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The Ugly Duckling
Divide the pain 3/7
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目が覚めると、そこは元居た特別室だった。まだ、熱が高いのか、頭がぼーっとしている。
何か嫌な夢を見ていたようで、瞳からはまた、涙が零れていた。
身体を起こすのがとても億劫で、横になったままあたりを見回すと、部屋には誰もいない。床の近くにある非常灯が薄暗く部屋を照らしている。入り口のドアは少しだけ開いていて、そこからはわずかに廊下の明かりが漏れていた。
「……から……って言ってるでしょ」
それと一緒に低くひそめたような声が聞こえてきた。
「なんども……わせないでください」
一青の声だ。
「そんな心配は結構です。もともと、籍を入れるつもりもありませんから」
その言葉に翡翠ははっとした。
「は? 冗談だろ? 人型ゲートに気に入られたからか? だから、籍を入れるつもりはないっつってんだろ」
電話に向かって声を荒げる一青の声。聞いたことがないような怖い声だった。
当たり前だ。
翡翠は思う。
自分は一青の何も知らない。
それ以上に。
人型ゲートに気に入られた。
籍を入れるつもりはない。
という言葉が、熱に浮かされた頭の中に何度も繰り返される。
「綺麗ごと言うなよ。……あ? 一度やったらおしまいだろ?」
一青の声がまるで別人のように聞こえる。怖い。
内容を想像したくない。想像してはいけない。
そう思っても、想像せずにいられなかった。
相手が誰なのかはわからない。
けれど、人型ゲートが自分のことであるのは間違いないだろう。翡翠が、一青のことを好きになっているのも、隠しようがない事実だ。
そして。
一青は、やっぱり、自分と結婚するつもりなどないのだ。
そんな当たり前のことを言われているだけなのに、目の前が真っ暗になる。
きっと、相手は翡翠のことを“可哀想”とでも言ったのだろう。相手の目には美しくもない、汚れた、偽物の男のゲートは、さぞかし哀れに映ったのだろうなと、笑いすら零れた。“可哀想だから結婚してやれよ”なんて綺麗ごと、確かに相手をさせられる身になったら、文句も言いたくなるだろう。
一回パパっとヤって、哀れなゲートの呪いを解いて、役に立つ開閉自由なATMにしてしまえば、あとは、翡翠がその気になって熱を上げているうちに精々使い倒せばいい。
そんなことを考えてから、一青はそんな人間じゃないと、首を振る。あの優しい笑顔が嘘のはずがない。紅二に紹介までしてくれたのに、裏切るような真似をするはずがない。
けれど、それ以上にしっくりくる想像ができなくて、翡翠は布団を被って小さく丸まった。散々泣いて腫れぼったくなってしまった目に、また涙が溜まる。それは、堪える間もないまま、零れ落ちて白いシーツに吸い込まれていった。
「とにかく、俺は魔法庁のいうことを聞く気はありません。二度とかけてこないでください。着拒しますから」
少し冷静な口調になって、それでも、殆ど喧嘩腰に、一青は電話を切った。そして、大きくため息を吐く。それから、ドアを開けて、部屋に入ってきた。
「……翡翠?」
一青が小さく躊躇いがちに名前を呼んでいる。いつもの、優しい穏やかな一青の声だった。
けれど、返事ができない。
「……ねてる……か」
もう一度、大きなため息が聞こえてから、ぎし。と、ソファが軋む音が聞こえる。
「……なんだよ。今更」
声は酷く疲れているように感じられた。
「……翡翠」
一青が呼んでいる。
返事をしたい。でも、できない。今の電話の内容を問いただすのが怖い。
切なくて、悲しくて、苦しくて、涙が止まらない。嗚咽が漏れないように、口を塞ぐので精一杯だった。
「翡翠」
さっきの電話の声とは完全に別人のような優しい声だった。まるで、宝物に触れるような優しさで一青が呼んでいる。
翡翠の想像の中の一青と、目の前の優しい声と、どちらが真実なのかがわからなくて混乱する。熱に浮かされた頭では答えが出せそうにない。
あしたになったら。
頭の片隅で考えて、翡翠はもう一度目を閉じた。
何か嫌な夢を見ていたようで、瞳からはまた、涙が零れていた。
身体を起こすのがとても億劫で、横になったままあたりを見回すと、部屋には誰もいない。床の近くにある非常灯が薄暗く部屋を照らしている。入り口のドアは少しだけ開いていて、そこからはわずかに廊下の明かりが漏れていた。
「……から……って言ってるでしょ」
それと一緒に低くひそめたような声が聞こえてきた。
「なんども……わせないでください」
一青の声だ。
「そんな心配は結構です。もともと、籍を入れるつもりもありませんから」
その言葉に翡翠ははっとした。
「は? 冗談だろ? 人型ゲートに気に入られたからか? だから、籍を入れるつもりはないっつってんだろ」
電話に向かって声を荒げる一青の声。聞いたことがないような怖い声だった。
当たり前だ。
翡翠は思う。
自分は一青の何も知らない。
それ以上に。
人型ゲートに気に入られた。
籍を入れるつもりはない。
という言葉が、熱に浮かされた頭の中に何度も繰り返される。
「綺麗ごと言うなよ。……あ? 一度やったらおしまいだろ?」
一青の声がまるで別人のように聞こえる。怖い。
内容を想像したくない。想像してはいけない。
そう思っても、想像せずにいられなかった。
相手が誰なのかはわからない。
けれど、人型ゲートが自分のことであるのは間違いないだろう。翡翠が、一青のことを好きになっているのも、隠しようがない事実だ。
そして。
一青は、やっぱり、自分と結婚するつもりなどないのだ。
そんな当たり前のことを言われているだけなのに、目の前が真っ暗になる。
きっと、相手は翡翠のことを“可哀想”とでも言ったのだろう。相手の目には美しくもない、汚れた、偽物の男のゲートは、さぞかし哀れに映ったのだろうなと、笑いすら零れた。“可哀想だから結婚してやれよ”なんて綺麗ごと、確かに相手をさせられる身になったら、文句も言いたくなるだろう。
一回パパっとヤって、哀れなゲートの呪いを解いて、役に立つ開閉自由なATMにしてしまえば、あとは、翡翠がその気になって熱を上げているうちに精々使い倒せばいい。
そんなことを考えてから、一青はそんな人間じゃないと、首を振る。あの優しい笑顔が嘘のはずがない。紅二に紹介までしてくれたのに、裏切るような真似をするはずがない。
けれど、それ以上にしっくりくる想像ができなくて、翡翠は布団を被って小さく丸まった。散々泣いて腫れぼったくなってしまった目に、また涙が溜まる。それは、堪える間もないまま、零れ落ちて白いシーツに吸い込まれていった。
「とにかく、俺は魔法庁のいうことを聞く気はありません。二度とかけてこないでください。着拒しますから」
少し冷静な口調になって、それでも、殆ど喧嘩腰に、一青は電話を切った。そして、大きくため息を吐く。それから、ドアを開けて、部屋に入ってきた。
「……翡翠?」
一青が小さく躊躇いがちに名前を呼んでいる。いつもの、優しい穏やかな一青の声だった。
けれど、返事ができない。
「……ねてる……か」
もう一度、大きなため息が聞こえてから、ぎし。と、ソファが軋む音が聞こえる。
「……なんだよ。今更」
声は酷く疲れているように感じられた。
「……翡翠」
一青が呼んでいる。
返事をしたい。でも、できない。今の電話の内容を問いただすのが怖い。
切なくて、悲しくて、苦しくて、涙が止まらない。嗚咽が漏れないように、口を塞ぐので精一杯だった。
「翡翠」
さっきの電話の声とは完全に別人のような優しい声だった。まるで、宝物に触れるような優しさで一青が呼んでいる。
翡翠の想像の中の一青と、目の前の優しい声と、どちらが真実なのかがわからなくて混乱する。熱に浮かされた頭では答えが出せそうにない。
あしたになったら。
頭の片隅で考えて、翡翠はもう一度目を閉じた。
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