【これはファンタジーで正解ですか?】

司書Y

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短編集 【L'Oiseau bleu】

穢れない赤い瞳を持つ人たち 2

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 この魔符を消耗させていたのは、呪いをかけた久米木の元へと呪いが戻ろうとする力だ。普通の防衛であれば一重の結界でも数年は良からぬものの侵入を拒むことができる。それがわずかな時間でこんなふうになってしまうことが恐ろしい。しかも、それは久米木のかけた呪いではあるのだが、呪いの履行に必要な力は翡翠の魔光を利用していた。
 久米木という男にやり方も、呪いの陰湿さも、自分の力にすら恐怖を感じる。高校の特戦科にいた頃から落ちこぼれと言われ続け、凡庸で使いパシリのようなスレイヤーとして、大きな案件に関わることなくキャリアを終えるのだと思っていた翡翠にとって、それが自分の魔光なのだとしても、強すぎる力は恐怖でしかない。

「買う必要はないよ。この魔符が焼き切れたら、俺が自作するから」

 それでも翡翠は決めていた。
 一青と一緒にいるためなら、怖くても自分のできることから逃げ出さないと。
 スレイヤーとして復帰できるのは先の話になるかもしれないけれど、家を守る結界符を作るなら自分でも役に立てると確信できた。呪いをかけられていたころの翡翠でも自信を持てることは二つだけあって、一つは料理。もう一つは魔符作りだったからだ。少し無理をしてでも買い物に出かけたのも、魔符を作るための材料を調達するためでもあった。
 今、家を守っている結界符は人間国宝と言われている魔符師の作だ。魔符の性能はそこまでにはとても及ばないけれど、使用者と製作者が同一の場合の方が、別々の場合よりも何倍も力を発揮できる。

「ああ。そうか。魔符作り得意だって言ってたよな。
 じゃ、うちの防衛と、メシは翡翠が担当だな」

 ドアを閉めて、翡翠の背に手を置いて中へと促しながら一青は言った。
 そうやって、任せると言ってもらえるのも嬉しい。ふふ。と、笑って頷くと、不意にぐい。と、引き寄せられて腕の中に収められる。

「……一青?」

「あーも。我慢の限界」

 ぎゅう。と、きつく抱きしめられて戸惑う。
 けれど、嬉しい。

「ったく、黒服少しは忖度しろよ。イイ感じになるとちらちらと視界の端に映り込んできやがって」

 すりすり。と、頬擦りするように翡翠の髪に顔を埋める一青。どうやら、外では佐藤と鈴木が気になってあれでもスキンシップを控えていたらしい。

「こんなに可愛い人前にして我慢した俺って偉くない?」

 玄関の壁に押し付けられて、顔を上げさせられて、一青の綺麗な青い瞳が覗き込んでくる。顔が近い。最初からかなり距離感がおかしかった気がするけれど、こんなゼロ距離で見つめられるには一青の顔は刺激的過ぎる。眩しくて目が眩みそうだし、整いすぎて美術品じゃないかと思えるし、そこに表情が乗ると昨日散々彼を受け入れた場所がきゅうん。と、切なくなる。

「ね? ご褒美貰ってもいい?」

 これは、もしかして、魅了の魔法をかけられているんだろうか。気持ちの問題ではなく、魔法物理的に。

「……ご褒美って……」

 こくり。と、思わず唾液を飲み込む。その音が聞こえたような気がした。

「期待。した? やあらし」

 悪戯っぽく笑って、一青が言う。その言葉にかっ。っと、顔が熱くなる。
 けれど、否定できない。
 期待。している自分がいる。と、翡翠は自覚していた。

「そゆとこ。すげー好き。かわいい」

 翡翠の素直な反応に一青はすごくすごく嬉しそうな顔をする。そんな顔をしてくれるのが恥ずかしいやら、嬉しいやら、翡翠は自分の感情を制御できなくなってしまった。
 なんだか喉の奥に悲しいとか切ないとかそういう感情ではなくて、ただ痛みに似た、けれど、すごく幸せななにかがつまって、熱くなって泣きたいような気持になる。

「ご褒美。翡翠からキスして?」

 だから、その感情を口移しで届けたい。と、背伸びをして口づけた。
 軽く触れるだけの思春期みたいなキスで、気持ちが届いたかどうかわからない。でも、一青は笑ってくれた。

「こんなご褒美もらえるなら、我慢したかいはあったな」

 その先は? と、はしたない想像をしていたのに、やけにあっさりと一青は翡翠の身体から離れて、それでも手を繋いだままリビングへと歩き出す。少し拍子抜けだ。と、思ってからなにを考えているんだと首を振る。あんなに何度もいたしたというのに、そんなことを考えている自分が恥ずかしい。

「もう、紅二帰ってくるから。これ以上したら、俺。止まれないよ?」

 階段を上がってリビングのドアを閉めると、一青が翡翠の耳元に囁いた。

「これから、時間はいくらでもあるから。翡翠もいい子で我慢して?」

 脳を直接撫でられるみたいな甘い声。期待していたのを見透かされた恥ずかしさが消し飛ぶほどだった。
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