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短編集 【L'Oiseau bleu】

穢れない赤い瞳を持つ人たち 3

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「コーヒー淹れるから座って待ってて?」

 ソファまでエスコートして翡翠を座らせて、一青はキッチンに向かう。

「あ。俺が……」

 と、言う声を手を振って制してそのまま一青はキッチンに入っていった。

「それにしても……あの黒服にうろちょろされるのは迷惑だな」

 キッチンの一青が独り言にしては大きい声で言う。多分、翡翠に話しかけているのだ。
 こんなに何度も言うということは相当に気に食わないということなのだろう。一青は主張がはっきりしている方だとは思うけれど、周囲に合わせることができない性格でもない。それなのに不快感を隠しもしないどころか、敵意すら感じる。魔法庁の長官である父・国政とのイマイチ素直になれない関係のせいというわけでもないと思う。一青は複雑な想いを抱えてはいるけれど、国政のことを父親として認めてはいる。
 なら、何が彼をそうさせているのか。

「気にはなるけど。仕方ないよ。俺。ゲートだし。ここで自由にさせてもらってるだけでもありがたいっていうか……」

 知りたいとは思う。でも、無理に聞き出したくはない。
 想いの間で心が揺れる。

「……ゲートだからって何一つ諦める必要なんてない。翡翠を守るために力は必要なのはわかってるし、俺がずっと翡翠につきっきりでいられるわけでもないことは分かってる。でも……あいつらはだめだ」

 きっぱりとした口調で一青が言う。顔は見えない。けれど、明確な拒絶が声に滲んでいた。

「俺は。魔法庁を信用していない。……今はまだ」

 言葉の真意は分からなかったけれど、一青は何か大切なことを話してくれようとしているのがわかる。

「うん」

 だから、余計な言葉を挟まずに翡翠は肯定で先を促した。

「俺たちを産んだ人のこと話したよな。いい加減で調子よくて自由奔放な人だったけど、最高のスレイヤーだった。あのひとの息子だってことが何よりの自慢になるような人だった。
 俺も、紅二も。……親父も。緋色が大好きだった」

 そこで言葉が途切れる。しばしの沈黙。

「一青」

 辛い思い出なら話さなくてもいいと思う。一青は緋色の思い出を語るのは楽しいと言っていた。緋色のことを話すと皆笑顔になると言った彼の表情に曇りはなかった。けれど、今、その声には明らかに悲しみの感情が混じっている。

「……緋色はもう、いない」

 両手にカップを持って、一青がキッチンを出てきた。もっと、辛そうな顔をしているかと想像していたけれど、表情は淡々としていた。けれど、その表情に安心なんて全くできなかった。押し殺していないと爆発してしまいそうなものを内包しているように見えたからだ。

「はい」

 手渡しで翡翠にカップを渡して、一青は翡翠の隣に座った。それから、気持ちを落ち着かせるかのように一口。カップに口をつける。
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