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The Ugly Duckling
surveillance 10/10
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羞恥で顔が熱くなる。本当のこととはいえ、一青に一瞬でもその姿を想像されたくはなかった。だから、堪えたつもりだったけれど、瞳の端には大粒の涙が溜まってしまった。
「……あ。ごめん。無神経だった。や。ごめんって。そんな顔しないで?」
こんなことで泣くなんて恥ずかしい。10代の少女ではないのだ。恋愛経験は豊富とは言えないけれど、今更、こんなことくらいで自分が泣いてしまうなんて思っていなかった。
いい大人の、しかも男のくせにみっともない。
そう思うけれど、翡翠の涙腺なんて、完全に決壊していて、涙を押しとどめることなんてできなかった。
「俺のほうが……ごめ……ん。ほん……と。みっともない。気持ち悪いだろ? すぐに……とめる……から」
そう言って、翡翠はぐしぐしと鼻を鳴らしながら、一青に背を向けた。
男同士で恋愛をしようなんて輩の多くは、相手が女性のような難解な感情を持っていることを嫌がる。もしかしたら、翡翠が付き合った男がそうなだけなのかもしれないけれど、ようするに面倒ごとが嫌なのだ。その点、男は女みたいにめそめそ泣かないし、責任をとれなんて言わない。お互い気持ちも、気持ちいいところもわかるから、セックスの時もびくびくと壊れ物を扱うようにしなくてもいい。翡翠の過去の恋人はみな、慣らすのも解すのも翡翠自身にさせていたし、始末すら自分でさせていたから、随分と楽だっただろう。
そうしなければ、すぐに捨てられるだけだった。だから、翡翠はセックスの時以外、相手の前で泣いたことなんてない。
「俺……別に。いつも、こんな女々しいわけじゃ……ないから。ただ……いろんなこと……ありすぎて」
一青には面倒くさいとは思われたくはない。
面倒なことなんて言わないから、そばにいさせてほしい。
「女々しくも、みっともなくも、気持ち悪くもねえよ。でも……泣いてるのは見たくない。笑っててほしい」
くるり。と、強引に身体を向きなおらせて、一青は翡翠の顔を覗き込んだ。一青の笑顔は蕩けてしまいそうなほど優しい。
その優しい笑顔に胸が高鳴るほどに、腹の奥が痛む。これが、ゲートキーパーから翡翠を引き離すことが目的なのだとしたら、久米木のやり方は悪魔的に効果が高い。きっと、久米木には翡翠の心の内などすべてわかってしまっているのだろう。
だからこそ、思い通りにはなりたくない。
「……一青……く……ん」
名前を呼ぶと、一青が少し複雑そうな顔をする。
「一青君?」
それから、“くん”の部分を強調して問い返す。
「……え? ……あ。い……一青?」
言い直すと、一青は満足げに笑う。
「なに? 翡翠」
さら。と、翡翠の柔らかな髪を手で梳いて、一青は言った。もちろん、“さん”はついていない。
「全部終わったら、また、俺の作った料理……食べてくれるかな?」
ずくん。ずくん。と、身体の奥が痛む。のたうつ蛇が身体を締め付ける。
だから、これは翡翠からの精一杯のプロポーズへの答えだった。
「……ん」
こんな言葉では伝わらなかったかもしれない。わかってくれという方が間違いかもしれない。けれど、目に見えない蛇にがんじがらめにされた翡翠にはそれでも精一杯だったのだ。
「毎日食べさせて」
そう言って一青は翡翠の背を抱いてくれた。
そうして、二人は迎えがくるまでの間ずっと、抱き合っていた。
「……あ。ごめん。無神経だった。や。ごめんって。そんな顔しないで?」
こんなことで泣くなんて恥ずかしい。10代の少女ではないのだ。恋愛経験は豊富とは言えないけれど、今更、こんなことくらいで自分が泣いてしまうなんて思っていなかった。
いい大人の、しかも男のくせにみっともない。
そう思うけれど、翡翠の涙腺なんて、完全に決壊していて、涙を押しとどめることなんてできなかった。
「俺のほうが……ごめ……ん。ほん……と。みっともない。気持ち悪いだろ? すぐに……とめる……から」
そう言って、翡翠はぐしぐしと鼻を鳴らしながら、一青に背を向けた。
男同士で恋愛をしようなんて輩の多くは、相手が女性のような難解な感情を持っていることを嫌がる。もしかしたら、翡翠が付き合った男がそうなだけなのかもしれないけれど、ようするに面倒ごとが嫌なのだ。その点、男は女みたいにめそめそ泣かないし、責任をとれなんて言わない。お互い気持ちも、気持ちいいところもわかるから、セックスの時もびくびくと壊れ物を扱うようにしなくてもいい。翡翠の過去の恋人はみな、慣らすのも解すのも翡翠自身にさせていたし、始末すら自分でさせていたから、随分と楽だっただろう。
そうしなければ、すぐに捨てられるだけだった。だから、翡翠はセックスの時以外、相手の前で泣いたことなんてない。
「俺……別に。いつも、こんな女々しいわけじゃ……ないから。ただ……いろんなこと……ありすぎて」
一青には面倒くさいとは思われたくはない。
面倒なことなんて言わないから、そばにいさせてほしい。
「女々しくも、みっともなくも、気持ち悪くもねえよ。でも……泣いてるのは見たくない。笑っててほしい」
くるり。と、強引に身体を向きなおらせて、一青は翡翠の顔を覗き込んだ。一青の笑顔は蕩けてしまいそうなほど優しい。
その優しい笑顔に胸が高鳴るほどに、腹の奥が痛む。これが、ゲートキーパーから翡翠を引き離すことが目的なのだとしたら、久米木のやり方は悪魔的に効果が高い。きっと、久米木には翡翠の心の内などすべてわかってしまっているのだろう。
だからこそ、思い通りにはなりたくない。
「……一青……く……ん」
名前を呼ぶと、一青が少し複雑そうな顔をする。
「一青君?」
それから、“くん”の部分を強調して問い返す。
「……え? ……あ。い……一青?」
言い直すと、一青は満足げに笑う。
「なに? 翡翠」
さら。と、翡翠の柔らかな髪を手で梳いて、一青は言った。もちろん、“さん”はついていない。
「全部終わったら、また、俺の作った料理……食べてくれるかな?」
ずくん。ずくん。と、身体の奥が痛む。のたうつ蛇が身体を締め付ける。
だから、これは翡翠からの精一杯のプロポーズへの答えだった。
「……ん」
こんな言葉では伝わらなかったかもしれない。わかってくれという方が間違いかもしれない。けれど、目に見えない蛇にがんじがらめにされた翡翠にはそれでも精一杯だったのだ。
「毎日食べさせて」
そう言って一青は翡翠の背を抱いてくれた。
そうして、二人は迎えがくるまでの間ずっと、抱き合っていた。
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