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短編集 【L'Oiseau bleu】
その一秒は短いけれど輝く宝石の如く 2
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目を閉じて、次に開いても、このままの世界にいられますように。
ふと。願う。
あの地獄から救い出されて。
救ってくれた人に求愛されて。
その人が一途で、誠実で、優しくて、綺麗で。
本当の姿を取り戻して。
家族と呼べる人までできて。
幸せ過ぎるのが怖い。
あの地獄の底で何度こんな日を夢に見たかなんて思い出せない。
けれど、夢に見るたびに、その夢はあの男に握りつぶされた。
久米木連。
どくん。
と、その名前を思い出すだけで、心臓が大きく鼓動を打つ。
もう、内側から覗かれているような感覚はない。呼ぶ声も聞こえない。
はずだ。
それなのに、いつでもどこかから見られているような感覚が消えない。ふとした拍子にあの低い大地の底から聞こえる地鳴りのような声が聞こえた気がするのだ。たとえ、本当は聞こえていないのだとしても、聞こえているのと変わらない。
それが、今までの呪いと違う錯覚だと理解はしている。けれど、そうやって、身体の隅々にまであの男の存在を教え込まれた。翡翠にとって、呪いは終わってはいなかった。
もちろん、あの男が、翡翠を放っておいてくれるはずがないと確信していた。
あの男が固執しているのが、翡翠の中にあるゲートなのか、翡翠自身なのかわからない。わからないけれど、身体に纏わりつくような夜のように昏くて、鎖のように重くて、硬くて、ドロドロと粘度の高い液体の中にいるように苦しくて不快な幾重もの呪いがただ何の執着もない相手に無差別に向けられているものとは到底思えない。理由は何であれ、翡翠に望んでいるものが何であれ、あの男が翡翠を諦めるわけがない。
きっと、あの男が自分を探し出す日が来るだろう。多分、遠くない未来。
その日が来るのが怖い。
翡翠は思う。
一青にはスレイヤーでいることを諦めてほしくないと言った。それは本心だし、言ったことを後悔はしていない。
けれど、怖い。今は、一青がそばにいてくれるからいい。でも、一青がそばにいない状態でもし、久米木に再会していてしまったらどうしたらいいのだろう。
そう考えた瞬間にふと、過った笑顔。
まだ、翡翠が学生だった頃、落ちこぼれだった翡翠に優しさをくれたのは久米木だけだった。親もなく、児童福祉施設で育ち、大した才能もないのに上を目指すことを強要されて、誰にも顧みられることなく、愛されたくて足掻いて疲れ切っていた。それ自体、あの男のせいだったけれど、与えられた笑顔に自分が感じていた感情は偽物ではない。
失われたときの絶望も。
「今度失くしたら……」
気付かないうちに声に出していた。
その自分の声にはっとする。
一青は久米木とは違う。
身体を起こし、大きく首を振る。
「俺だって……」
呪いに縛られて視野を狭くし、相手を見ることも、相手から見ることもできない半透明の袋の中にいたような以前の自分とは違う。
あの澄んだ水のような人。
外見や人柄は偽ることができるけれど、内側から湧き上がるあの魔光の色は変えられない。今の自分ならそれをちゃんと見れることができるはずだ。
一青はただ一人。翡翠が選んだ相手。
運命とか、少女のおとぎ話のようなことを言うつもりはない。翡翠が一青を選んだことは、どちらかというと、生物が生き残ろうとするときの本能だ。
命は生まれたなら生きたいと願う。ゲートに魅入られた希少な生き物が選んだ生き残る術が一青だ。国政でなく、ほかのどのゲートキーパーでもなく、もちろん、久米木でもない。ゲートに踊らされているだけだと言われるかもしれない。翡翠も。一青も。
それでも、呪いが解けた今、翡翠は思う。
生物としての本能であっても、大きな者から与えられた運命であっても、どちらでも同じだ。
どんな名前をつけても、自分の中にあるものに変わりはない。名前が変わったとて選ぶ道に変わりなんてない。
一青が望んでくれる限りは、そばにいる。
ただ、それだけ。
もし、万が一、億が一。一青が久米木のように変わってしまったとしても、望んでくれるなら離れない。
けれど、望まれなくなったら。
望んでいても、失くしてしまったら。
1秒の長さは何をしていても同じはずなのに、苦しいと感じているとどうして時計の針は意地悪くゆっくりと動くのだろう。
身体は疲れている。眠ってしまえば時間は正確な1秒を刻んでくれるだろうけれど、一人で寝るのは怖い。起きたら全部夢だったという現実を突きつけられるのではないかという不安をぬぐえない。
早く朝になってほしい。
そうしたら、おはよう。と、笑う一青の顔が見られる。
その笑顔を見たら、不安と戦う勇気が貰える。
ふと。願う。
あの地獄から救い出されて。
救ってくれた人に求愛されて。
その人が一途で、誠実で、優しくて、綺麗で。
本当の姿を取り戻して。
家族と呼べる人までできて。
幸せ過ぎるのが怖い。
あの地獄の底で何度こんな日を夢に見たかなんて思い出せない。
けれど、夢に見るたびに、その夢はあの男に握りつぶされた。
久米木連。
どくん。
と、その名前を思い出すだけで、心臓が大きく鼓動を打つ。
もう、内側から覗かれているような感覚はない。呼ぶ声も聞こえない。
はずだ。
それなのに、いつでもどこかから見られているような感覚が消えない。ふとした拍子にあの低い大地の底から聞こえる地鳴りのような声が聞こえた気がするのだ。たとえ、本当は聞こえていないのだとしても、聞こえているのと変わらない。
それが、今までの呪いと違う錯覚だと理解はしている。けれど、そうやって、身体の隅々にまであの男の存在を教え込まれた。翡翠にとって、呪いは終わってはいなかった。
もちろん、あの男が、翡翠を放っておいてくれるはずがないと確信していた。
あの男が固執しているのが、翡翠の中にあるゲートなのか、翡翠自身なのかわからない。わからないけれど、身体に纏わりつくような夜のように昏くて、鎖のように重くて、硬くて、ドロドロと粘度の高い液体の中にいるように苦しくて不快な幾重もの呪いがただ何の執着もない相手に無差別に向けられているものとは到底思えない。理由は何であれ、翡翠に望んでいるものが何であれ、あの男が翡翠を諦めるわけがない。
きっと、あの男が自分を探し出す日が来るだろう。多分、遠くない未来。
その日が来るのが怖い。
翡翠は思う。
一青にはスレイヤーでいることを諦めてほしくないと言った。それは本心だし、言ったことを後悔はしていない。
けれど、怖い。今は、一青がそばにいてくれるからいい。でも、一青がそばにいない状態でもし、久米木に再会していてしまったらどうしたらいいのだろう。
そう考えた瞬間にふと、過った笑顔。
まだ、翡翠が学生だった頃、落ちこぼれだった翡翠に優しさをくれたのは久米木だけだった。親もなく、児童福祉施設で育ち、大した才能もないのに上を目指すことを強要されて、誰にも顧みられることなく、愛されたくて足掻いて疲れ切っていた。それ自体、あの男のせいだったけれど、与えられた笑顔に自分が感じていた感情は偽物ではない。
失われたときの絶望も。
「今度失くしたら……」
気付かないうちに声に出していた。
その自分の声にはっとする。
一青は久米木とは違う。
身体を起こし、大きく首を振る。
「俺だって……」
呪いに縛られて視野を狭くし、相手を見ることも、相手から見ることもできない半透明の袋の中にいたような以前の自分とは違う。
あの澄んだ水のような人。
外見や人柄は偽ることができるけれど、内側から湧き上がるあの魔光の色は変えられない。今の自分ならそれをちゃんと見れることができるはずだ。
一青はただ一人。翡翠が選んだ相手。
運命とか、少女のおとぎ話のようなことを言うつもりはない。翡翠が一青を選んだことは、どちらかというと、生物が生き残ろうとするときの本能だ。
命は生まれたなら生きたいと願う。ゲートに魅入られた希少な生き物が選んだ生き残る術が一青だ。国政でなく、ほかのどのゲートキーパーでもなく、もちろん、久米木でもない。ゲートに踊らされているだけだと言われるかもしれない。翡翠も。一青も。
それでも、呪いが解けた今、翡翠は思う。
生物としての本能であっても、大きな者から与えられた運命であっても、どちらでも同じだ。
どんな名前をつけても、自分の中にあるものに変わりはない。名前が変わったとて選ぶ道に変わりなんてない。
一青が望んでくれる限りは、そばにいる。
ただ、それだけ。
もし、万が一、億が一。一青が久米木のように変わってしまったとしても、望んでくれるなら離れない。
けれど、望まれなくなったら。
望んでいても、失くしてしまったら。
1秒の長さは何をしていても同じはずなのに、苦しいと感じているとどうして時計の針は意地悪くゆっくりと動くのだろう。
身体は疲れている。眠ってしまえば時間は正確な1秒を刻んでくれるだろうけれど、一人で寝るのは怖い。起きたら全部夢だったという現実を突きつけられるのではないかという不安をぬぐえない。
早く朝になってほしい。
そうしたら、おはよう。と、笑う一青の顔が見られる。
その笑顔を見たら、不安と戦う勇気が貰える。
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