52 / 224
The Ugly Duckling
surveillance 10/10
しおりを挟む
羞恥で顔が熱くなる。本当のこととはいえ、一青に一瞬でもその姿を想像されたくはなかった。だから、堪えたつもりだったけれど、瞳の端には大粒の涙が溜まってしまった。
「……あ。ごめん。無神経だった。や。ごめんって。そんな顔しないで?」
こんなことで泣くなんて恥ずかしい。10代の少女ではないのだ。恋愛経験は豊富とは言えないけれど、今更、こんなことくらいで自分が泣いてしまうなんて思っていなかった。
いい大人の、しかも男のくせにみっともない。
そう思うけれど、翡翠の涙腺なんて、完全に決壊していて、涙を押しとどめることなんてできなかった。
「俺のほうが……ごめ……ん。ほん……と。みっともない。気持ち悪いだろ? すぐに……とめる……から」
そう言って、翡翠はぐしぐしと鼻を鳴らしながら、一青に背を向けた。
男同士で恋愛をしようなんて輩の多くは、相手が女性のような難解な感情を持っていることを嫌がる。もしかしたら、翡翠が付き合った男がそうなだけなのかもしれないけれど、ようするに面倒ごとが嫌なのだ。その点、男は女みたいにめそめそ泣かないし、責任をとれなんて言わない。お互い気持ちも、気持ちいいところもわかるから、セックスの時もびくびくと壊れ物を扱うようにしなくてもいい。翡翠の過去の恋人はみな、慣らすのも解すのも翡翠自身にさせていたし、始末すら自分でさせていたから、随分と楽だっただろう。
そうしなければ、すぐに捨てられるだけだった。だから、翡翠はセックスの時以外、相手の前で泣いたことなんてない。
「俺……別に。いつも、こんな女々しいわけじゃ……ないから。ただ……いろんなこと……ありすぎて」
一青には面倒くさいとは思われたくはない。
面倒なことなんて言わないから、そばにいさせてほしい。
「女々しくも、みっともなくも、気持ち悪くもねえよ。でも……泣いてるのは見たくない。笑っててほしい」
くるり。と、強引に身体を向きなおらせて、一青は翡翠の顔を覗き込んだ。一青の笑顔は蕩けてしまいそうなほど優しい。
その優しい笑顔に胸が高鳴るほどに、腹の奥が痛む。これが、ゲートキーパーから翡翠を引き離すことが目的なのだとしたら、久米木のやり方は悪魔的に効果が高い。きっと、久米木には翡翠の心の内などすべてわかってしまっているのだろう。
だからこそ、思い通りにはなりたくない。
「……一青……く……ん」
名前を呼ぶと、一青が少し複雑そうな顔をする。
「一青君?」
それから、“くん”の部分を強調して問い返す。
「……え? ……あ。い……一青?」
言い直すと、一青は満足げに笑う。
「なに? 翡翠」
さら。と、翡翠の柔らかな髪を手で梳いて、一青は言った。もちろん、“さん”はついていない。
「全部終わったら、また、俺の作った料理……食べてくれるかな?」
ずくん。ずくん。と、身体の奥が痛む。のたうつ蛇が身体を締め付ける。
だから、これは翡翠からの精一杯のプロポーズへの答えだった。
「……ん」
こんな言葉では伝わらなかったかもしれない。わかってくれという方が間違いかもしれない。けれど、目に見えない蛇にがんじがらめにされた翡翠にはそれでも精一杯だったのだ。
「毎日食べさせて」
そう言って一青は翡翠の背を抱いてくれた。
そうして、二人は迎えがくるまでの間ずっと、抱き合っていた。
「……あ。ごめん。無神経だった。や。ごめんって。そんな顔しないで?」
こんなことで泣くなんて恥ずかしい。10代の少女ではないのだ。恋愛経験は豊富とは言えないけれど、今更、こんなことくらいで自分が泣いてしまうなんて思っていなかった。
いい大人の、しかも男のくせにみっともない。
そう思うけれど、翡翠の涙腺なんて、完全に決壊していて、涙を押しとどめることなんてできなかった。
「俺のほうが……ごめ……ん。ほん……と。みっともない。気持ち悪いだろ? すぐに……とめる……から」
そう言って、翡翠はぐしぐしと鼻を鳴らしながら、一青に背を向けた。
男同士で恋愛をしようなんて輩の多くは、相手が女性のような難解な感情を持っていることを嫌がる。もしかしたら、翡翠が付き合った男がそうなだけなのかもしれないけれど、ようするに面倒ごとが嫌なのだ。その点、男は女みたいにめそめそ泣かないし、責任をとれなんて言わない。お互い気持ちも、気持ちいいところもわかるから、セックスの時もびくびくと壊れ物を扱うようにしなくてもいい。翡翠の過去の恋人はみな、慣らすのも解すのも翡翠自身にさせていたし、始末すら自分でさせていたから、随分と楽だっただろう。
そうしなければ、すぐに捨てられるだけだった。だから、翡翠はセックスの時以外、相手の前で泣いたことなんてない。
「俺……別に。いつも、こんな女々しいわけじゃ……ないから。ただ……いろんなこと……ありすぎて」
一青には面倒くさいとは思われたくはない。
面倒なことなんて言わないから、そばにいさせてほしい。
「女々しくも、みっともなくも、気持ち悪くもねえよ。でも……泣いてるのは見たくない。笑っててほしい」
くるり。と、強引に身体を向きなおらせて、一青は翡翠の顔を覗き込んだ。一青の笑顔は蕩けてしまいそうなほど優しい。
その優しい笑顔に胸が高鳴るほどに、腹の奥が痛む。これが、ゲートキーパーから翡翠を引き離すことが目的なのだとしたら、久米木のやり方は悪魔的に効果が高い。きっと、久米木には翡翠の心の内などすべてわかってしまっているのだろう。
だからこそ、思い通りにはなりたくない。
「……一青……く……ん」
名前を呼ぶと、一青が少し複雑そうな顔をする。
「一青君?」
それから、“くん”の部分を強調して問い返す。
「……え? ……あ。い……一青?」
言い直すと、一青は満足げに笑う。
「なに? 翡翠」
さら。と、翡翠の柔らかな髪を手で梳いて、一青は言った。もちろん、“さん”はついていない。
「全部終わったら、また、俺の作った料理……食べてくれるかな?」
ずくん。ずくん。と、身体の奥が痛む。のたうつ蛇が身体を締め付ける。
だから、これは翡翠からの精一杯のプロポーズへの答えだった。
「……ん」
こんな言葉では伝わらなかったかもしれない。わかってくれという方が間違いかもしれない。けれど、目に見えない蛇にがんじがらめにされた翡翠にはそれでも精一杯だったのだ。
「毎日食べさせて」
そう言って一青は翡翠の背を抱いてくれた。
そうして、二人は迎えがくるまでの間ずっと、抱き合っていた。
11
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる