉に対峙した。
「彼を守っているのは、一青だけではない。確かに黒蛇は簡単な相手ではないが、君には国内最大のスレイヤーズギルドがついているんだぞ? 和臣は無制限のバックアップを約束している。黒蛇のやり方は和臣が一番知っている。きっと力になってくれる。もちろん、この大学病院も君へのサポートを惜しむ気はない。
それに。翡翠。言っただろう。君はもう、私たちの家族だ。家族が困難に立ち向かっているのを独りにはしない。わかるな?」
ゆっくりと、翡翠が理解できるように優しく、それでいて力強い声で大泉医師は言った。それから、ハンカチを取り出して渡して、そのまま頭を撫でてくれる。
「久米木という男のことは、魔法庁も行方を追っている。簡単に捕まるような男ではないだろうが、動きづらくなるのは間違いない。それでも、君の不安が簡単に消えるわけでないことくらいはわかっているよ。けれど、まだ起きていない困難に立ち向かう方法を考えるならまだしも、押しつぶされることはない。
一青お前も。契約の時のことで学習したのだろう。焦りは視野を狭める。まずは周りに頼ることを覚えなさい」
老医師の低い声は心を落ち着させる成分でも含まれているようだった。聞いているだけで、どうしようもない不安が少し溶けていくのを感じる。もちろん、それは消えたわけではない。この先も付き合っていかなければならない問題だ。それでも、取り乱してはいけないという理性で自分を律することができる程度には落ち着いてきた気がした。
まるで、振り子のようだ。
翡翠は思う。
一青といると幸せだし、紅二の屈託ない好意は心をあたたかくさせてくれる。大泉の言葉は翡翠を癒して落ち着かせてくれる。
けれど、こうやって優しく諭されて気持ちが落ち着いても、ほんの少しのことでまた、気持ちがぐらついてしまう。それをどうしてもコントロールできない。
それが、どうしようもなくもどかしかった。いつか、時が過ぎたらこんなふうにグラつくこともなくなるんだろうか。
「普段、鬱陶しいジジイでも、こういうときには役に立つ。どうせ引退して暇持て余してるんだ。顎で使うくらいの図太さを持っていろ。
ああ。そういえば」
翡翠の気持ちを察したように、大泉医師は不意に口調を変える。厳かだった声や話し方が、気持ちを切り替えようと言っているかのように明るくなった。それから、何かを思い出したように表情を柔らかくする。
「これで、翡翠の身体の状態の説明は終わりだが。
今日はもう一人翡翠に会いたいというものを待たせているんだが……」
ちら。と、時計を見てからため息のような吐息を漏らす。
「少し待たせ過ぎたか……。ここへ呼んでもいいかね? それとも、今日はやめておこうか?」
大泉医師にしては歯切れの悪い言い方だった。彼が信用し、魔法庁の護衛が通ることを拒まない相手であるなら、会うことは問題ない。
不安定な気持ちに整理はついていないし、そんな気持ちのまま誰かに会うのは少し気が引けるけれど、きっと、すぐに整理がつく日が来るわけではないだろう。今日できることを明日へ延ばすことの方が翡翠にとってはより気が進まなかった。それは、殆ど無意識にではあるけれど、今日と同じ平穏が明日また続いていると無邪気に信じることができないからだった。
「あ……いえ。大丈夫です」
翡翠が答えると、大泉医師は頷いてから、デスクに向きなおって、どこかに電話をしているようだった。
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