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The Ugly Duckling
Absolute Zero 3/12
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「水瀬翡翠さんですね?」
入ってきたのは黒っぽいスーツを着た男だった。特に特徴はない。否。特徴を消している。印象に残らない短髪に、どこにでもある黒い縁のセル眼鏡。黒髪に黒い瞳だが、どこか浮いた感じがするから、魔法で色を変えているのかもしれない。
翡翠は自分自身を平凡と評するが、男の姿はそれとはまた違う。たとえるなら彼は、木であるから森の中に隠れるのではなく、森に隠れるために木になり切っているのだ。
「誰だ?」
油断なく。身構えているつもりだった。けれど、翡翠の返答を待たずに動いた男に腕を掴まれて、背中で一纏めにされる。そのまま難なく手錠のようなもので拘束されて、身動きが取れなくなってしまった。
「や……っ。なんだよ? あんた誰だ」
長期間の監禁と、呪いによる疲弊を抜きにしても、制圧されるまでの時間は短かった。翡翠はもともと肉弾戦を得意とはしていないけれど、それでも、一般市民に拘束されることなんてありえない。地味な容姿をしてはいるが、男は確実にスレイヤーだと分かった。
「人型ゲート、水瀬翡翠さんですね?」
翡翠の問いには答えずに、男は、言い直した。
背中に一纏めにした腕を掴まれて、男の姿は見えなくなる。だから、その男がどんな顔をして、そんな無表情な声を出しているのかはわからなかった。
「だったら、何の用なんだよ」
身を捩っても、男の腕から逃れるのはおそらく不可能だ。それくらいは落ちこぼれとはいえ、スレイヤーの端くれである翡翠にはわかった。男には隙など全く無いのだ。甲類の異形と対峙しているときのように油断なく、男は翡翠を拘束していた。
「わたくしは前田渉と申します。スレイヤーです。本日は魔法庁の依頼で参りました。あなたを拘束させていただきます」
まるで、何の感情もないかのような平坦な声だった。機械音声のようだと翡翠は思う。
「魔法庁?」
「非常時特例法第二十八条第三項より、『国家及び国民の安全のために必要である場合、魔法庁は魔法庁長官の権限において、全てのゲートを魔法庁の管理下に置く権限を有する』以上により、あなたは現時刻を持って、魔法庁の管理下に置かれます」
ぐい。と、腕を引っ張って、男は己の前に翡翠を立たせる。その乱暴な扱いに抵抗もできないまま、翡翠は従うしかなかった。
「国家の安全って……どういう意味だ」
首だけをひねって、男の顔を覗き見て翡翠は言う。その顔は張り付けたような無表情なのだが、その瞳には何か仄暗い炎のようなものが見えた気がした。
「理解しておられないのですか? 仕方ない」
馬鹿にしたようにため息をついて、男はまた、抑揚のない声で語りだした。
「あなたの身体の中のゲートは大変に不安定な状態です。吸魔の十三は少しバランスを崩しただけで、魔力崩壊を起こしかねない危険な術だ。魔道医学の権威である大泉教授の口添えがあったので、あなたは現在自由にしておられるが、それは、この横浜ドームの百万人を超える国民すべてを危険に晒しているということなのですよ」
男の言葉に、翡翠は何も言い返すことができずに、奥歯を噛み締めた。
彼が言っていることは正しい。本当なら一刻も早く吸魔の十三を解いて、ゲートキーパーと契約を交わさなければならないのは間違いないのだ。そうしないことで、どれだけの人間を危険に晒しているかを考えると、責められても仕方がないと思う。
「さらに。あなたの中の吸魔の十三。未だ、ゲートの魔昏を吸い続けている。つまりは、テロリストにエネルギーを供給し続けているということです。一刻も早く、その状態を解消する必要があります」
それも、男の言っていることが正しかった。
誰も、何も言わなかったが、翡翠の中の吸魔の十三は正常に作動している。今、この瞬間も、どこかもわからない場所にエネルギーを送り続けているのだ。それが看過できない状況であることもまた、間違いはない。
「これが、国家や国民の安全を損なっていないと言えますか?」
背中から翡翠を拘束したまま、耳元で男が言う。さっきまでの無表情な声とは違う。勝ち誇ったような声だった。酷く不快な声だ。
けれど、翡翠は何も言い返すことはできなかった。
入ってきたのは黒っぽいスーツを着た男だった。特に特徴はない。否。特徴を消している。印象に残らない短髪に、どこにでもある黒い縁のセル眼鏡。黒髪に黒い瞳だが、どこか浮いた感じがするから、魔法で色を変えているのかもしれない。
翡翠は自分自身を平凡と評するが、男の姿はそれとはまた違う。たとえるなら彼は、木であるから森の中に隠れるのではなく、森に隠れるために木になり切っているのだ。
「誰だ?」
油断なく。身構えているつもりだった。けれど、翡翠の返答を待たずに動いた男に腕を掴まれて、背中で一纏めにされる。そのまま難なく手錠のようなもので拘束されて、身動きが取れなくなってしまった。
「や……っ。なんだよ? あんた誰だ」
長期間の監禁と、呪いによる疲弊を抜きにしても、制圧されるまでの時間は短かった。翡翠はもともと肉弾戦を得意とはしていないけれど、それでも、一般市民に拘束されることなんてありえない。地味な容姿をしてはいるが、男は確実にスレイヤーだと分かった。
「人型ゲート、水瀬翡翠さんですね?」
翡翠の問いには答えずに、男は、言い直した。
背中に一纏めにした腕を掴まれて、男の姿は見えなくなる。だから、その男がどんな顔をして、そんな無表情な声を出しているのかはわからなかった。
「だったら、何の用なんだよ」
身を捩っても、男の腕から逃れるのはおそらく不可能だ。それくらいは落ちこぼれとはいえ、スレイヤーの端くれである翡翠にはわかった。男には隙など全く無いのだ。甲類の異形と対峙しているときのように油断なく、男は翡翠を拘束していた。
「わたくしは前田渉と申します。スレイヤーです。本日は魔法庁の依頼で参りました。あなたを拘束させていただきます」
まるで、何の感情もないかのような平坦な声だった。機械音声のようだと翡翠は思う。
「魔法庁?」
「非常時特例法第二十八条第三項より、『国家及び国民の安全のために必要である場合、魔法庁は魔法庁長官の権限において、全てのゲートを魔法庁の管理下に置く権限を有する』以上により、あなたは現時刻を持って、魔法庁の管理下に置かれます」
ぐい。と、腕を引っ張って、男は己の前に翡翠を立たせる。その乱暴な扱いに抵抗もできないまま、翡翠は従うしかなかった。
「国家の安全って……どういう意味だ」
首だけをひねって、男の顔を覗き見て翡翠は言う。その顔は張り付けたような無表情なのだが、その瞳には何か仄暗い炎のようなものが見えた気がした。
「理解しておられないのですか? 仕方ない」
馬鹿にしたようにため息をついて、男はまた、抑揚のない声で語りだした。
「あなたの身体の中のゲートは大変に不安定な状態です。吸魔の十三は少しバランスを崩しただけで、魔力崩壊を起こしかねない危険な術だ。魔道医学の権威である大泉教授の口添えがあったので、あなたは現在自由にしておられるが、それは、この横浜ドームの百万人を超える国民すべてを危険に晒しているということなのですよ」
男の言葉に、翡翠は何も言い返すことができずに、奥歯を噛み締めた。
彼が言っていることは正しい。本当なら一刻も早く吸魔の十三を解いて、ゲートキーパーと契約を交わさなければならないのは間違いないのだ。そうしないことで、どれだけの人間を危険に晒しているかを考えると、責められても仕方がないと思う。
「さらに。あなたの中の吸魔の十三。未だ、ゲートの魔昏を吸い続けている。つまりは、テロリストにエネルギーを供給し続けているということです。一刻も早く、その状態を解消する必要があります」
それも、男の言っていることが正しかった。
誰も、何も言わなかったが、翡翠の中の吸魔の十三は正常に作動している。今、この瞬間も、どこかもわからない場所にエネルギーを送り続けているのだ。それが看過できない状況であることもまた、間違いはない。
「これが、国家や国民の安全を損なっていないと言えますか?」
背中から翡翠を拘束したまま、耳元で男が言う。さっきまでの無表情な声とは違う。勝ち誇ったような声だった。酷く不快な声だ。
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