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The Ugly Duckling
Epiloge Not swan,But kingfisher 15/16
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「ごめんな? 俺重いだろ? でも、こんなふうに誰かに夢中になるなんて初めてなんだ。
少しだけ。ホント少しだけだけど、久米木ってヤツの気持ちわかる。翡翠のことみんなに自慢したいけど、翡翠の綺麗なところ誰にも見られたくない」
囁いている間も、一青の腕が緩むことはなかった。抱き潰されてしまいそうだと思う。
そんなふうに言ってもらったことも、思ってもらったことも、今までに一度もなかった。久米木の気持ちがわかると言われて、初めて少し怖いと思う。
けれど、同時に思うのだ。
一青ならいい。一青の呪いなら受けても構わない。がんじがらめに縛られても、きっと、それは幸福というものに形を変えてしまうだろう。
「……重くなんて……ない。嬉しい」
だから、翡翠は言った。
久米木も、一青も、一番根っこのところは同じなのかもしれない。根底にあるのは翡翠に対する執着なのだ。それは言い換えれば愛とかいうものなのだろう。
二人とも、自分のいる場所に翡翠を連れて行こうとしているのは同じだ。ただ、久米木は昏い闇の底に。一青は明るく暖かい太陽の下にいる。
そして、もっと違うことがある。
「一青以外の人に……笑いかけるかもしれないし、優しくするかもしれないし。俺。その、人付き合いとかすごく苦手だから……。でも……一青だけが特別だから。俺にヤなとこあったら、怒って? 一青に好かれる俺になれるように努力するから」
腕の中に納まったまま身じろぎもせずにそう言うと、一青はふ。と、腕から力を抜いて翡翠の顔を覗き込んできた。
「俺の思い通りになんてならなくても、好きだよ」
そのまま、唇が重なる。うっとりと目を閉じて、翡翠はそのキスを受け入れた。
一青が好きだ。
翡翠は思う。
それが、一青と久米木の一番の違いだ。
一青の愛がいつまでも続くなんて保証はない。けれど、大泉が言っていたように、きっと誰にも保証なんてないんだろう。それでも信じることしかできないのだ。
「一青」
キスから解放された唇でその名前を呼ぶと、一青の視線が翡翠をとらえた。その顔は優しく微笑んでいる。
「あの……もしかして……さ。あの。間違ってたら、恥ずかしいんだけど……俺が大泉先生に笑顔で『翡翠って呼んでください』なんて言ったから、大泉先生にヤキモチ焼いてくれたってこと? えと……俺のこと好きだから?」
だから翡翠は、ふと、さっきの診療室での会話を思い出して、なんとなくそれを口にしてみた。一青みたいなイケメンがヤキモチを焼いてくれるくらいに自分のことを好きになってくれたなんて、自惚れだろうか。
「は? 今頃?? それ以外に何があるって言うんだよ」
そうしたら、一青は呆れ顔になって言った。馬鹿なのか? と言われているようで恥ずかしい。
「や……その。一青と契約したのに……俺。その、奈落みたいな店にいたから、その……頼りになる人なら、みんなに脚開いて媚びてるとか……思われてるのかな……って」
『誰にでも脚を開く淫売』なんて、何度言われたかわからない。奈落では無理矢理客を取らされていたのも、催淫効果のある呪いをかけられていたのも、殆どの客は知っていた。それでもなお、心ない言葉で翡翠を蔑む客は多かった。
だから、そう思われるのが当たり前のように思えていた。
「はあ? そんなわけないだろ? なんか反応変だと思ったら……」
ため息交じりに一青は翡翠の身体を抱き寄せる。出会った日に感じた一青の香りが、鼻腔を擽る。すごくいい香りだ。
「……や。その俺……。そんなヤキモチとか……焼いてもらったこととかないから。わかんなかった」
その背中におずおずと手を回して、ぎゅ。として、翡翠は言った。そうすると、一青の匂いがもっと強く感じられる。
「……そか。翡翠にはもっとはっきりと言わないとダメなんだな。覚えとく」
苦笑して一青が言った。
「ごめん」
気恥ずかしくて、消え入るようにそう言うと、一青は今度は優しく笑ってくれた。
「いいよ。俺がいつでも誰にでもヤキモチ焼いちゃうこととか、俺がどんくらい翡翠に夢中なのかとか。全部。俺が教えてあげる」
それから、耳元に優しく囁く。吐息が産毛にかかってくすぐったい。
「……一青」
今日はもう何もしないなんて言ったくせに、わざとみたいに耳元に甘く囁かれて、首を竦めて咎めるように小さく名前を呟く。そうすると、少しだけ身体を離した一青が、赤く染まり始めた翡翠の顔をじっと見つめて、わが意を得たりと一青が意地悪く笑った。
「俺のこと全部教えてあげるから、翡翠のことは俺だけに教えて?」
一青の顔が近い。もう少しで唇が触れてしまいそうだ。
触れてしまいそうだけれど、逃げられない。否、逃げるなんて思いもよらない。
一青とここでセックスしてから、まだ数時間しかたっていない。さっき、部屋を片付けられたのを恥ずかしいと思ったばかりだ。それなのに、もう、キスしてほしいと願っている。
「俺だって」
けれど、身を捩って一青の腕から逃れて、くるり。と背中を向けたのは、これ以上一青に抱かれていたら、自分から一青に強請ってしまいそうだったからだ。それを知られたくなかったからだ。
自分のことを好きだと言ってくれる一青にもっと一青が欲しいと思ってしまっているはしたない自分を知られたくない。厭らしいとか思われたくないし、はしたないと嫌われたくない。
「俺だって……割とすぐにヤキモチ焼くんだからな」
だから、翡翠はわざと別のことを言った。
少しだけ。ホント少しだけだけど、久米木ってヤツの気持ちわかる。翡翠のことみんなに自慢したいけど、翡翠の綺麗なところ誰にも見られたくない」
囁いている間も、一青の腕が緩むことはなかった。抱き潰されてしまいそうだと思う。
そんなふうに言ってもらったことも、思ってもらったことも、今までに一度もなかった。久米木の気持ちがわかると言われて、初めて少し怖いと思う。
けれど、同時に思うのだ。
一青ならいい。一青の呪いなら受けても構わない。がんじがらめに縛られても、きっと、それは幸福というものに形を変えてしまうだろう。
「……重くなんて……ない。嬉しい」
だから、翡翠は言った。
久米木も、一青も、一番根っこのところは同じなのかもしれない。根底にあるのは翡翠に対する執着なのだ。それは言い換えれば愛とかいうものなのだろう。
二人とも、自分のいる場所に翡翠を連れて行こうとしているのは同じだ。ただ、久米木は昏い闇の底に。一青は明るく暖かい太陽の下にいる。
そして、もっと違うことがある。
「一青以外の人に……笑いかけるかもしれないし、優しくするかもしれないし。俺。その、人付き合いとかすごく苦手だから……。でも……一青だけが特別だから。俺にヤなとこあったら、怒って? 一青に好かれる俺になれるように努力するから」
腕の中に納まったまま身じろぎもせずにそう言うと、一青はふ。と、腕から力を抜いて翡翠の顔を覗き込んできた。
「俺の思い通りになんてならなくても、好きだよ」
そのまま、唇が重なる。うっとりと目を閉じて、翡翠はそのキスを受け入れた。
一青が好きだ。
翡翠は思う。
それが、一青と久米木の一番の違いだ。
一青の愛がいつまでも続くなんて保証はない。けれど、大泉が言っていたように、きっと誰にも保証なんてないんだろう。それでも信じることしかできないのだ。
「一青」
キスから解放された唇でその名前を呼ぶと、一青の視線が翡翠をとらえた。その顔は優しく微笑んでいる。
「あの……もしかして……さ。あの。間違ってたら、恥ずかしいんだけど……俺が大泉先生に笑顔で『翡翠って呼んでください』なんて言ったから、大泉先生にヤキモチ焼いてくれたってこと? えと……俺のこと好きだから?」
だから翡翠は、ふと、さっきの診療室での会話を思い出して、なんとなくそれを口にしてみた。一青みたいなイケメンがヤキモチを焼いてくれるくらいに自分のことを好きになってくれたなんて、自惚れだろうか。
「は? 今頃?? それ以外に何があるって言うんだよ」
そうしたら、一青は呆れ顔になって言った。馬鹿なのか? と言われているようで恥ずかしい。
「や……その。一青と契約したのに……俺。その、奈落みたいな店にいたから、その……頼りになる人なら、みんなに脚開いて媚びてるとか……思われてるのかな……って」
『誰にでも脚を開く淫売』なんて、何度言われたかわからない。奈落では無理矢理客を取らされていたのも、催淫効果のある呪いをかけられていたのも、殆どの客は知っていた。それでもなお、心ない言葉で翡翠を蔑む客は多かった。
だから、そう思われるのが当たり前のように思えていた。
「はあ? そんなわけないだろ? なんか反応変だと思ったら……」
ため息交じりに一青は翡翠の身体を抱き寄せる。出会った日に感じた一青の香りが、鼻腔を擽る。すごくいい香りだ。
「……や。その俺……。そんなヤキモチとか……焼いてもらったこととかないから。わかんなかった」
その背中におずおずと手を回して、ぎゅ。として、翡翠は言った。そうすると、一青の匂いがもっと強く感じられる。
「……そか。翡翠にはもっとはっきりと言わないとダメなんだな。覚えとく」
苦笑して一青が言った。
「ごめん」
気恥ずかしくて、消え入るようにそう言うと、一青は今度は優しく笑ってくれた。
「いいよ。俺がいつでも誰にでもヤキモチ焼いちゃうこととか、俺がどんくらい翡翠に夢中なのかとか。全部。俺が教えてあげる」
それから、耳元に優しく囁く。吐息が産毛にかかってくすぐったい。
「……一青」
今日はもう何もしないなんて言ったくせに、わざとみたいに耳元に甘く囁かれて、首を竦めて咎めるように小さく名前を呟く。そうすると、少しだけ身体を離した一青が、赤く染まり始めた翡翠の顔をじっと見つめて、わが意を得たりと一青が意地悪く笑った。
「俺のこと全部教えてあげるから、翡翠のことは俺だけに教えて?」
一青の顔が近い。もう少しで唇が触れてしまいそうだ。
触れてしまいそうだけれど、逃げられない。否、逃げるなんて思いもよらない。
一青とここでセックスしてから、まだ数時間しかたっていない。さっき、部屋を片付けられたのを恥ずかしいと思ったばかりだ。それなのに、もう、キスしてほしいと願っている。
「俺だって」
けれど、身を捩って一青の腕から逃れて、くるり。と背中を向けたのは、これ以上一青に抱かれていたら、自分から一青に強請ってしまいそうだったからだ。それを知られたくなかったからだ。
自分のことを好きだと言ってくれる一青にもっと一青が欲しいと思ってしまっているはしたない自分を知られたくない。厭らしいとか思われたくないし、はしたないと嫌われたくない。
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