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The Ugly Duckling

Epiloge Not swan,But kingfisher 12/16

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 例の特別室まで戻るまでの廊下を一青に手を引かれるままに翡翠は歩いていた。さっきから、話しかけてもなんだか上の空の返事しか返ってこない。だから、翡翠もしゃべるのはやめて、ゆっくりと歩いてくれる一青の歩調に合わせて、俯いて無言で歩いていた。
 時刻は8時。入院患者はいるのだが、もう外来診療も終わっているし、面会時間も終わりに近い。だから、廊下にはちらほらと病院職員がいるだけだった。
 それでもすれ違う医師や、看護師や、介助職員はみんな二人を振り返る。いや、一青を振り返る。
 理由は分かっている。
 翡翠の手を引いてくれる人がとても魅力的な男性だからだ。通り過ぎた一青を見て、頬を染めた看護師の女性たちがひそひそと声を潜めて、何かを話している。何を話しているのか気になって、そっと振り返ると、その片方と目があって、『きゃあ』と、歓声が上がった。
 そこでどうして歓声が上がるのかわからない。
 けれど、それを考えても答えは出ない気がして、翡翠は考えるのをやめた。
 その代わりに思う。

 一青の機嫌を損ねるようなことをしてしまったんだろうか。

 さっきから、話しかけても振り返ってはくれない。返事はしてくれるけれど、なんとなく噛み合っていない気がする。
 診療室に入ったときの一青はいつも通りだったから、機嫌を損ねたのだとしたら、診療室での会話が原因だ。その会話の中でも一青の機嫌を損ねることがあったとしたら、一青のヤキモチの話をしたあの会話しか考えられない。
 一青は確か翡翠が『ずるい』と言っていた。それがどういう意味なのか考えてみる。
 一青は大泉にヤキモチを焼いていた。それは翡翠が大泉に『翡翠と名前で呼んで』と頼んだからだ。それが馴れ馴れしかったから、翡翠が大泉に好意を持って接近していると思って、ヤキモチを焼いたのだと思う。きっと、奈落みたいな店で売りをしていたから、ちょっとでも優しい魅力的な男性にはすぐに脚を開く淫売だと思われているのだろう。
 そんなふうに思われたくなくて、否定したけれど、それがいけなかったんだろうか。言い訳がましいと思われたのだろうか。それとも、嘘つきだと思われたんだろうか。
一青の言葉、『ずるい』とは、どういう意味なのだろうか。その後に続いた『…………すぎる』というのは、何と言っていたんだろうか。
 一青の考えていることがわからなくて怖い。一青が怖いのではない。好きだから、嫌われるかもと考えると怖い。少しでも長く自分のことを好きでいてほしい。
 もし、自分の性格や身体に満足できないなら、他所に別の人がいてもいい。いや、よくはないけれど、それを我慢すれば一青の伴侶でいさせてもらえるなら二番目でも、三番目でも仕方ない。一青と別れなければいけなくなるよりはずっとマシだ。
 それどころか、もし、やっぱり男の身体なんて嫌だと言われるなら、セックスだってなくたっていい。いや、それもよくはないけれど、翡翠にとっては一青のそばにいさせてもらえるのがすべてなのだ。
 そのくらい一青が好きになっている。
 だから、一青の考えていることがわからないのが翡翠には堪らなく怖かった。

 翡翠の恋愛は大抵、翡翠の独りよがりだったと思う。
 好きになった人に嫌わないでほしい。好きになった人を喜ばせたい。好きになった人に必要とされたい。好きになった人と一緒に幸せになりたい。
 けれど、いつだってその思いは一方通行で、同じように翡翠のことを思ってくれた相手なんて誰もいなかった。
 今思えばそれも呪いの一つだったのかもしれない。特定の人物に負の感情を持つ者だけが引き寄せられるような陰湿な呪いが存在する。愛情や友情の形を歪ませるような呪いも存在している。これらは直接危害を加える呪いよりずっと性質が悪い呪いとして禁忌とされている。けれど、黒蛇の連中がそんな禁忌を忌避するはずがない。むしろヤツらはそれを好んで使う。
 翡翠のことを数人の友人に売って自分はその金で別の男と遊んでいた男も、真夜中に呼び出して、嫌だという言葉も聞かずに散々犯しておいて自分がすっきりしたら服すら着させずに外に放り出すような男も、サラダにトマトが入っていたというだけで顔の形が変わるほどに殴る男も、翡翠が呪われていたがゆえに近づいてきたのではないだろうか。呪いさえなければ、少なくとも一人くらいはまともな人間と付き合うことだってできたのではないだろうか。
 そんな思うのは自惚れだろうか。
 ただ単に自分自身がどうしようもない屑だから、同類が集まって来ていただけなんだろうか。

 そんなことを考えているともっと、怖くなってくる。
 自分のどうしよもなく暗い部分に一青はもう気づいてしまっているのかもしれない。
 こんなふうに考えることすらきっと、面倒くさいと思われても仕方ないかもしれないのだ。
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