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短編集 【L'Oiseau bleu】

佐藤と鈴木について 1

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 病院の外に出ると、魔道ガラス越しに見える空は殆ど雲もない快晴だった。光の加減でところどころに光を反射する場所があるのだが、ガラスはあくまで有害な魔昏を遮るだけで、その太陽光の殆どはガラスに吸収されずに地表まで降り注ぐ。
 あまりにいろいろなことがあった一日を終えて、それでもなお、寝落ちする寸前まで求めて、求められて、目が覚めたのは、日が昇ってから随分と経ってからだった。だから、病院を出たのは朝というには少し語弊がある時間帯だ。それでも、幾分朝の余韻を残す日差しは酷使した身体には少々きつかったけれど、晴れやかな気持ちにはぴったりだった。

「いい天気だ」

 我ながらつまらない感想だ。
 翡翠は思う。
 魔道ガラスはもちろん雨を通さないから、街の気象変動は全てコンピュータで制御され、雨は計画された日に予告通りに降るのが常識となっている。だから、天気がいいことなんて当たり前で、ドームの住人はそんなこと気にしない。
 気にしているのはおそらく翡翠のようにドーム外で育ったいわゆる田舎者だけだ。だから、言ってからバカみたいだなと。と、自分でも思った。
 それでも、雨はともかくとして太陽が顔を見せてくれるかどうかはまさに天の気分次第。気持ちを代弁してくれるような快晴の空が翡翠にとってはとても心地よかった。

「ん。そうだな」

 隣を歩いている一青が微笑む。
 その笑顔は太陽よりもさらに眩しい。まさに目も眩むほどだ。と、翡翠は思う。数えきれないほどかけられていた呪いが解けて、フィルターなしで、その上明るい日差しの下で見る一青は信じられないくらいに綺麗で、隣に並んでいるのが自分でいいのかと不安になるくらいだ。

「少し遠回りしようか? 晩飯の買い物してく?」

 そ。っと、一青の手が背中に触れる。身体に溜まる魔昏を逃す必要がなくなって、四六時中手を繋いでいるようなことはなくなったけれど、一青は何かにつけて翡翠の身体に触れる。背中や手や頬や髪。それは、親愛だったり、思いやりだったり、気遣いだったり、優しさだったり、愛情表現だったり、もちろん、情欲だったり。けれど、どんな意味であっても、一青に触られるのは心地いい。
 『奈落』ににいたときは、誰かに触れられるのが嫌でたまらなかった。触れられるたびに汚れていくような気がして、肌が擦り切れるほど身体を洗った。洗っても綺麗ならないことにはすぐに気づいたけれど、洗わずにいられなかった。
 一青が触れてくれると、その場所が綺麗になるような気がする。同時に、自分の汚れが彼をも汚してしまうんではないかと怖くなる。でも、彼のエレメントは水だ。湧き上がり流れる水は留まることなくそんな汚れすら洗い流して、決して淀むことはない。
 だから、こんな自分でも彼が望んでくれるうちはそばにいたいと、翡翠は願うのだ。

「どした? 疲れた? 昨夜無理させたし」

 考え込んだまま返事をしない翡翠の顔を心配そうに一青は覗き込む。額に落ちた髪をその大きな手が梳いて耳にかけてくれた。

「……あ。や」

 昨夜。という、言葉に思わず顔が上気する。
 『一回だけ』という約束は守ってくれたのだが、『一回』だったのはあくまで一青の話で、翡翠はというと最後は記憶がないのでよくわからない。優しく丁寧にじっくり時間をかけて身体の隅々まで愛されて、覚えていることと言ったら気持ちよかったことと、何度も一青が好きだと言ってくれたことくらいだ。

「またそんな可愛い顔して。ここで抱きしめてキスしてもいいの?」

 少し意地の悪い笑顔。けれど、その中にほんの少しだけ本気っぽいニュアンスを混ぜるから性質が悪い。

「だ……何言っ……」

 背中に回していた手がぐい。と、翡翠の身体を一青の方に引き寄せる。そのまま、唇が触れるんじゃないかという距離まで、信じられないくらいに整った顔を近づけてくる。

「一青。ここ。往来」

 じたばた。と、暴れるけれど、力の差は歴然で、その腕から逃れることなんてできなかった。いや、翡翠も本気で逃れる気なんてないのかもしれない。と、自分自身で思っていた。
 それでも、形ばかりでも抵抗はしたい。
 平日の昼間の住宅街だから、人通りが多いわけではない。けれど、人が絶対に通らないというわけではないのだ。スレイヤーたるもの公序良俗に反する行いはできない。という思いもあるし、抵抗するのにはもう一つ理由があった。
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