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短編集 【L'Oiseau bleu】
アリアドネ 2
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目が覚めると、ブラインドの隙間から朝日が漏れていた。
長い睫毛を瞬かせ、半覚醒の呆けた頭で思いを巡らせる。
「おかあ……さん」
古い借家と小さな庭。温かな春の光。春の野花に舞う蝶。空には魔道ガラスはない。ドームの外の田舎の町。風の香りがした。
自分とよく似た緑色の瞳が印象的な少女のような人。父は家にはいなかったけれど、父の魔光の匂い。きっと、仕事に出かけていたのだろう。瑠璃色の瞳をした妹。タンザナイトのような印象の髪が揺れる弟。
それは、夢だったけれど、ただの夢ではないと確信に似た思いがあった。
これは、夢ではなくて記憶だ。
呪いが解けて、記憶が少しずつ解放されている。そう、感じた。
「……もしかしたら」
その感覚が消えてしまう前にしっかり捕まえておきたくて、翡翠は夢をたどる。
けれど、まるで掌で掬った水が指の隙間から零れるように、記憶は少しずつ頭の中から逃げて行ってしまう。
もしかしたら。と、呟いた自分自身の思いははっきりと言葉になる前に指の隙間を流れ落ちてしまった。
「……だめだ」
両親や家族のことを思い出しても、今は呪いのとける前のような嫌な気持ちになることはない。思い出したいという強い気持ちはある。はやく思い出したいし、会いたい。けれど、それは呪いを受けていたころのような不安感ではなく、純粋な思慕だ。
だから、その日々が幸せだったこと、
母がとても優しくて、温かくて、綺麗だったこと。
翡翠が母を、父を、弟や妹を大切に思って、大好きだったこと。
そして、母が自分のことを好きでいてくれたことを思い出せたことだけでも嬉しかった。些細なことでもいい。もっと思い出したいと思う。もっと。もっと。
「……みんな。どうしてる……?」
呟く。
幸せだった家族がその後どうなったのか、翡翠は覚えていない。父母の失踪に黒蛇が関与しているというなら、きっと辛い思いをしていることだろう。翡翠と同じように。もしかしたら。と、思ってしまう。その嫌な予感は首を振って打ち消した。
記録や状況だけで判断したくない。誰も、家族が生きていないのだと証明できるものなどいない。きっと、もう一度会うことができると、信じていたい。翡翠がそうだったように、辛いことがあったのだとしても、今、それから未来において不幸であるときまったわけでもないし、その権利すらなくなっているのだと、信じたくはない。
覚醒したばかりの頭でそんなことを考えていた。
母が言った。『二人を守って』と。いつか二人を見つけて、兄として守ってやれたらいいと思う。そして、できることなら、少女のようだった母も、強く優しかった父も幸せになった姿を見たい。
長い睫毛を瞬かせ、半覚醒の呆けた頭で思いを巡らせる。
「おかあ……さん」
古い借家と小さな庭。温かな春の光。春の野花に舞う蝶。空には魔道ガラスはない。ドームの外の田舎の町。風の香りがした。
自分とよく似た緑色の瞳が印象的な少女のような人。父は家にはいなかったけれど、父の魔光の匂い。きっと、仕事に出かけていたのだろう。瑠璃色の瞳をした妹。タンザナイトのような印象の髪が揺れる弟。
それは、夢だったけれど、ただの夢ではないと確信に似た思いがあった。
これは、夢ではなくて記憶だ。
呪いが解けて、記憶が少しずつ解放されている。そう、感じた。
「……もしかしたら」
その感覚が消えてしまう前にしっかり捕まえておきたくて、翡翠は夢をたどる。
けれど、まるで掌で掬った水が指の隙間から零れるように、記憶は少しずつ頭の中から逃げて行ってしまう。
もしかしたら。と、呟いた自分自身の思いははっきりと言葉になる前に指の隙間を流れ落ちてしまった。
「……だめだ」
両親や家族のことを思い出しても、今は呪いのとける前のような嫌な気持ちになることはない。思い出したいという強い気持ちはある。はやく思い出したいし、会いたい。けれど、それは呪いを受けていたころのような不安感ではなく、純粋な思慕だ。
だから、その日々が幸せだったこと、
母がとても優しくて、温かくて、綺麗だったこと。
翡翠が母を、父を、弟や妹を大切に思って、大好きだったこと。
そして、母が自分のことを好きでいてくれたことを思い出せたことだけでも嬉しかった。些細なことでもいい。もっと思い出したいと思う。もっと。もっと。
「……みんな。どうしてる……?」
呟く。
幸せだった家族がその後どうなったのか、翡翠は覚えていない。父母の失踪に黒蛇が関与しているというなら、きっと辛い思いをしていることだろう。翡翠と同じように。もしかしたら。と、思ってしまう。その嫌な予感は首を振って打ち消した。
記録や状況だけで判断したくない。誰も、家族が生きていないのだと証明できるものなどいない。きっと、もう一度会うことができると、信じていたい。翡翠がそうだったように、辛いことがあったのだとしても、今、それから未来において不幸であるときまったわけでもないし、その権利すらなくなっているのだと、信じたくはない。
覚醒したばかりの頭でそんなことを考えていた。
母が言った。『二人を守って』と。いつか二人を見つけて、兄として守ってやれたらいいと思う。そして、できることなら、少女のようだった母も、強く優しかった父も幸せになった姿を見たい。
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