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The Ugly Duckling
surveillance 7/10
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叫んでいたと思う。声の限りに叫んでいた。
怖くて、怖くて、そうせずにはいられなかった。
でも、叫んでも恐怖が消えることなんてない。
とにかく逃げ出したくて、翡翠は痛みに縮こまりそうになる身体を無理矢理起こして、駆け出した。
「あ……」
けれど、すぐに壁にぶち当たる。打ち付けた頬が酷く痛むけれど、逃げることをやめられなかった。涙で視界が滲んで何も見えないから、手探りで壁を伝って、部屋の隅に逃げ込む。
まるで、さっきの再現のようで、ぞっと寒気がした。
「や……も……ゆるし……て……もやだ……っ」
部屋の隅に蹲って、両腕で身体を抱く。服は着ていたし、足の鎖はなかったけれど、そんなことで恐怖は消えてくれなかった。
「も……さわん……な……」
近くに人が来た気配にまた、腕をめちゃくちゃに動かして、抵抗を試みる。また、同じことの繰り返しだ。
久米木に吸魔の十三を描かれているときはずっとそうだった。毎日毎日同じように抵抗して、同じように抱きつぶされた。男の精液が体内に残っていないときなど一瞬すらないくらいだった。
「連……さ……やめ……お願いしま……す。も……俺……したく……な」
やはりさっきまでと同じように両腕を拘束される。翡翠を拘束した腕の主は、力強くて、翡翠の細い腕の抵抗なんて、ないも同然だった。
「……おねが……も……おかさない……で」
けれど、消え入るように言った翡翠の言葉に、腕の主は翡翠の両腕の拘束を解いて、その指の先にキスをした。
「大丈夫。何もしない。翡翠さん。俺を見て」
キスをした指を一青は柔らかく握ってくれた。翡翠が逃げ出したいと思えばすり抜けることができるくらいにその手は優しかった。
「……いっせ……い……く?」
見上げると、そのシルエットは久米木とは全く違っていた。涙でぼやけてはいるけれど、手の温かさが違う。ふわ。と、香る香りが違う。翡翠を気遣う優しい声が違う。
「ん。一青だ。怖い夢。見たんだな。可哀想に。翡翠さん。震えてる。抱きしめていい?」
懇願するように言う一青に、小さく頷くと、その腕が優しく抱きしめてくれた。
「……っせ……い君……いっせい……っ」
その広い胸の感触に耐えきれなくなって、翡翠は声をあげて泣き出してしまった。
「怖かったね。大丈夫。俺がついてるよ」
翡翠を腕に収めて、その背中を優しく撫でて、一青は言った。低くて甘い一青の声。すごく安心した。
だから、一青が“大丈夫”とか、“心配しないで”とか、言ってくれるたびに、心が落ち着いていくのを感じていた。
随分と長いこと、そうして、一青は翡翠を抱いて優しくあやしてくれた。まるで、ぐずる子供にするように頭を撫でて、背中を優しく叩いて、擽るみたいな軽いキスを顔中にくれた。
そうしているうちに、翡翠の嗚咽もおさまって、呼吸も落ち着いてくる。
「落ち着いてきた?」
それを見計らったみたいに、一青が聞いてくる。
「……ん」
頷きながら短く答えると、一青の力強い腕が翡翠を抱き上げた。
「……あっ」
そのまま、ベッドに連れていかれて、その端に優しく下ろされる。
「あんなとこに座ってたら、身体冷えるよ」
落ち着いてきて、涙を拭くと、そこはやはり一青が貸してくれた翡翠用の部屋だった。昨夜と何一つ変わってはいない。部屋のドアは明るい木目のドアだし、鍵は内側からかけられるタイプの鍵だ。
「お腹。痛くない?」
一青の言葉に眠りに落ちる前を思い出す。痛みはなくなっていたが、なんだか押さえつけられるような苦しさが残っている。
「……すこし……くるしい……だけ」
言ってしまってから、しまったと思う。こんなことを言ったら、きっと一青は心配する。
「……そか。やっぱり、病院に行ったほうがよかったかな」
翡翠の心配通り、一青は心配げな表情になって、そっと、翡翠の腹のあたりを撫でた。少し恥ずかしような場所なのだけれど。一青に触れられるのが嫌だとは思わなかった。
「多分。他にもいろんな呪いがかけられてて、わかりにくいけど、帰還の呪いが混じってる。多分、翡翠さんの体内にまだ、あいつの遺伝子が残ってるから。呼ばれてるんだ」
ぎり。と、一青が噛み締めた奥歯が音を立てる。
「くそっ」
悪態をついて、一青は翡翠の肩を抱き寄せた。
「翡翠さん。お願いだ。俺を選んで? 俺、なんでもするから。翡翠さんの中に、一秒でもあんな男の……っあ……ごめん。でも……俺ならあなたをこんなふうに苦しめたりしない。俺が守るから。だから……俺の伴侶になってよ」
一青の真摯な言葉に、もう、翡翠も抵抗する気はなくなっていた。抱きしめて守ってくれる力強い腕を自分のものにしたい。優しくあやしてくれるその人を誰にも渡したくない。
「……ん。わかった」
怖くて、怖くて、そうせずにはいられなかった。
でも、叫んでも恐怖が消えることなんてない。
とにかく逃げ出したくて、翡翠は痛みに縮こまりそうになる身体を無理矢理起こして、駆け出した。
「あ……」
けれど、すぐに壁にぶち当たる。打ち付けた頬が酷く痛むけれど、逃げることをやめられなかった。涙で視界が滲んで何も見えないから、手探りで壁を伝って、部屋の隅に逃げ込む。
まるで、さっきの再現のようで、ぞっと寒気がした。
「や……も……ゆるし……て……もやだ……っ」
部屋の隅に蹲って、両腕で身体を抱く。服は着ていたし、足の鎖はなかったけれど、そんなことで恐怖は消えてくれなかった。
「も……さわん……な……」
近くに人が来た気配にまた、腕をめちゃくちゃに動かして、抵抗を試みる。また、同じことの繰り返しだ。
久米木に吸魔の十三を描かれているときはずっとそうだった。毎日毎日同じように抵抗して、同じように抱きつぶされた。男の精液が体内に残っていないときなど一瞬すらないくらいだった。
「連……さ……やめ……お願いしま……す。も……俺……したく……な」
やはりさっきまでと同じように両腕を拘束される。翡翠を拘束した腕の主は、力強くて、翡翠の細い腕の抵抗なんて、ないも同然だった。
「……おねが……も……おかさない……で」
けれど、消え入るように言った翡翠の言葉に、腕の主は翡翠の両腕の拘束を解いて、その指の先にキスをした。
「大丈夫。何もしない。翡翠さん。俺を見て」
キスをした指を一青は柔らかく握ってくれた。翡翠が逃げ出したいと思えばすり抜けることができるくらいにその手は優しかった。
「……いっせ……い……く?」
見上げると、そのシルエットは久米木とは全く違っていた。涙でぼやけてはいるけれど、手の温かさが違う。ふわ。と、香る香りが違う。翡翠を気遣う優しい声が違う。
「ん。一青だ。怖い夢。見たんだな。可哀想に。翡翠さん。震えてる。抱きしめていい?」
懇願するように言う一青に、小さく頷くと、その腕が優しく抱きしめてくれた。
「……っせ……い君……いっせい……っ」
その広い胸の感触に耐えきれなくなって、翡翠は声をあげて泣き出してしまった。
「怖かったね。大丈夫。俺がついてるよ」
翡翠を腕に収めて、その背中を優しく撫でて、一青は言った。低くて甘い一青の声。すごく安心した。
だから、一青が“大丈夫”とか、“心配しないで”とか、言ってくれるたびに、心が落ち着いていくのを感じていた。
随分と長いこと、そうして、一青は翡翠を抱いて優しくあやしてくれた。まるで、ぐずる子供にするように頭を撫でて、背中を優しく叩いて、擽るみたいな軽いキスを顔中にくれた。
そうしているうちに、翡翠の嗚咽もおさまって、呼吸も落ち着いてくる。
「落ち着いてきた?」
それを見計らったみたいに、一青が聞いてくる。
「……ん」
頷きながら短く答えると、一青の力強い腕が翡翠を抱き上げた。
「……あっ」
そのまま、ベッドに連れていかれて、その端に優しく下ろされる。
「あんなとこに座ってたら、身体冷えるよ」
落ち着いてきて、涙を拭くと、そこはやはり一青が貸してくれた翡翠用の部屋だった。昨夜と何一つ変わってはいない。部屋のドアは明るい木目のドアだし、鍵は内側からかけられるタイプの鍵だ。
「お腹。痛くない?」
一青の言葉に眠りに落ちる前を思い出す。痛みはなくなっていたが、なんだか押さえつけられるような苦しさが残っている。
「……すこし……くるしい……だけ」
言ってしまってから、しまったと思う。こんなことを言ったら、きっと一青は心配する。
「……そか。やっぱり、病院に行ったほうがよかったかな」
翡翠の心配通り、一青は心配げな表情になって、そっと、翡翠の腹のあたりを撫でた。少し恥ずかしような場所なのだけれど。一青に触れられるのが嫌だとは思わなかった。
「多分。他にもいろんな呪いがかけられてて、わかりにくいけど、帰還の呪いが混じってる。多分、翡翠さんの体内にまだ、あいつの遺伝子が残ってるから。呼ばれてるんだ」
ぎり。と、一青が噛み締めた奥歯が音を立てる。
「くそっ」
悪態をついて、一青は翡翠の肩を抱き寄せた。
「翡翠さん。お願いだ。俺を選んで? 俺、なんでもするから。翡翠さんの中に、一秒でもあんな男の……っあ……ごめん。でも……俺ならあなたをこんなふうに苦しめたりしない。俺が守るから。だから……俺の伴侶になってよ」
一青の真摯な言葉に、もう、翡翠も抵抗する気はなくなっていた。抱きしめて守ってくれる力強い腕を自分のものにしたい。優しくあやしてくれるその人を誰にも渡したくない。
「……ん。わかった」
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