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The Ugly Duckling
Absolute Zero 12/12
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「俺は冷静だ」
一青の返答に国政は大きくため息を吐く。
「一青。献痛の申請をしたそうだな。それが、翡翠君を苦しめているのだと何故気づかない」
国政の言葉に、一青は翡翠を見た。
「お前がそんなことだから、彼は別の術師に解除を依頼しようとしていたのだぞ」
自分を見る一青の視線が痛い。本当のことではあるけれど、知られるのは嫌だった。だから、翡翠は、身体を小さくして、国政の背中に隠れる。
「じゃ……どうしろって言うんだよ……。他のヤツに抱かれて来いって。俺が翡翠に言えってのか? そんなもん。言えるわけねえだろ!」
一青の言葉に翡翠の目に溜まった涙がまた幾つも溢れて床に落ちる。
それでも、ほかの男に抱かれろと言わないでくれた一青が、翡翠はやっぱり好きだった。自分でその方法を考えるのと、一青に命じられるのでは、全く意味が違うのだ。危なっかしいやり方だけれど、二人で苦しみを乗り越えようと言ってくれた一青が好きだと思えた。
「どうやっても、吸魔の十三を解かずにほかの呪いを解く方法なんてない。探してもダメだった。けど、俺は! 翡翠と契約したいし、ほかのヤツに譲る気なんてねえ。だったら、ほかに方法なんて……」
一青の言葉を聞き終わらないうちに、一瞬で国政は一青との間合いを詰めて、その頭に一発拳骨をくれた。
「いて……っ。なに……す」
それから、緋色の話をしている時のような優しい顔で苦笑した。
「だから、お前は冷静じゃないと言っているんだ」
仕方のないやつだな。と、言外に語る笑顔は、きっと、父親そのものだ。強く、厳しく、優しい父を持つ一青が少しだけ羨ましいと思う。
「翡翠君が大切なのはわかるが……もう一度最初から整理して考えてみろ。別に問題など何もないのだぞ?」
そして、国政は振り返って、翡翠の顔を覗き込んだ。
さっきまでの表情とは全く違う。まるで楽しんでいるような顔だった。もしかしたら、翡翠に見せていた悲痛な表情も、一青に見せていた厳しい表情も全部お芝居だったのではないかという気になる。
「翡翠君。教えてほしいことがあるのだが、答えるのが苦しかったら、頷くだけでいい」
国政の瞳が元の澄んだ水のような色に変わっていたから、翡翠は素直に頷いた。
きっと、この人に任せておけば、上手くいく。そんな気がした。
「……はい」
「君が苦しくなったり、痛みを感じるのは、一青のことを考えているときなのだね?」
国政の質問に翡翠は頷くだけで答えた。そのことを考えると、腹の奥が思い出したように痛む。
この呪いは“黒蛇”という。禁忌を与えて感情を縛る呪いだ。もともとは、アンダーグラウンドのスレイヤーズギルド“黒蛇”で裏切りを防ぐために使われていたものだ。
翡翠の場合は、おそらく、恋愛感情を禁忌としている。だから、一青を思うだけで、のたうつ黒蛇が身体を締め付けてくるのだ。
「君が本当に契約を結びたいと望んでいるのは一青だね?」
じっと見つめてくる瞳に、嘘をついてはいけない気がした。嘘をついても、すべて見透かされてしまう気がした。
だから、翡翠は小さく頷いた。
そ。っと、一青に視線を遣ると、心配そうに翡翠を窺いながらも、どこか嬉しそうな表情をしていた。
その表情がまた、翡翠の腹を苦しくさせる。
けれど、嘘を吐かなくてよかったと思う。一青の笑顔だけで、救われる気がした。
「今すぐ、一青と契約できるなら、それで構わないか?」
問われるままに翡翠はまた頷く。眩暈がするほどに身体は苦しかったけれど、見つめてくる一青の瞳が幸せそうだったから、全部耐えられた。
「君は、一青を愛しているのだね?」
そう問われて、思いは溢れ出してしまった。
こくこくと、頷くと、気が遠くなるくらいに腹が痛む。また、あの蛇に身体を締め付けられているような感覚に襲われる。
でもそれは、翡翠が一青を思っている証だった。
「うむ。わかった。それで、充分だ。苦しい思いをさせてすまなかった。目が覚めたら、全部上手くいっている。だから、安心しておやすみ?」
国政が微笑む。
「昏倒の八。雨粒。川面。血よ。留まれ」
その言葉を最後に、翡翠の意識は深い水底へと沈んでいった。
一青の返答に国政は大きくため息を吐く。
「一青。献痛の申請をしたそうだな。それが、翡翠君を苦しめているのだと何故気づかない」
国政の言葉に、一青は翡翠を見た。
「お前がそんなことだから、彼は別の術師に解除を依頼しようとしていたのだぞ」
自分を見る一青の視線が痛い。本当のことではあるけれど、知られるのは嫌だった。だから、翡翠は、身体を小さくして、国政の背中に隠れる。
「じゃ……どうしろって言うんだよ……。他のヤツに抱かれて来いって。俺が翡翠に言えってのか? そんなもん。言えるわけねえだろ!」
一青の言葉に翡翠の目に溜まった涙がまた幾つも溢れて床に落ちる。
それでも、ほかの男に抱かれろと言わないでくれた一青が、翡翠はやっぱり好きだった。自分でその方法を考えるのと、一青に命じられるのでは、全く意味が違うのだ。危なっかしいやり方だけれど、二人で苦しみを乗り越えようと言ってくれた一青が好きだと思えた。
「どうやっても、吸魔の十三を解かずにほかの呪いを解く方法なんてない。探してもダメだった。けど、俺は! 翡翠と契約したいし、ほかのヤツに譲る気なんてねえ。だったら、ほかに方法なんて……」
一青の言葉を聞き終わらないうちに、一瞬で国政は一青との間合いを詰めて、その頭に一発拳骨をくれた。
「いて……っ。なに……す」
それから、緋色の話をしている時のような優しい顔で苦笑した。
「だから、お前は冷静じゃないと言っているんだ」
仕方のないやつだな。と、言外に語る笑顔は、きっと、父親そのものだ。強く、厳しく、優しい父を持つ一青が少しだけ羨ましいと思う。
「翡翠君が大切なのはわかるが……もう一度最初から整理して考えてみろ。別に問題など何もないのだぞ?」
そして、国政は振り返って、翡翠の顔を覗き込んだ。
さっきまでの表情とは全く違う。まるで楽しんでいるような顔だった。もしかしたら、翡翠に見せていた悲痛な表情も、一青に見せていた厳しい表情も全部お芝居だったのではないかという気になる。
「翡翠君。教えてほしいことがあるのだが、答えるのが苦しかったら、頷くだけでいい」
国政の瞳が元の澄んだ水のような色に変わっていたから、翡翠は素直に頷いた。
きっと、この人に任せておけば、上手くいく。そんな気がした。
「……はい」
「君が苦しくなったり、痛みを感じるのは、一青のことを考えているときなのだね?」
国政の質問に翡翠は頷くだけで答えた。そのことを考えると、腹の奥が思い出したように痛む。
この呪いは“黒蛇”という。禁忌を与えて感情を縛る呪いだ。もともとは、アンダーグラウンドのスレイヤーズギルド“黒蛇”で裏切りを防ぐために使われていたものだ。
翡翠の場合は、おそらく、恋愛感情を禁忌としている。だから、一青を思うだけで、のたうつ黒蛇が身体を締め付けてくるのだ。
「君が本当に契約を結びたいと望んでいるのは一青だね?」
じっと見つめてくる瞳に、嘘をついてはいけない気がした。嘘をついても、すべて見透かされてしまう気がした。
だから、翡翠は小さく頷いた。
そ。っと、一青に視線を遣ると、心配そうに翡翠を窺いながらも、どこか嬉しそうな表情をしていた。
その表情がまた、翡翠の腹を苦しくさせる。
けれど、嘘を吐かなくてよかったと思う。一青の笑顔だけで、救われる気がした。
「今すぐ、一青と契約できるなら、それで構わないか?」
問われるままに翡翠はまた頷く。眩暈がするほどに身体は苦しかったけれど、見つめてくる一青の瞳が幸せそうだったから、全部耐えられた。
「君は、一青を愛しているのだね?」
そう問われて、思いは溢れ出してしまった。
こくこくと、頷くと、気が遠くなるくらいに腹が痛む。また、あの蛇に身体を締め付けられているような感覚に襲われる。
でもそれは、翡翠が一青を思っている証だった。
「うむ。わかった。それで、充分だ。苦しい思いをさせてすまなかった。目が覚めたら、全部上手くいっている。だから、安心しておやすみ?」
国政が微笑む。
「昏倒の八。雨粒。川面。血よ。留まれ」
その言葉を最後に、翡翠の意識は深い水底へと沈んでいった。
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