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The Ugly Duckling
engagement 10/11
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「えと。前……付き合ってた人が……その。友達……3人くらい連れてきて……ヤらせろとか言われてさ。その中に、火のエレメントのヤツいて。その。抵抗したら……。すぐに手当すればよかったかもしれないけど……そのまま3日くらい監禁されて……痕……はは。えと。引いてる? ごめん。……その。嘘。冗談だよ。ただ、実習で失敗して……」
一青の表情が驚愕から、嫌悪、それから、怒りに変わって、最後に痛みに耐えるような顔になったから、翡翠は笑って誤魔化そうとした。けれど、言葉は途切れてしまった。一青にきつく抱きしめられたからだ。
「くそっ。なんでだよ」
一青の声は震えていた。
「なんでもっと早く……出会えなかったんだよ。そしたら……俺が全部守ったのに」
抱きしめてくれる一青の腕は痛いほどだった。
「な。翡翠。これからは俺が。何があっても守るから。だから。約束してくれ」
翡翠を腕に収めたまま、一青は耳元に唇を寄せた。
「俺の前では強がらないで? 俺だけにあなたを守らせて?」
その甘い声に身体を竦ませて、翡翠は頷いた。
「それなら……一青も約束してほしい」
翡翠の言葉に、その身体を離して、一青が顔を覗き込んでくる。
「……もし、いつか、一青の心が俺から離れて、契約を解消したいと思うときが来たら……」
「ふざけんな! そんなことあるわけないだろ?」
想像してもいなかった一青の本気の怒りの声に、翡翠は驚きの表情で固まってしまった。けれど、これは、翡翠にとっては、今一番大切な話だった。
「……俺のこと……信用できない?」
一青の言葉に翡翠は首を横に振る。
信じていないわけではないのだ。今、彼が翡翠を愛していると言ってくれていることを疑ってはいないし、今彼が一生大切にすると言ってくれているのを信じている。けれど、大泉に言われた通り、翡翠は幸せな今が何事もなく未来に続いていくのだと信じることができなかった。人の気持ちは刻々と変化している。愛情が強くなることもあるし、それが友情のようなものに変わることもある。擦り切れて消えてしまうことだってある。そうなったとき、若くて、美しくて、誰よりも才能を持っている一青が、彼の望みに反して自分と共にあるのは嫌だった。
「一青のこと、信用してる。だから、もしも。万が一。保険みたいなもの」
険しい表情を浮かべる一青に、苦笑して翡翠は言った。
「そんなこと、ないってわかってる。けど……もしも、一青が契約を解除したくなったら、ちゃんと俺に話して? 二人でちゃんと話し合って、決めたい」
これはけじめのようなものだった。
そうなったときには、諦めてその手を離そうという、翡翠の決意だ。
「ねーよ。絶対にそんなことない。俺が望んで翡翠を離すことなんて、絶対にない。
でも……翡翠がそれで気が済むなら約束する」
明らかに納得はしていないという顔で一青は言った。自分の感情より翡翠の心情を汲んでくれるのは嬉しかった。
「でも、約束するなら翡翠もだ。俺のこと嫌になったら言って?
ただ……翡翠が契約を解除してほしいって言っても……俺にはできねーかもしれねー。翡翠が俺のこと好きでなくなっても、せめてあなたのゲートキーパーではいたい」
翡翠に『心が離れたら』と言われて、きっと一青も同じ気持ちになっただろう。
『俺のことが嫌になったら』と言われて、心のある場所が痛む。そんなことがあるはずがないと、大声で否定したくなった。
だから、心が通じ合ったばかりの恋人に対して、自分が言ったことがどんなに酷いことだったのか翡翠にも理解できた。けれど、それは翡翠にとってはやはり大切なことだった。
「一青を……嫌になる? ああ。そんなこと、ありえるのかな。想像もできないけど。
大丈夫。そんなこと、もしあったとしたら、契約解除してくれて構わない。契約を解除されたゲートで生き残った人なんて殆どいない。そしたら、全部一青のものだ」
ゲートとゲートキーパーの関係は決して対等ではない。力が向かう方向を決められるのはゲートだけれど、扉の開閉も、契約の存続も、ゲートキーパーの一存で決めることができる。
契約を解除するときもリスクはゲートのほうが大きい。苦痛は伴うけれど、ゲートキーパーが命を落とすことは稀だが、契約を解消されたゲートは殆どが命を落としている。唯一ゲートがリスクなくゲートキーパーから解放される方法は、ゲートキーパーが命を落とすことだ。解放と言ってもゲートキーパーが死んでも扉は消えることはない。ただ、契約の解除という恐怖から逃れられるだけだ。
一青の表情が驚愕から、嫌悪、それから、怒りに変わって、最後に痛みに耐えるような顔になったから、翡翠は笑って誤魔化そうとした。けれど、言葉は途切れてしまった。一青にきつく抱きしめられたからだ。
「くそっ。なんでだよ」
一青の声は震えていた。
「なんでもっと早く……出会えなかったんだよ。そしたら……俺が全部守ったのに」
抱きしめてくれる一青の腕は痛いほどだった。
「な。翡翠。これからは俺が。何があっても守るから。だから。約束してくれ」
翡翠を腕に収めたまま、一青は耳元に唇を寄せた。
「俺の前では強がらないで? 俺だけにあなたを守らせて?」
その甘い声に身体を竦ませて、翡翠は頷いた。
「それなら……一青も約束してほしい」
翡翠の言葉に、その身体を離して、一青が顔を覗き込んでくる。
「……もし、いつか、一青の心が俺から離れて、契約を解消したいと思うときが来たら……」
「ふざけんな! そんなことあるわけないだろ?」
想像してもいなかった一青の本気の怒りの声に、翡翠は驚きの表情で固まってしまった。けれど、これは、翡翠にとっては、今一番大切な話だった。
「……俺のこと……信用できない?」
一青の言葉に翡翠は首を横に振る。
信じていないわけではないのだ。今、彼が翡翠を愛していると言ってくれていることを疑ってはいないし、今彼が一生大切にすると言ってくれているのを信じている。けれど、大泉に言われた通り、翡翠は幸せな今が何事もなく未来に続いていくのだと信じることができなかった。人の気持ちは刻々と変化している。愛情が強くなることもあるし、それが友情のようなものに変わることもある。擦り切れて消えてしまうことだってある。そうなったとき、若くて、美しくて、誰よりも才能を持っている一青が、彼の望みに反して自分と共にあるのは嫌だった。
「一青のこと、信用してる。だから、もしも。万が一。保険みたいなもの」
険しい表情を浮かべる一青に、苦笑して翡翠は言った。
「そんなこと、ないってわかってる。けど……もしも、一青が契約を解除したくなったら、ちゃんと俺に話して? 二人でちゃんと話し合って、決めたい」
これはけじめのようなものだった。
そうなったときには、諦めてその手を離そうという、翡翠の決意だ。
「ねーよ。絶対にそんなことない。俺が望んで翡翠を離すことなんて、絶対にない。
でも……翡翠がそれで気が済むなら約束する」
明らかに納得はしていないという顔で一青は言った。自分の感情より翡翠の心情を汲んでくれるのは嬉しかった。
「でも、約束するなら翡翠もだ。俺のこと嫌になったら言って?
ただ……翡翠が契約を解除してほしいって言っても……俺にはできねーかもしれねー。翡翠が俺のこと好きでなくなっても、せめてあなたのゲートキーパーではいたい」
翡翠に『心が離れたら』と言われて、きっと一青も同じ気持ちになっただろう。
『俺のことが嫌になったら』と言われて、心のある場所が痛む。そんなことがあるはずがないと、大声で否定したくなった。
だから、心が通じ合ったばかりの恋人に対して、自分が言ったことがどんなに酷いことだったのか翡翠にも理解できた。けれど、それは翡翠にとってはやはり大切なことだった。
「一青を……嫌になる? ああ。そんなこと、ありえるのかな。想像もできないけど。
大丈夫。そんなこと、もしあったとしたら、契約解除してくれて構わない。契約を解除されたゲートで生き残った人なんて殆どいない。そしたら、全部一青のものだ」
ゲートとゲートキーパーの関係は決して対等ではない。力が向かう方向を決められるのはゲートだけれど、扉の開閉も、契約の存続も、ゲートキーパーの一存で決めることができる。
契約を解除するときもリスクはゲートのほうが大きい。苦痛は伴うけれど、ゲートキーパーが命を落とすことは稀だが、契約を解消されたゲートは殆どが命を落としている。唯一ゲートがリスクなくゲートキーパーから解放される方法は、ゲートキーパーが命を落とすことだ。解放と言ってもゲートキーパーが死んでも扉は消えることはない。ただ、契約の解除という恐怖から逃れられるだけだ。
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