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The Ugly Duckling
medical examination 14/17
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「さあ。昔話はこれくらいにしよう。疲れただろう」
にっこりと、目じりに皺を作って、大泉老人は笑った。それから、近くに引き寄せたポットから、よい香りのする何かをカップに入れて渡してくれる。
「飲みなさい。ハーブティーだ。心が落ち着く」
カップを手渡されて、翡翠は言われるまま、それに口をつけた。喉から鼻腔にいい香りが抜けていく。
「……あの……ありがとうございます」
一青の言った通りだった。
この老人は、いい医者で、優れた研究者で、それから、尊敬に値する先達だ。
「私はハーブを育てるのが趣味でね。これは、カモミールがベースだが、魔昏帯にしか育たないラナというハーブも入っているんだよ。ああ。心配しなくても人体に害があるようなことはない」
自分の分もカップに入れて、それを飲みながら彼は言った。魔昏帯の植物については魔法薬の授業でかなり詳しく習った。だから、そのハーブが魔光を持たない一般の人でも利用可能なものであることは翡翠も知っていた。
「君は何か趣味はあるかね?」
落ち着いた声が心地いい。
「料理が……好きです」
「ほう。それはいい趣味だ。実益も兼ねておる」
にこにこと笑って、老人は続きを促す。
「オムレツが得意で。単純な料理ですけど。美味しく、綺麗に作ろうと思うとすごく奥が深くて。
でも、美味しく作っても食べてくれる人がいないと、寂しい。俺、ずっと一人だったから。
今朝。一青君と、紅二君が、俺の作ったオムレツすごく美味しいって褒めてくれて。嬉しかった」
何度も頷いて聞いてくれるから、翡翠は饒舌になっていた。
「その……今まで作っても喜んでもらえたことなかったから。
あ。や。そうじゃなくて……あの、よく泡立てたり、少しだけ生クリームを入れたり、卵液を漉したり、フライパンが熱くならないように濡れ布巾で冷ましたり。そんな簡単なことなんですけど。全部やるとすごく美味しくなって。
あ。……すみません。そんなこと聞いてないですね」
話が随分と横道にそれていることに気付いて、翡翠は口を噤んだ。老人は翡翠をリラックスさせるために趣味の話を振ってくれたのだ。けれど、それを話すことが本題だったわけではない。
「いいや。そんなことを聞いているんだよ」
しかし、老人は翡翠の言葉に首を振った。
「言っただろう。ゲート制御への手がかりを知りたいと。ゲートとそれを宿すものは不可分だ。君の人格や過去に君の中のゲートは大きく影響を受けている。だから、君のことを知ることはゲートを知ることと同義なのだよ」
その言葉に翡翠は俯いた。ゲートの器である以外に翡翠には価値なんてないと思っていた。ゲートが開いて以来、ゲート以外の自分のどんな部分も、誰にも必要とはされていなかったからだ。
「いいかね。水瀬君。
ゲートはただの自然現象だ。ただの君の付属品だ。だから、ゲートは君の性格や、感情に大きく左右される。君なしでは存在しえないんだ。そんなことを言われても、君は嬉しくもないかもしれないが、本当に価値があるのは、ゲートではなく、そのゲートを宿すことができる君自身だ。
悪性ではないから、でかいポリープでもできたと思っていなさい。そんなものに振り回されてはいけない」
老人の言葉は不思議だった。不思議な説得力があった。何か、言霊でも宿しているのだろうか。翡翠が感じてきた昏い部分を一つ一つ丁寧に解して、強張りを解いてくれる。だから、この老人に諭されると素直になってしまう自分がいた。
「今日、私は君が思っているより多くのゲートの情報を得ることができたと思っているよ。できることなら、これからも君と君のゲートを見守っていきたいと思っている。もちろん、君が嫌でなければだが」
「はい。よろしくお願いします」
大泉の言葉に翡翠は深々と頭を下げた。なんとなく思っていた、一青の信頼する人を信じてみようという思いは、この目の前の聡明な老人を信じようという強い思いに変わっていた。
「こちらこそ。よろしく」
にっこりと、目じりに皺を作って、大泉老人は笑った。それから、近くに引き寄せたポットから、よい香りのする何かをカップに入れて渡してくれる。
「飲みなさい。ハーブティーだ。心が落ち着く」
カップを手渡されて、翡翠は言われるまま、それに口をつけた。喉から鼻腔にいい香りが抜けていく。
「……あの……ありがとうございます」
一青の言った通りだった。
この老人は、いい医者で、優れた研究者で、それから、尊敬に値する先達だ。
「私はハーブを育てるのが趣味でね。これは、カモミールがベースだが、魔昏帯にしか育たないラナというハーブも入っているんだよ。ああ。心配しなくても人体に害があるようなことはない」
自分の分もカップに入れて、それを飲みながら彼は言った。魔昏帯の植物については魔法薬の授業でかなり詳しく習った。だから、そのハーブが魔光を持たない一般の人でも利用可能なものであることは翡翠も知っていた。
「君は何か趣味はあるかね?」
落ち着いた声が心地いい。
「料理が……好きです」
「ほう。それはいい趣味だ。実益も兼ねておる」
にこにこと笑って、老人は続きを促す。
「オムレツが得意で。単純な料理ですけど。美味しく、綺麗に作ろうと思うとすごく奥が深くて。
でも、美味しく作っても食べてくれる人がいないと、寂しい。俺、ずっと一人だったから。
今朝。一青君と、紅二君が、俺の作ったオムレツすごく美味しいって褒めてくれて。嬉しかった」
何度も頷いて聞いてくれるから、翡翠は饒舌になっていた。
「その……今まで作っても喜んでもらえたことなかったから。
あ。や。そうじゃなくて……あの、よく泡立てたり、少しだけ生クリームを入れたり、卵液を漉したり、フライパンが熱くならないように濡れ布巾で冷ましたり。そんな簡単なことなんですけど。全部やるとすごく美味しくなって。
あ。……すみません。そんなこと聞いてないですね」
話が随分と横道にそれていることに気付いて、翡翠は口を噤んだ。老人は翡翠をリラックスさせるために趣味の話を振ってくれたのだ。けれど、それを話すことが本題だったわけではない。
「いいや。そんなことを聞いているんだよ」
しかし、老人は翡翠の言葉に首を振った。
「言っただろう。ゲート制御への手がかりを知りたいと。ゲートとそれを宿すものは不可分だ。君の人格や過去に君の中のゲートは大きく影響を受けている。だから、君のことを知ることはゲートを知ることと同義なのだよ」
その言葉に翡翠は俯いた。ゲートの器である以外に翡翠には価値なんてないと思っていた。ゲートが開いて以来、ゲート以外の自分のどんな部分も、誰にも必要とはされていなかったからだ。
「いいかね。水瀬君。
ゲートはただの自然現象だ。ただの君の付属品だ。だから、ゲートは君の性格や、感情に大きく左右される。君なしでは存在しえないんだ。そんなことを言われても、君は嬉しくもないかもしれないが、本当に価値があるのは、ゲートではなく、そのゲートを宿すことができる君自身だ。
悪性ではないから、でかいポリープでもできたと思っていなさい。そんなものに振り回されてはいけない」
老人の言葉は不思議だった。不思議な説得力があった。何か、言霊でも宿しているのだろうか。翡翠が感じてきた昏い部分を一つ一つ丁寧に解して、強張りを解いてくれる。だから、この老人に諭されると素直になってしまう自分がいた。
「今日、私は君が思っているより多くのゲートの情報を得ることができたと思っているよ。できることなら、これからも君と君のゲートを見守っていきたいと思っている。もちろん、君が嫌でなければだが」
「はい。よろしくお願いします」
大泉の言葉に翡翠は深々と頭を下げた。なんとなく思っていた、一青の信頼する人を信じてみようという思いは、この目の前の聡明な老人を信じようという強い思いに変わっていた。
「こちらこそ。よろしく」
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