【これはファンタジーで正解ですか？】

短編集 【L'Oiseau bleu】

麒麟と九尾と一角と 8

「……翡翠の身体の中には子宮がある」

「え？」

　まったく予想はしていなかった言葉に、思わず呟きが漏れる。パソコンを操作して、画面に表示されたのは腹部のMRIの画像らしかった。

「ここだ。わかるかね？　もちろん。生物学上、翡翠は間違いなく男性だ。君の中にあるそれは魔道医学で作られた人口子宮だよ」

　大泉医師がパソコンのディスプレイをペン先でなぞる。そうだと言われればかつて授業でも習ったことがある女性特有の臓器の形をしている気がした。それでも、それが自分の中にあるものだという実感はない。

「以前。何故ゲートが開いたのか、何故安定しているのか分からないと話したことがあるが。間違いなくこれが原因の一つだ。
　通常の女性のものよりは小さいが、機能上は全く同じものだ。卵巣は確認できていないから、妊娠は不可能だが、それがあるためにゲートが開いたのは間違いない」

　大泉医師が淡々とした口調で続ける。多分、翡翠を必要以上に混乱させないためったのだろうと、理解できたのは後になってからだった。
　アングラ組織の人体実験に使われたことも、男の翡翠がゲートになったことも、すでに十分に普通ではありえない話だ。だから、今更ありえないことが一つや二つ増えてもどうということはないと、思っていたはずだった。それでも、自分の中にゲートだけでなく、生来のものではない自分の感知しない内臓が一つ増えていますなどといわれては、さすがに、そうですか。と、簡単に納得することなんてできなかった。

「……え？　ちょっと待ってください。人工子宮？　だって、そんな……そんなもの入れられた覚えはないです。え？　気付かないうちにそんなもの身体の中に入れることなんて可能なんですか？」

　記憶にある限りそんなことをされた覚えはない。身体の中に元々なかった臓器を一つ増やすなどという作業をやられる本人に気付かれずに行うなんてことが可能なのだろうか。それとも、両親のこと以外にも、記憶を改竄されているとでもいうのだろうか。

「施術の身体への馴染み方から想像すると……おそらくはそれが翡翠の身体に入ったのは、やつらにご両親と引き離されてすぐ。5歳の当時だろう。記憶を改竄されたというよりも、意味が分かっていなかった可能性が高い」

　大泉医師は慎重に言葉を選んでいるようだった。けれど、彼のどの言葉をとっても、翡翠に衝撃を与えないものはなかった。それは、子宮があるという事実よりも、もっと、翡翠の背筋を凍り付かせる言葉だった。

「5歳って……施設にいた頃……？　アカデミーのことだって知らなかった。え？　ちょっと待ってください。まだ、魔光の簡易検査も受けてない頃です。それなのに……どうして俺に人工子宮？　それって……まるで」

　そのさきを言うのも、考えるのも、ひどく不吉なことのような気がして、翡翠は言葉を区切った。けれど、頭の中ではすでにその言葉の先を想像してしまっている。

「まるで……」

　翡翠をゲートにするために育てたようなものだと。
　そして、翡翠は半ば確信していた。おそらく、その本来男性にありえない臓器を翡翠の身体の中に生成したのは久米木だ。他の選択肢は頭を掠めもしなかった。

「どんな理論や法則性があって君を選んだのかはわからない。もしかしたら、他の被害者の男性にも同じように人工子宮を移植していたのかもしれないし、君が特別に選ばれた理由があるというより、人工子宮の元になった人物の方が”選ばれた”ものだったのかもしれない。
　どちらにせよ。君の中のそれはもう、君自身の一部だ。……ただ。それが君やゲートに及ぼす影響については、現段階では何も言えない。君自身に今後重篤な障害や苦痛がないとは言い切れない。それでもなお、そこにゲートがある以上摘出することは不可能だ。
　不安はあるだろうが、君は君の中のそれと付き合っていくしかない。もちろん、我々は君のためにできるサポートを惜しむつもりはないよ」

　翡翠が余計なことを考えるのを遮るように大泉医師は話し続けた。彼なりの優しさだろう。けれど、言葉は上滑りするだけで、翡翠の中に浸透してはくれない。

「……ど……して？」

　まるで、見えない鎖で身体を雁字搦めにされているような気がして、細い肩が震える。
　怖かった。
　呪いは消えているはずなのに、逃げ道がないような焦燥感に襲われる。
　ひどく喉が渇いて、張り付いた喉の奥が痛む。

「翡翠」