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The Ugly Duckling
Absolute Zero 1/12
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一青がいない病室は酷く広く感じて、居心地が悪かった。
特別室は病院の7階で、ほかに入院患者はいない。看護師は少し離れた部屋に常駐してくれているけれど、こちらが呼ばない限りは定時の検温以外は殆ど顔を見せることもない。この部屋に見舞いに来るのは大泉と紅二くらいで、来る前には連絡をくれる。
拉致前の知り合いは殆どが今回の事件の被害者か、犯人グループのメンバーだ。それ以外の知合いなんて、別れた男くらいだ。もちろん、救出されたことを連絡したいと思うこともないし、状況が状況だけに連絡することを許されるとも思えない。
だから、翡翠は一人だった。
「一青」
気が付けば、いつも一青のことばかりを考えている。
サファイアの色の瞳。ブルーグレイの髪。整った顔。広い肩幅。大きな手。暖かい胸。長い脚。
考えるだけで、腹の刻印が熱を持って痛むほどに焦がれる。
ゲートキーパーとしての大きな扉も。湧き水のように澄んだ色をした魔光も。冷静に状況を判断できる頭脳も。昨日の高い声の男が言っていた特Aクラスのスレイヤーとしての能力も。
一青にはかけているところなんてどこにもない。
その上、スレイヤーであることへの誇りや。弱い者への優しさや。時折見せる情熱的な素顔や。真っすぐに向き合ってくれる真摯な態度は、彼の魅力が容姿だけではないことを教えてくれる。
「一青……」
抑えきれないくらいに一青への気持ちが募る。だから、一青の姿が見えなくなっても、体調はあまり回復はしなかった。
「どうしよう」
この部屋を後にする前の一青の言葉を思い出す。
一青は、痛みを分ける。と言っていた。
その方法が呪いに分類されているのは、苦痛という負側の感覚を与えるからなのだが、もともと、痛みを分けるという行為は最前線で戦うものたちの痛みを後方支援のものたちが肩代わりするという犠牲の精神から生まれたものだ。後に痛みを売買するというビジネスが裏社会で横行するに至って、それは、忌避されるべき禁呪となった。
けれど、一青がしようとしていることは、本来の意味に近い。
それが、どれだけ危険なことなのか、翡翠にもわかっていた。
「一青に……なにかあったら……」
ただ、一青を思うだけでも、息ができないほどの苦しみに襲われるというのに、その一青に抱かれたら、どうなってしまうのか。
きっと、一青への思いは溢れて止まらなくなってしまう。
それが全部痛みや苦しみに変換されると思うと怖くなる。
翡翠自身はいい。たとえどんな痛みでも、苦しみでも構わない。一青が愛してくれるなら、そのまま死んだって構わないと思う。どうせ、翡翠には一青のほかには誰もいないのだ。悲しんでくれる人も、泣いてくれる人もいない。
「どうしよう」
でも、一青は自分とは違う。
愛してくれる人も、大切な家族もいる。一青に何かあったら、紅二はどうなるのか。大泉老人や、石田和臣はどんなに悲しむだろう。
「絶対に無理だ。そんなこと、させられない……」
何度考えても答えは同じだった。
一青にそんな危険なことをさせるわけにはいかない。自分のためにそこまで考えていてくれただけでも十分だ。
「どうせ、俺はもう、綺麗なんかじゃない」
昨日、あの二人が話していた通りだ。所詮、自分は娼館で売られていた商品なのだ。今更一人くらい望まない相手に抱かれたって、何かが変わるわけではない。
「ごめん。一青……」
ただ、何もかも失って諦めていたころの自分と、一青という希望を見つけてしまった今の自分とはあまりに違っている。一青が好きだから、ほかの誰にも抱かれたくはないし、一青が好きだから、抱かれることで一青を失うのが怖い。
「……やっぱり……無理だ」
呟いて翡翠は身体を起こして、ベッドの下に足を下ろした。
大泉に呪いを解く術師を探してもらおう。
翡翠は思う。
一青を傷つけるくらいなら、自分が傷つくほうがいい。
別の術師に呪いを解いてもらって、一青と契約すれば、一青を傷つけることはないだろう。
特別室は病院の7階で、ほかに入院患者はいない。看護師は少し離れた部屋に常駐してくれているけれど、こちらが呼ばない限りは定時の検温以外は殆ど顔を見せることもない。この部屋に見舞いに来るのは大泉と紅二くらいで、来る前には連絡をくれる。
拉致前の知り合いは殆どが今回の事件の被害者か、犯人グループのメンバーだ。それ以外の知合いなんて、別れた男くらいだ。もちろん、救出されたことを連絡したいと思うこともないし、状況が状況だけに連絡することを許されるとも思えない。
だから、翡翠は一人だった。
「一青」
気が付けば、いつも一青のことばかりを考えている。
サファイアの色の瞳。ブルーグレイの髪。整った顔。広い肩幅。大きな手。暖かい胸。長い脚。
考えるだけで、腹の刻印が熱を持って痛むほどに焦がれる。
ゲートキーパーとしての大きな扉も。湧き水のように澄んだ色をした魔光も。冷静に状況を判断できる頭脳も。昨日の高い声の男が言っていた特Aクラスのスレイヤーとしての能力も。
一青にはかけているところなんてどこにもない。
その上、スレイヤーであることへの誇りや。弱い者への優しさや。時折見せる情熱的な素顔や。真っすぐに向き合ってくれる真摯な態度は、彼の魅力が容姿だけではないことを教えてくれる。
「一青……」
抑えきれないくらいに一青への気持ちが募る。だから、一青の姿が見えなくなっても、体調はあまり回復はしなかった。
「どうしよう」
この部屋を後にする前の一青の言葉を思い出す。
一青は、痛みを分ける。と言っていた。
その方法が呪いに分類されているのは、苦痛という負側の感覚を与えるからなのだが、もともと、痛みを分けるという行為は最前線で戦うものたちの痛みを後方支援のものたちが肩代わりするという犠牲の精神から生まれたものだ。後に痛みを売買するというビジネスが裏社会で横行するに至って、それは、忌避されるべき禁呪となった。
けれど、一青がしようとしていることは、本来の意味に近い。
それが、どれだけ危険なことなのか、翡翠にもわかっていた。
「一青に……なにかあったら……」
ただ、一青を思うだけでも、息ができないほどの苦しみに襲われるというのに、その一青に抱かれたら、どうなってしまうのか。
きっと、一青への思いは溢れて止まらなくなってしまう。
それが全部痛みや苦しみに変換されると思うと怖くなる。
翡翠自身はいい。たとえどんな痛みでも、苦しみでも構わない。一青が愛してくれるなら、そのまま死んだって構わないと思う。どうせ、翡翠には一青のほかには誰もいないのだ。悲しんでくれる人も、泣いてくれる人もいない。
「どうしよう」
でも、一青は自分とは違う。
愛してくれる人も、大切な家族もいる。一青に何かあったら、紅二はどうなるのか。大泉老人や、石田和臣はどんなに悲しむだろう。
「絶対に無理だ。そんなこと、させられない……」
何度考えても答えは同じだった。
一青にそんな危険なことをさせるわけにはいかない。自分のためにそこまで考えていてくれただけでも十分だ。
「どうせ、俺はもう、綺麗なんかじゃない」
昨日、あの二人が話していた通りだ。所詮、自分は娼館で売られていた商品なのだ。今更一人くらい望まない相手に抱かれたって、何かが変わるわけではない。
「ごめん。一青……」
ただ、何もかも失って諦めていたころの自分と、一青という希望を見つけてしまった今の自分とはあまりに違っている。一青が好きだから、ほかの誰にも抱かれたくはないし、一青が好きだから、抱かれることで一青を失うのが怖い。
「……やっぱり……無理だ」
呟いて翡翠は身体を起こして、ベッドの下に足を下ろした。
大泉に呪いを解く術師を探してもらおう。
翡翠は思う。
一青を傷つけるくらいなら、自分が傷つくほうがいい。
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