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短編集 【L'Oiseau bleu】
麒麟と九尾と一角と 5
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「君のご両親は結局その追手から逃げ切ることができなかった。
それが、君の心に大きな傷となっている。大切なものを奪われるには君は幼過ぎたし、君に呪いをかけた男はそれすら全部呪いの糧としたからね。
前にも話したが、その男は君から大切なものをすべて奪って、何も頼れるものがなくなるように仕向けて、その上で君の弱った心に付け込んで、信じさせたうえで裏切ってさらに大きな傷を刻んだ。それらは、すべて君が抗おうとする心を削ぐための布石だ。呪いと言い換えてもいい。
けれど、翡翠。一青は君の父親とは違う。もちろん、君の親父さんは優秀なスレイヤーだったし、強い意志を持った人格者だった。それでも、一人で戦うことなどできはしないのだよ? 彼の間違いは、助けを求めなかったことだ。手を伸ばせば助けてくれる人はいたはずだった。
一青には、国政がいる。紅二もいる。スレイヤーとしての仲間も、親友と呼べる友人も、和臣も私もついている。
どんな困難があったとしても、君が一人きりになることはない。私たちも一青を、君を一人で戦わせることなどしない」
「先生……」
老医師は微笑みを浮かべていた。出会ったときから変わらない優しくて力強い笑みだ。見ているだけで力づけられるし、その人のことを信じたいと思える。
「不安になることもあるのはわかる。それでいい。抑え込む必要はない。
不安になったら、今日のように口に出して言いなさい。そうしたら、私も何度でも大丈夫だと繰り返そう」
大泉医師の言葉に、翡翠は頷いた。納得できたわけでも、解決できたわけでもない。久米木が怖いことに変わりはない。失う不安は簡単に消せるものではない。それでも、不安でいてもいいのだと言ってもらえたことも、それを話していい場所があるのだと思えることも、翡翠にとっては初めての経験で、それはわずかというには力強く翡翠を勇気づけてくれた。
「ありがとうございます。……すみません。とりみだしたりして。もう、大丈夫です」
強がりだった。
それでも、強がれる程度には気持ちは落ち着いていた。
「でも、あの……また、甘えてもいいですか?」
遠慮がちにそう問いかけると、大きな手が頭を撫でてくれた。まるで、子供にするようなやり方だった。でも、バカにされているとも、傲られているとも思わなかった。
彼はなんのてらいもなく、ただ孫のような翡翠を気遣い、大切にしてくれているのだ。親の愛を十分に受けることがかなわなかった翡翠には、その甘やかしてくれる手が遠い父母の記憶と重なって、一時の休息になったのは間違いなかった。
「さて、では、此処からは君の身体のことについてだ」
一頻り翡翠の頭を撫でてから、大泉医師はパソコンに視線を移した。
「……あ」
しかし、それを翡翠は遮った。
それが、君の心に大きな傷となっている。大切なものを奪われるには君は幼過ぎたし、君に呪いをかけた男はそれすら全部呪いの糧としたからね。
前にも話したが、その男は君から大切なものをすべて奪って、何も頼れるものがなくなるように仕向けて、その上で君の弱った心に付け込んで、信じさせたうえで裏切ってさらに大きな傷を刻んだ。それらは、すべて君が抗おうとする心を削ぐための布石だ。呪いと言い換えてもいい。
けれど、翡翠。一青は君の父親とは違う。もちろん、君の親父さんは優秀なスレイヤーだったし、強い意志を持った人格者だった。それでも、一人で戦うことなどできはしないのだよ? 彼の間違いは、助けを求めなかったことだ。手を伸ばせば助けてくれる人はいたはずだった。
一青には、国政がいる。紅二もいる。スレイヤーとしての仲間も、親友と呼べる友人も、和臣も私もついている。
どんな困難があったとしても、君が一人きりになることはない。私たちも一青を、君を一人で戦わせることなどしない」
「先生……」
老医師は微笑みを浮かべていた。出会ったときから変わらない優しくて力強い笑みだ。見ているだけで力づけられるし、その人のことを信じたいと思える。
「不安になることもあるのはわかる。それでいい。抑え込む必要はない。
不安になったら、今日のように口に出して言いなさい。そうしたら、私も何度でも大丈夫だと繰り返そう」
大泉医師の言葉に、翡翠は頷いた。納得できたわけでも、解決できたわけでもない。久米木が怖いことに変わりはない。失う不安は簡単に消せるものではない。それでも、不安でいてもいいのだと言ってもらえたことも、それを話していい場所があるのだと思えることも、翡翠にとっては初めての経験で、それはわずかというには力強く翡翠を勇気づけてくれた。
「ありがとうございます。……すみません。とりみだしたりして。もう、大丈夫です」
強がりだった。
それでも、強がれる程度には気持ちは落ち着いていた。
「でも、あの……また、甘えてもいいですか?」
遠慮がちにそう問いかけると、大きな手が頭を撫でてくれた。まるで、子供にするようなやり方だった。でも、バカにされているとも、傲られているとも思わなかった。
彼はなんのてらいもなく、ただ孫のような翡翠を気遣い、大切にしてくれているのだ。親の愛を十分に受けることがかなわなかった翡翠には、その甘やかしてくれる手が遠い父母の記憶と重なって、一時の休息になったのは間違いなかった。
「さて、では、此処からは君の身体のことについてだ」
一頻り翡翠の頭を撫でてから、大泉医師はパソコンに視線を移した。
「……あ」
しかし、それを翡翠は遮った。
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