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The Ugly Duckling
Divide the pain 1/7
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結局、第一診察室まで行くのに、翡翠は30分以上の時間をかけてしまった。翡翠が来ないことを心配して、大泉が看護師を呼んで探そうとしていたところに、ふらふらになりながらたどり着いたのだ。泣いたせいで熱は上がるし、頭はがんがん痛くて、壁の手すりに身体を預けて、まるで、何キロも離れた場所にたどり着いたように身体は疲れ切っていた。
顔を出した翡翠が、目元を真っ赤にしていることに気付いて、大泉はすぐに人払いをしてくれた。泣いていることには気づかれてしまっただろう。けれど、大泉は、そのことについて触れようとはしなかった。
「ああ。やっぱり、こちらから行けばよかったな。気分転換にと思ったのだが、無理をさせてしまってすまなかったね」
そっと、翡翠の耳の下あたりに触れて、脈と熱を見てから、大泉が言った。
「……いえ」
本当は大丈夫だと言いたかった。けれど、言葉が出てこない。頭がぼーっとして考えがまとまってくれない。
「いけないな。小池君。車いすを用意してくれ。部屋に戻ろう」
インターフォンのような機械を操作して、大泉は隣接する部屋にいるはずの看護師に話しかけた。
「あ……や。あるけ……ま……す」
視界がぐらぐらと揺れて、定まらない。目の前にいるはずの大泉の顔が見えない。
「……せんせ……あの……おはなし……」
言った瞬間に身体がぐらり。と、揺れた。
「水瀬君」
そのまま、大泉の腕の中に倒れ込む。
「……せんせ……おれ……いっせい……にめいわ……く。はなし……ひとりで……きけま……す」
ぎゅ。と、大泉の白衣の胸を握って、翡翠は必死に訴えた。熱が上がって倒れたなんて、一青が聞いたら心配する。だから、ちゃんとしないといけない。自分のために無理をしてくれている一青にこれ以上迷惑はかけられない。せめて、話くらい一人で聞けないと、一青に愛想をつかされてもしかたない。
けれど、身体が熱くて、頭がぼーっとして、何も考えられない。
「……いっせい……ごめ……おれ。ちゃん……と、するから……きらい……にならな……で」
歯がゆくて、涙が零れる。自分が何を口にしているかもわからなかった。
「大丈夫だよ。水瀬君。大した話じゃない」
翡翠の細い身体を軽々と抱き上げて、診察用のベッドに寝かせて、大泉は優しく言った。それから、ぽんぽんと、頭を撫でてくれる。
「君のために探していた6型ゲートキーパーだが……一人該当者がいてね。今朝、説明だけでもと思ってここへ来てもらったのだが……。君の姿を遠目で見た途端、無理だと断られてしまったんだ。『僕の扉ではとても足りない』と、言われてしまったよ。君のゲートは大きすぎる」
まるで寝物語のように大泉は静かで落ち着いた声で話してくれる。内容がよく頭に入ってはこないけれど、とても心地のいい響きだった。
「ご……め……なさ……おれ……」
内容はわからないのに、殆ど反射的に翡翠は謝っていた。
「いいんだよ。君は何も悪くない」
翡翠の謝罪に優しく微笑んで、大泉はまた、頭を撫でてくれた。
「君はいい子だ。たくさん辛い思いをしてきたんだね? だから、愛されることに臆病だ。でも、もう一度だけ、信じてはくれまいか?
一青は優しい子だよ。君の全部を包み込めるくらいに大きな腕と扉を持っている」
大泉の言葉に翡翠はその深い緑色の瞳を見つめた。熱で浮かされて焦点は定まらないけれど、彼の瞳がとても温かいことはわかる。
「……でも……おれ。はる……に……ふさわし……ない。おちこぼれ……で。へい……ぼんで。かげ……うすくて。いっぱい……ヤられてる……ちゅうこ……しゃ……で。……あの……つくりものの……ゲートで……。子宮だって……ない。……そんな……こと、言われなくても……わかってる……」
涙がいくつも零れて、ベッドのシーツに吸い込まれていく。
顔を出した翡翠が、目元を真っ赤にしていることに気付いて、大泉はすぐに人払いをしてくれた。泣いていることには気づかれてしまっただろう。けれど、大泉は、そのことについて触れようとはしなかった。
「ああ。やっぱり、こちらから行けばよかったな。気分転換にと思ったのだが、無理をさせてしまってすまなかったね」
そっと、翡翠の耳の下あたりに触れて、脈と熱を見てから、大泉が言った。
「……いえ」
本当は大丈夫だと言いたかった。けれど、言葉が出てこない。頭がぼーっとして考えがまとまってくれない。
「いけないな。小池君。車いすを用意してくれ。部屋に戻ろう」
インターフォンのような機械を操作して、大泉は隣接する部屋にいるはずの看護師に話しかけた。
「あ……や。あるけ……ま……す」
視界がぐらぐらと揺れて、定まらない。目の前にいるはずの大泉の顔が見えない。
「……せんせ……あの……おはなし……」
言った瞬間に身体がぐらり。と、揺れた。
「水瀬君」
そのまま、大泉の腕の中に倒れ込む。
「……せんせ……おれ……いっせい……にめいわ……く。はなし……ひとりで……きけま……す」
ぎゅ。と、大泉の白衣の胸を握って、翡翠は必死に訴えた。熱が上がって倒れたなんて、一青が聞いたら心配する。だから、ちゃんとしないといけない。自分のために無理をしてくれている一青にこれ以上迷惑はかけられない。せめて、話くらい一人で聞けないと、一青に愛想をつかされてもしかたない。
けれど、身体が熱くて、頭がぼーっとして、何も考えられない。
「……いっせい……ごめ……おれ。ちゃん……と、するから……きらい……にならな……で」
歯がゆくて、涙が零れる。自分が何を口にしているかもわからなかった。
「大丈夫だよ。水瀬君。大した話じゃない」
翡翠の細い身体を軽々と抱き上げて、診察用のベッドに寝かせて、大泉は優しく言った。それから、ぽんぽんと、頭を撫でてくれる。
「君のために探していた6型ゲートキーパーだが……一人該当者がいてね。今朝、説明だけでもと思ってここへ来てもらったのだが……。君の姿を遠目で見た途端、無理だと断られてしまったんだ。『僕の扉ではとても足りない』と、言われてしまったよ。君のゲートは大きすぎる」
まるで寝物語のように大泉は静かで落ち着いた声で話してくれる。内容がよく頭に入ってはこないけれど、とても心地のいい響きだった。
「ご……め……なさ……おれ……」
内容はわからないのに、殆ど反射的に翡翠は謝っていた。
「いいんだよ。君は何も悪くない」
翡翠の謝罪に優しく微笑んで、大泉はまた、頭を撫でてくれた。
「君はいい子だ。たくさん辛い思いをしてきたんだね? だから、愛されることに臆病だ。でも、もう一度だけ、信じてはくれまいか?
一青は優しい子だよ。君の全部を包み込めるくらいに大きな腕と扉を持っている」
大泉の言葉に翡翠はその深い緑色の瞳を見つめた。熱で浮かされて焦点は定まらないけれど、彼の瞳がとても温かいことはわかる。
「……でも……おれ。はる……に……ふさわし……ない。おちこぼれ……で。へい……ぼんで。かげ……うすくて。いっぱい……ヤられてる……ちゅうこ……しゃ……で。……あの……つくりものの……ゲートで……。子宮だって……ない。……そんな……こと、言われなくても……わかってる……」
涙がいくつも零れて、ベッドのシーツに吸い込まれていく。
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