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The Ugly Duckling
engagement 9/11
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けれど、いつものごとくに都合よく、スマートフォンの着信音が響く。
「……あ」
キスの寸前で響いた音を、もちろん。無視することはできなくはない。
2回。3回。コール音。
ぎゅ。と、翡翠を抱きしめる腕に力がこもる。
4回。5回。
けれど、一青はため息を吐いた。
「茂さんだったら困るから、出るよ。待ってて。一緒にシャワーしよう?」
ちゅ。と、翡翠の髪にキスをして、一青はシャワールームを出て行った。
コール音が止んで、一青の話す声が聞こえる。
「うそ……みたいだ」
一青の声を背中に聞きながら、翡翠はもう一度鏡を見た。そこには変わりなく、翠の髪の青年が映っていた。
そ。っと、鏡に触れる。ほんの数時間前まではあの凡庸な姿が自分なのだと疑いはしなかった。違和感とか、不快感はあったけれど、鏡に映るのはあの平凡な自分だったのだ。中二病でもあるまいし、“こんなの本当の自分じゃない”なんて恥ずかしくて思いもしなかった。
けれど、今、鏡を見ていると、それが酷く嘘くさい仮面だったことに気付く。確かに翡翠は酷く感情表現が苦手だった。自分は笑っているつもりでも、“楽しくないの?”と聞かれたし、学校で飼っていたウサギが死んだときには、“みんなと合わせて悲しいふりするな”と、罵られた。
鏡の中の今の自分は隠しきれないほどの幸福が顔に滲みだしてしまっているのがわかる。ずっと、緩やかにほほ笑んでいるのだ。一青に愛されていると感じられることが幸せでならないと、表情が物語っている。
きっと、これが本当の感情なのだろう。
翡翠は今、初めて笑うということを知った。そして、以前の自分が醜いのだと言われていた意味を理解することができた。きっと、無表情な自分は気持ちが悪かったことだろう。
「……これなら……一青のこと……好きになっても……いい?」
翡翠の母は美人ママだと、近所では評判だった。その母と今の自分はそっくりだと思う。華奢で小さい翡翠なら、母を知っている人がいたら見間違えるほどだろう。
その上、翡翠を産んで休業してはいたけれど、父と同じく母もスレイヤーで、父はAランク。母はBランクと、自慢の両親だった。きっと、呪いが解けた今なら、翡翠も少しは父や母に近づけるはずだ。
「……一青」
目が覚めたら全部上手くいっている。
そんなふうに国政は言っていた。その通りだった。
怖くなるくらいに世界の全部が色を変えていた。
「翡翠」
電話を終えて、一青が帰ってくる。
「茂さんだった。契約、完了したなら、顔見せろって。翡翠のこと、心配してる」
裸のままの翡翠をじっと見てから一青が言った。その視線が恥ずかしくて、翡翠はくるり。と、背中を向けた。
「……翡翠。あのさ。これ」
その背中にそ。っと、一青の手が触れる。そこには焼け爛れた傷跡が残っている。
しかもそれは、人の手の形をしていた。
「……あ。それは……」
しまった。と、思ったときには遅かった。それも、もう、思い出したくはない過去を思い出させる。
「や。悪い。無神経だったな。身体、流そ? それから、茂さんのところに行こう」
翡翠の表情が硬くなったのを一青は見逃さなかった。振り払うように笑って、シャワーへと促される。
「待って。一青。これは……その」
けれど、翡翠はその手を止めた。今、できるなら全部話しておきたかった。隠していたらきっと、いつかその後ろめたさに我慢できなくなることがあると思った。
「……あ」
キスの寸前で響いた音を、もちろん。無視することはできなくはない。
2回。3回。コール音。
ぎゅ。と、翡翠を抱きしめる腕に力がこもる。
4回。5回。
けれど、一青はため息を吐いた。
「茂さんだったら困るから、出るよ。待ってて。一緒にシャワーしよう?」
ちゅ。と、翡翠の髪にキスをして、一青はシャワールームを出て行った。
コール音が止んで、一青の話す声が聞こえる。
「うそ……みたいだ」
一青の声を背中に聞きながら、翡翠はもう一度鏡を見た。そこには変わりなく、翠の髪の青年が映っていた。
そ。っと、鏡に触れる。ほんの数時間前まではあの凡庸な姿が自分なのだと疑いはしなかった。違和感とか、不快感はあったけれど、鏡に映るのはあの平凡な自分だったのだ。中二病でもあるまいし、“こんなの本当の自分じゃない”なんて恥ずかしくて思いもしなかった。
けれど、今、鏡を見ていると、それが酷く嘘くさい仮面だったことに気付く。確かに翡翠は酷く感情表現が苦手だった。自分は笑っているつもりでも、“楽しくないの?”と聞かれたし、学校で飼っていたウサギが死んだときには、“みんなと合わせて悲しいふりするな”と、罵られた。
鏡の中の今の自分は隠しきれないほどの幸福が顔に滲みだしてしまっているのがわかる。ずっと、緩やかにほほ笑んでいるのだ。一青に愛されていると感じられることが幸せでならないと、表情が物語っている。
きっと、これが本当の感情なのだろう。
翡翠は今、初めて笑うということを知った。そして、以前の自分が醜いのだと言われていた意味を理解することができた。きっと、無表情な自分は気持ちが悪かったことだろう。
「……これなら……一青のこと……好きになっても……いい?」
翡翠の母は美人ママだと、近所では評判だった。その母と今の自分はそっくりだと思う。華奢で小さい翡翠なら、母を知っている人がいたら見間違えるほどだろう。
その上、翡翠を産んで休業してはいたけれど、父と同じく母もスレイヤーで、父はAランク。母はBランクと、自慢の両親だった。きっと、呪いが解けた今なら、翡翠も少しは父や母に近づけるはずだ。
「……一青」
目が覚めたら全部上手くいっている。
そんなふうに国政は言っていた。その通りだった。
怖くなるくらいに世界の全部が色を変えていた。
「翡翠」
電話を終えて、一青が帰ってくる。
「茂さんだった。契約、完了したなら、顔見せろって。翡翠のこと、心配してる」
裸のままの翡翠をじっと見てから一青が言った。その視線が恥ずかしくて、翡翠はくるり。と、背中を向けた。
「……翡翠。あのさ。これ」
その背中にそ。っと、一青の手が触れる。そこには焼け爛れた傷跡が残っている。
しかもそれは、人の手の形をしていた。
「……あ。それは……」
しまった。と、思ったときには遅かった。それも、もう、思い出したくはない過去を思い出させる。
「や。悪い。無神経だったな。身体、流そ? それから、茂さんのところに行こう」
翡翠の表情が硬くなったのを一青は見逃さなかった。振り払うように笑って、シャワーへと促される。
「待って。一青。これは……その」
けれど、翡翠はその手を止めた。今、できるなら全部話しておきたかった。隠していたらきっと、いつかその後ろめたさに我慢できなくなることがあると思った。
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