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The Ugly Duckling
Absolute Zero 5/12
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「渉」
水滴が、鏡のような水面に落ちる音が聞こえた気がした。
「私はこんなことを命じた覚えはないが……?」
続いて、部屋に響いた声に、翡翠は顔を上げた。
「……国政様」
しかし、顔をあげると、水滴の音は消えてしまう。
「渉。彼を解放しなさい」
ベッドの元まで歩み寄って、見下ろしているのはブルーグレイの髪の男性だった。おそらくは、40代だろう。切れ長の青い瞳のはっとするほどの整った顔立ちの背の高い男性だった。
その人はベッドの上で翡翠に圧し掛かっている男を鋭い視線で睨みつける。その声も、口調も普通なのだが、低く威厳に満ちて、微かに怒気をはらんでいた。
「国政様……これは……その」
その視線に射抜かれただけで、翡翠に圧し掛かっていた男は言葉を失った。蒼白な顔で、何か言い訳をしようとしているのだが、国政と呼ばれた男性の威容に口をパクパクとさせるだけで、言葉が出てこない。
「言い訳はいい。早く、その人から離れろ」
さらに怒気を強くした青い瞳の男性の声に、慌てて渉は翡翠の上から飛びのく。それから、国政の前に膝をついて項垂れた。
「で……出過ぎた真似を……申し訳ございません」
男の、渉の声は微かに震えている。それは、国政という男性が、どんな立場にいる者なのかを物語っているようだった。
「しかし……っ。このままでは一青さんが……っ」
それでもなお、渉が国政に意見しようとしたのは、あとで考えてみれば、一青のためだったのだろう。
「献痛は危険すぎます。こんな出来損ないのゲートのために一青さんにもしものことがあった……」
「渉。少し黙っていろ」
なおも言い募ろうとした渉の言葉を国政は鋭い口調で遮った。
「それは、お前が決めることではない。あれは成願寺の人間ではない。口出しするな」
きっぱりと言い切られて、渉は項垂れた。そのまま黙り込んでしまう。
「そんなことより……大丈夫か?」
そんな渉の姿にため息をついてから、国政は翡翠に手を貸して起こしてくれた。身体が震えて、頭が酷く痛んで、自分では起き上がることすらできなかった。
「渉。手錠の鍵を出せ」
それから、渉から受け取った鍵で翡翠の拘束を解いてくれる。
「私の部下が酷いことをした。申し訳なかった」
拘束を解いた翡翠をベッドの端に座らせて、その前に膝をついて、国政は深々と頭を下げた。紳士的な態度に少しだけ気持ちが落ち着いてくる。
「怪我をしているな……本当に済まない」
呟いてから、国政はそ。っと、翡翠の額のあたりに手を触れた。
「治癒の伍。湧水。潺。宿るものよ。住処へと帰れ」
言葉と共にわずかに触れた場所が温かくなって、そのまま痛みが引いていく。ほんの30秒ほどで、何もなかったかのように、痛みも傷も消えていた。
「……あ。……りがとう……ございます」
謝意を伝えると、国政はゆったりと微笑んで、手を離した。
「乱暴をしたのは、私の部下だ。礼など必要はない」
「……あ……の。えと」
さっき、何が起こったのか、今何が起こっているのか、翡翠にはまだ、理解ができてはいなかった。
前田渉。魔法庁に雇われたスレイヤーといっていたけれど、違うことは間違いないようだ。
それから、国政と呼ばれた男性。彼には見覚えがあった。
水滴が、鏡のような水面に落ちる音が聞こえた気がした。
「私はこんなことを命じた覚えはないが……?」
続いて、部屋に響いた声に、翡翠は顔を上げた。
「……国政様」
しかし、顔をあげると、水滴の音は消えてしまう。
「渉。彼を解放しなさい」
ベッドの元まで歩み寄って、見下ろしているのはブルーグレイの髪の男性だった。おそらくは、40代だろう。切れ長の青い瞳のはっとするほどの整った顔立ちの背の高い男性だった。
その人はベッドの上で翡翠に圧し掛かっている男を鋭い視線で睨みつける。その声も、口調も普通なのだが、低く威厳に満ちて、微かに怒気をはらんでいた。
「国政様……これは……その」
その視線に射抜かれただけで、翡翠に圧し掛かっていた男は言葉を失った。蒼白な顔で、何か言い訳をしようとしているのだが、国政と呼ばれた男性の威容に口をパクパクとさせるだけで、言葉が出てこない。
「言い訳はいい。早く、その人から離れろ」
さらに怒気を強くした青い瞳の男性の声に、慌てて渉は翡翠の上から飛びのく。それから、国政の前に膝をついて項垂れた。
「で……出過ぎた真似を……申し訳ございません」
男の、渉の声は微かに震えている。それは、国政という男性が、どんな立場にいる者なのかを物語っているようだった。
「しかし……っ。このままでは一青さんが……っ」
それでもなお、渉が国政に意見しようとしたのは、あとで考えてみれば、一青のためだったのだろう。
「献痛は危険すぎます。こんな出来損ないのゲートのために一青さんにもしものことがあった……」
「渉。少し黙っていろ」
なおも言い募ろうとした渉の言葉を国政は鋭い口調で遮った。
「それは、お前が決めることではない。あれは成願寺の人間ではない。口出しするな」
きっぱりと言い切られて、渉は項垂れた。そのまま黙り込んでしまう。
「そんなことより……大丈夫か?」
そんな渉の姿にため息をついてから、国政は翡翠に手を貸して起こしてくれた。身体が震えて、頭が酷く痛んで、自分では起き上がることすらできなかった。
「渉。手錠の鍵を出せ」
それから、渉から受け取った鍵で翡翠の拘束を解いてくれる。
「私の部下が酷いことをした。申し訳なかった」
拘束を解いた翡翠をベッドの端に座らせて、その前に膝をついて、国政は深々と頭を下げた。紳士的な態度に少しだけ気持ちが落ち着いてくる。
「怪我をしているな……本当に済まない」
呟いてから、国政はそ。っと、翡翠の額のあたりに手を触れた。
「治癒の伍。湧水。潺。宿るものよ。住処へと帰れ」
言葉と共にわずかに触れた場所が温かくなって、そのまま痛みが引いていく。ほんの30秒ほどで、何もなかったかのように、痛みも傷も消えていた。
「……あ。……りがとう……ございます」
謝意を伝えると、国政はゆったりと微笑んで、手を離した。
「乱暴をしたのは、私の部下だ。礼など必要はない」
「……あ……の。えと」
さっき、何が起こったのか、今何が起こっているのか、翡翠にはまだ、理解ができてはいなかった。
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