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The Ugly Duckling
surveillance 3/10
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「……あの……一青……く」
どうして。と、聞きたくて、言いかけた瞬間、翡翠は目を見開いて、一青の腕に縋りついた。
交差点で、赤信号で止まった、タクシーの向かう先、歩行者用の信号を待つ人ごみの中に知った顔を見つけたからだ。
「……う……そ」
思わず、外から姿が見えないように座席に伏せる。
「翡翠……さん?」
急に様子が変わってしまった翡翠に戸惑いがちに一青が声をかける。
「ど……した?」
身体が震える。
見えたのは、今、一番会いたくない男だった。
「……久米木……」
ようやくそれだけ呟くと、それだけで一青は察したのか、あたりを見回していた。けれど、一青は久米木の顔を知らない。それでも、翡翠は顔をあげて、『あそこ』と、指さすことすらできなかった。
かちかちと、奥歯が鳴る。怖くて、一青の太ももに縋って、ぎゅ。っと、ボトムを握り締めて、震えていた。
信号が変わって、車が走り出す。初めはゆっくりと、次第にスピードをあげて、車は交差点を通り抜け、進んでいく。
ふと、見たものが本物だったのか、見間違いではなかったのかと思って、それを確認せずに通り過ぎてしまうのが怖くなって翡翠は、そろり。視線を上げた。リアガラス越しに、交差点を見る。そこにはもう、久米木の姿はなかった。かわりに、少し久米木に似ている男が青信号を渡っていくのが見える。
「……あ……ちがう……」
呟いて、翡翠は、大きく息を吐いた。
「翡翠さん。大丈夫?」
身体を起こした翡翠の頬に触れて、一青が心配そうに見つめてくる。
「ごめん。見間違い……だった。似た人……いて」
まだ、蒼白な表情のまま消え入るような声で言うと、一青がそっと肩を抱いてくれた。
「いいんだよ。翡翠さんは散々辛い目にあったんだから、不安になって当たり前だ。でも、俺がついてるから、辛かったり、怖かったりしたら、頼って?」
肩を抱いたまま、ぎゅ。っと手を握ってくれて、耳元に囁く一青の言葉に、こわばりが解けていく。
「……ありがと。一青君がいてくれて……よかった」
だから、翡翠はいつになく素直になれた。
「あの……このまま、肩……抱いていてくれるかな」
顔を真っ赤にしたまま、目線すら合わせられずにそう言うと、一青は“ん”と、小さく呟いて、肩を抱く手の力が強くなる。一青の吐息がすごく近くて、鼓動が早くなる。
ああ。自分は一青のことが好きなのだ。と、翡翠は実感した。
一青に肩を抱かれているだけで、こんなにも幸せだ。
今まで付き合った誰にもこんなふうに感じたことはない。いつも、自分ばかりが必死で、好かれたい。好きになったひとと幸せになりたい。と、頑張りすぎて、空回りして、上手くいかなくて、傷ついてばかりいた。
「あの……つきました……けど?」
そんなことを考えて、うっとりと一青に肩を抱かれていると、いつの間にか、車は一青の家の前についていた。
どうして。と、聞きたくて、言いかけた瞬間、翡翠は目を見開いて、一青の腕に縋りついた。
交差点で、赤信号で止まった、タクシーの向かう先、歩行者用の信号を待つ人ごみの中に知った顔を見つけたからだ。
「……う……そ」
思わず、外から姿が見えないように座席に伏せる。
「翡翠……さん?」
急に様子が変わってしまった翡翠に戸惑いがちに一青が声をかける。
「ど……した?」
身体が震える。
見えたのは、今、一番会いたくない男だった。
「……久米木……」
ようやくそれだけ呟くと、それだけで一青は察したのか、あたりを見回していた。けれど、一青は久米木の顔を知らない。それでも、翡翠は顔をあげて、『あそこ』と、指さすことすらできなかった。
かちかちと、奥歯が鳴る。怖くて、一青の太ももに縋って、ぎゅ。っと、ボトムを握り締めて、震えていた。
信号が変わって、車が走り出す。初めはゆっくりと、次第にスピードをあげて、車は交差点を通り抜け、進んでいく。
ふと、見たものが本物だったのか、見間違いではなかったのかと思って、それを確認せずに通り過ぎてしまうのが怖くなって翡翠は、そろり。視線を上げた。リアガラス越しに、交差点を見る。そこにはもう、久米木の姿はなかった。かわりに、少し久米木に似ている男が青信号を渡っていくのが見える。
「……あ……ちがう……」
呟いて、翡翠は、大きく息を吐いた。
「翡翠さん。大丈夫?」
身体を起こした翡翠の頬に触れて、一青が心配そうに見つめてくる。
「ごめん。見間違い……だった。似た人……いて」
まだ、蒼白な表情のまま消え入るような声で言うと、一青がそっと肩を抱いてくれた。
「いいんだよ。翡翠さんは散々辛い目にあったんだから、不安になって当たり前だ。でも、俺がついてるから、辛かったり、怖かったりしたら、頼って?」
肩を抱いたまま、ぎゅ。っと手を握ってくれて、耳元に囁く一青の言葉に、こわばりが解けていく。
「……ありがと。一青君がいてくれて……よかった」
だから、翡翠はいつになく素直になれた。
「あの……このまま、肩……抱いていてくれるかな」
顔を真っ赤にしたまま、目線すら合わせられずにそう言うと、一青は“ん”と、小さく呟いて、肩を抱く手の力が強くなる。一青の吐息がすごく近くて、鼓動が早くなる。
ああ。自分は一青のことが好きなのだ。と、翡翠は実感した。
一青に肩を抱かれているだけで、こんなにも幸せだ。
今まで付き合った誰にもこんなふうに感じたことはない。いつも、自分ばかりが必死で、好かれたい。好きになったひとと幸せになりたい。と、頑張りすぎて、空回りして、上手くいかなくて、傷ついてばかりいた。
「あの……つきました……けど?」
そんなことを考えて、うっとりと一青に肩を抱かれていると、いつの間にか、車は一青の家の前についていた。
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