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The Ugly Duckling
medical examination 1/17
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目が覚めたのは5時を少し回った頃だった。結局、ずくずくと痛む腹を抱いたまま、ドアの前に座り込んで寝てしまって、夜半に一度目覚めてしまった。それから、ベッドに潜り込んで、小さく丸まって眠りについた。
ピンと張ったシーツの感触は好きだったけれど、店を思い出す。
客に抱かれた後、最初のうちは体内の精液の始末がうまくできなくて、体調を崩すことが多かった。翡翠は、もちろん、こんなことになる以前にも男と付き合ったことも、セックスしたこともある。ろくでもない男たちばかりだったから、いつだって、始末は自分自身でしなければならなかった。けれど、その頃から、どうしてもうまくできなくて、その度に腹を下したり、傷を作ったりしていた。
だから、上手くできるようになるまで、それをするのは久米木の仕事だった。
客が帰ってから、久米木に無理矢理風呂に入れられて、身体の隅々まで洗われて、それは体内も例外ではなくて、中のものを久米木の太い指で掻き出されて、その執拗な指遣いにイかされたことすらあった。その間に掃除されている部屋に戻されて、ベッドに横にされたときの肌に触るシーツの感触。その感触と望まない快楽は翡翠の中では対になっていて、胸が苦しくなる。
けれど、ぶかぶかのスウェットから香る一青の匂いが、救ってくれた。頭まですっぽりと布団をかぶって、息を吸い込むと一青の匂いがする。だから、翡翠はまた、眠りの中に落ちていくことができた。
目覚めてすぐに着替えを済ませる。着替えは、魔法庁の職員という人物が用意してくれた。当たり障りのないグレーのフードのついたトレーナーと、スキニーのブルージーンズだ。別にセンスに文句を言うつもりはない。翡翠のような地味なタイプにはちょうどいい地味さだ。けれど、サイズが大きくて、腕まくりしておかないと、袖は親指まで隠れてしまうし、ジーンズは気を抜くと下がってきてしまう。
ため息をついて、翡翠は髪を後ろで纏めた。ゴムは一青が用意してくれた。わざわざすぐ近くのコンビニまで買いに行ってくれたらしい。ただの髪を纏める緑色のゴムなのだが、一青がくれたと思うとそれすら愛おしいような気持ちになった。
そっと静かにリビングに出る。中はしん。と静まり返っている。さすがに一青も紅二もまだ起きてはいないようだ。昨夜の話では紅二も学校に出かけるのは7時頃だから、起きているはずはない。
支給されたトレーナーの袖を折って、翡翠はキッチンに立った。昨夜、二人が喜んでくれたのが嬉しかったから、朝食を作ろうと思ったのだ。
昨夜のうちに計画して、メニューは決めてあった。育ち盛りの男の子がいるから、朝からがっつりと食べさせてあげたい。
食パンと、具だくさんのコンソメスープと、カリカリのベーコンを載せたシーザーサラダと、それから、翡翠が一番得意なオムレツ。ニンジンのソテーとウインナーを付け合わせにしよう。
喜んでくれるだろうかと、ドキドキしながら料理するのは楽しかった。
「……あ……れ?」
殆ど準備は終わって、あとは食べる直前にオムレツを仕上げようと思っていたところに、リビングのほうからドアの開く音と、一青の声が聞こえてきた。
「翡翠……さん?」
カウンタの向こうから、キッチンを覗き込んで、一青は驚いたように目を見張っている。
「おはよう」
何度も何度も練習した。昨夜、おやすみすら、ちゃんと顔を見ては言えなかったから、今度こそと思って、料理をしながら、何度もぶつぶつと挨拶の練習をしていたのだ。けれど、やっぱり、少しぎこちなかったんじゃないだろうか。
「あ。おはよ。メシ作ってくれてんの?」
散々練習した割にはぎこちなかったかもしれない挨拶に、一青は優しい笑顔を返してくれた。
「ん。その……泊めてもらってるお礼に……」
そう言ってから、それが自分の思っていることとは少し違うことに気付く。もちろん、嘘ではない。けれど、翡翠が朝食を作っている理由は別にある。
「……や。その。ちがくて。昨日、一青君が美味いっていってくれたの、うれしかったから……また、よろこんでほしくて」
今度の言葉は、うまく自分の気持ちを表現できていると思う。
好きだと思う人が、自分のしたことで喜んでくれるのが嬉しい。一青が笑ってくれると、気持ちが温かくなる。もっと、笑ってほしいと思う。
「……うあ。……マジで?」
翡翠の言葉に一青は顔を赤くして、口元を押さえて、そっぽを向いてしまった。
ピンと張ったシーツの感触は好きだったけれど、店を思い出す。
客に抱かれた後、最初のうちは体内の精液の始末がうまくできなくて、体調を崩すことが多かった。翡翠は、もちろん、こんなことになる以前にも男と付き合ったことも、セックスしたこともある。ろくでもない男たちばかりだったから、いつだって、始末は自分自身でしなければならなかった。けれど、その頃から、どうしてもうまくできなくて、その度に腹を下したり、傷を作ったりしていた。
だから、上手くできるようになるまで、それをするのは久米木の仕事だった。
客が帰ってから、久米木に無理矢理風呂に入れられて、身体の隅々まで洗われて、それは体内も例外ではなくて、中のものを久米木の太い指で掻き出されて、その執拗な指遣いにイかされたことすらあった。その間に掃除されている部屋に戻されて、ベッドに横にされたときの肌に触るシーツの感触。その感触と望まない快楽は翡翠の中では対になっていて、胸が苦しくなる。
けれど、ぶかぶかのスウェットから香る一青の匂いが、救ってくれた。頭まですっぽりと布団をかぶって、息を吸い込むと一青の匂いがする。だから、翡翠はまた、眠りの中に落ちていくことができた。
目覚めてすぐに着替えを済ませる。着替えは、魔法庁の職員という人物が用意してくれた。当たり障りのないグレーのフードのついたトレーナーと、スキニーのブルージーンズだ。別にセンスに文句を言うつもりはない。翡翠のような地味なタイプにはちょうどいい地味さだ。けれど、サイズが大きくて、腕まくりしておかないと、袖は親指まで隠れてしまうし、ジーンズは気を抜くと下がってきてしまう。
ため息をついて、翡翠は髪を後ろで纏めた。ゴムは一青が用意してくれた。わざわざすぐ近くのコンビニまで買いに行ってくれたらしい。ただの髪を纏める緑色のゴムなのだが、一青がくれたと思うとそれすら愛おしいような気持ちになった。
そっと静かにリビングに出る。中はしん。と静まり返っている。さすがに一青も紅二もまだ起きてはいないようだ。昨夜の話では紅二も学校に出かけるのは7時頃だから、起きているはずはない。
支給されたトレーナーの袖を折って、翡翠はキッチンに立った。昨夜、二人が喜んでくれたのが嬉しかったから、朝食を作ろうと思ったのだ。
昨夜のうちに計画して、メニューは決めてあった。育ち盛りの男の子がいるから、朝からがっつりと食べさせてあげたい。
食パンと、具だくさんのコンソメスープと、カリカリのベーコンを載せたシーザーサラダと、それから、翡翠が一番得意なオムレツ。ニンジンのソテーとウインナーを付け合わせにしよう。
喜んでくれるだろうかと、ドキドキしながら料理するのは楽しかった。
「……あ……れ?」
殆ど準備は終わって、あとは食べる直前にオムレツを仕上げようと思っていたところに、リビングのほうからドアの開く音と、一青の声が聞こえてきた。
「翡翠……さん?」
カウンタの向こうから、キッチンを覗き込んで、一青は驚いたように目を見張っている。
「おはよう」
何度も何度も練習した。昨夜、おやすみすら、ちゃんと顔を見ては言えなかったから、今度こそと思って、料理をしながら、何度もぶつぶつと挨拶の練習をしていたのだ。けれど、やっぱり、少しぎこちなかったんじゃないだろうか。
「あ。おはよ。メシ作ってくれてんの?」
散々練習した割にはぎこちなかったかもしれない挨拶に、一青は優しい笑顔を返してくれた。
「ん。その……泊めてもらってるお礼に……」
そう言ってから、それが自分の思っていることとは少し違うことに気付く。もちろん、嘘ではない。けれど、翡翠が朝食を作っている理由は別にある。
「……や。その。ちがくて。昨日、一青君が美味いっていってくれたの、うれしかったから……また、よろこんでほしくて」
今度の言葉は、うまく自分の気持ちを表現できていると思う。
好きだと思う人が、自分のしたことで喜んでくれるのが嬉しい。一青が笑ってくれると、気持ちが温かくなる。もっと、笑ってほしいと思う。
「……うあ。……マジで?」
翡翠の言葉に一青は顔を赤くして、口元を押さえて、そっぽを向いてしまった。
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