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The Ugly Duckling
Holy Eyes 11/11
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一青は体調を心配しているだけ。と、何度自分に言い聞かせても、一青の唇の形がすごく綺麗だとか、睫毛が長くてマッチ棒載りそうだとか、そんなことばかりがぐるぐると頭を回っていた。
「翡翠さん。いい匂いするね? 同じボディソープ使ったんだよね? なのに、どうして?」
首筋のあたりに顔を近づけて、すん。と、匂いを嗅いでから、一青が言う。別に何にもつけていないのに、匂いのことなんて言われるのが恥ずかしくて、さらに顔が熱くなった。
「や。匂い……なんて……っ。ごめ……あの」
いつの間にかソファの端にまで追い詰められていた。別に一青に触れられても、近寄られても一ミリたりとも嫌じゃない。自分は一青に相応しくないと思ったばかりだから、少しばかり抵抗して見せているだけなのだと自分でも自覚している。
でも、どうにも隠しようがないのだ。
一青が近くにいてくれると、どうしようもなく胸が高鳴るし、幸せだし、嬉しい。これを、恋と呼ばずに何と呼ぶのだろう。
「翡翠さんの唇って……柔らかそうだね。触れてもいい?」
もう、どうにでもしてくれと、言ってしまいそうだった。
けれど、言わなかった。
否、言えなかった。
腹の刻印が疼くのだ。ずくん。ずくん。と、いつもよりずっときつく。それは殆ど痛みに近かった。
「あー。俺いるの忘れてない?」
殆ど抱き合うような格好になっている二人の間に顔を寄せて、紅二が言った。ジト目で一青を見ている。
「ほら。やっぱ、キセイジジツ作る気なんじゃん」
非難するように言って、紅二は翡翠の腕を掴んでぐい。と、引っ張った。そのまま、一青の腕の中から連れ出される。
「あ? わりいかよ。そりゃ。最終的には……」
翡翠を奪われて、途端に不機嫌な顔になって、一青が答えた。
「あー。やっぱり大人は汚いー! 不潔! 翡翠さん。安心して。ケダモノからは俺が守るから」
一青から引き離した翡翠の背中を押して、紅二は翡翠に宛がわれた部屋のほうに歩き出した。
「翡翠さん、疲れてるもんね。もう、休もう?」
「あ。ちょっと待て。紅二」
一青の言葉を無視して、紅二は翡翠の部屋のドアを開けて、その中に翡翠を入らせる。それから、一青には聞こえないような小さな声で言う。
「お腹……痛い? 翡翠さん、兄貴のこと。もう好きなんだね。よかった。その呪いの男はちゃんと兄貴がカタつけてくれるから、心配しないで」
ドアと入口にそれぞれ手をかけて、一青から翡翠を隠すみたいにして、紅二は優しく笑った。やっぱり、全部見透かされていたのだ。
一青のことがもう、どうしようもないくらい好きになっていることも、呪いと呪いの術者が一青の思いにこたえる足かせになっていることも。
「おやすみ。ゆっくり休んで」
そう言って、紅二はドアを閉めずに、翡翠に背を向けた。
「紅二君。おやすみ」
その背中に声をかけると、くる。と、振り返ってにっこりと笑う。それから、一青の顔を一瞥して、紅二は部屋を出て行った。
「なんだよ。あいつ……」
紅二の背中を見送ってから、今度は一青が翡翠の部屋の前まで歩いてきた。
「あー。ごめん。翡翠さんが家にいるの嬉しくて、急ぎ過ぎた。疲れてるよな。
あのさ。でも、おやすみの前に、も一回。言わせてよ」
さら。と、少し濡れたままの翡翠の髪を撫でて、一青が真剣な表情になる。
「俺の伴侶になってください」
ゲートに。ではなく、ゲートキーパーにではなく。一青は伴侶と、言ってくれた。
だから、そのあと、一青がしてくれたキスを拒むことなんてもう、できなかった。
「一青……君」
少し唇が触れるだけの優しいキスが終わる。名残惜しい。もう一度と、言う言葉は、また、あの痛みに遮られた。
「……あの。……あの。俺……」
言葉にしようとすると、その部分が激しく痛む。もはやそれは疼きなどというものではなかった。
「……一青……君のこと……真剣に……ちゃんと……っ考えてるから……っ」
だから、翡翠はそれだけ言って、ドアを閉めた。
立っているのが限界で、閉めたドアに寄りかかって座り込む。痛くて、痛くて、その部分を抱えるように蹲ると、そこは酷く熱を持っていた。
「翡翠……さん。ありがと。好きだよ」
ドア越しに一青の声が聞こえる。夢を見ているような一言だった。
それなのに、腹の刻印が痛んで、自分も好きだと答えることができなかった。
「明日は、ギリギリまで休んでてくれていいから。おやすみ」
そう言って、一青の足音が離れていく。
その足音を聞きながら、翡翠は蹲ってそのまま目を閉じた。
「翡翠さん。いい匂いするね? 同じボディソープ使ったんだよね? なのに、どうして?」
首筋のあたりに顔を近づけて、すん。と、匂いを嗅いでから、一青が言う。別に何にもつけていないのに、匂いのことなんて言われるのが恥ずかしくて、さらに顔が熱くなった。
「や。匂い……なんて……っ。ごめ……あの」
いつの間にかソファの端にまで追い詰められていた。別に一青に触れられても、近寄られても一ミリたりとも嫌じゃない。自分は一青に相応しくないと思ったばかりだから、少しばかり抵抗して見せているだけなのだと自分でも自覚している。
でも、どうにも隠しようがないのだ。
一青が近くにいてくれると、どうしようもなく胸が高鳴るし、幸せだし、嬉しい。これを、恋と呼ばずに何と呼ぶのだろう。
「翡翠さんの唇って……柔らかそうだね。触れてもいい?」
もう、どうにでもしてくれと、言ってしまいそうだった。
けれど、言わなかった。
否、言えなかった。
腹の刻印が疼くのだ。ずくん。ずくん。と、いつもよりずっときつく。それは殆ど痛みに近かった。
「あー。俺いるの忘れてない?」
殆ど抱き合うような格好になっている二人の間に顔を寄せて、紅二が言った。ジト目で一青を見ている。
「ほら。やっぱ、キセイジジツ作る気なんじゃん」
非難するように言って、紅二は翡翠の腕を掴んでぐい。と、引っ張った。そのまま、一青の腕の中から連れ出される。
「あ? わりいかよ。そりゃ。最終的には……」
翡翠を奪われて、途端に不機嫌な顔になって、一青が答えた。
「あー。やっぱり大人は汚いー! 不潔! 翡翠さん。安心して。ケダモノからは俺が守るから」
一青から引き離した翡翠の背中を押して、紅二は翡翠に宛がわれた部屋のほうに歩き出した。
「翡翠さん、疲れてるもんね。もう、休もう?」
「あ。ちょっと待て。紅二」
一青の言葉を無視して、紅二は翡翠の部屋のドアを開けて、その中に翡翠を入らせる。それから、一青には聞こえないような小さな声で言う。
「お腹……痛い? 翡翠さん、兄貴のこと。もう好きなんだね。よかった。その呪いの男はちゃんと兄貴がカタつけてくれるから、心配しないで」
ドアと入口にそれぞれ手をかけて、一青から翡翠を隠すみたいにして、紅二は優しく笑った。やっぱり、全部見透かされていたのだ。
一青のことがもう、どうしようもないくらい好きになっていることも、呪いと呪いの術者が一青の思いにこたえる足かせになっていることも。
「おやすみ。ゆっくり休んで」
そう言って、紅二はドアを閉めずに、翡翠に背を向けた。
「紅二君。おやすみ」
その背中に声をかけると、くる。と、振り返ってにっこりと笑う。それから、一青の顔を一瞥して、紅二は部屋を出て行った。
「なんだよ。あいつ……」
紅二の背中を見送ってから、今度は一青が翡翠の部屋の前まで歩いてきた。
「あー。ごめん。翡翠さんが家にいるの嬉しくて、急ぎ過ぎた。疲れてるよな。
あのさ。でも、おやすみの前に、も一回。言わせてよ」
さら。と、少し濡れたままの翡翠の髪を撫でて、一青が真剣な表情になる。
「俺の伴侶になってください」
ゲートに。ではなく、ゲートキーパーにではなく。一青は伴侶と、言ってくれた。
だから、そのあと、一青がしてくれたキスを拒むことなんてもう、できなかった。
「一青……君」
少し唇が触れるだけの優しいキスが終わる。名残惜しい。もう一度と、言う言葉は、また、あの痛みに遮られた。
「……あの。……あの。俺……」
言葉にしようとすると、その部分が激しく痛む。もはやそれは疼きなどというものではなかった。
「……一青……君のこと……真剣に……ちゃんと……っ考えてるから……っ」
だから、翡翠はそれだけ言って、ドアを閉めた。
立っているのが限界で、閉めたドアに寄りかかって座り込む。痛くて、痛くて、その部分を抱えるように蹲ると、そこは酷く熱を持っていた。
「翡翠……さん。ありがと。好きだよ」
ドア越しに一青の声が聞こえる。夢を見ているような一言だった。
それなのに、腹の刻印が痛んで、自分も好きだと答えることができなかった。
「明日は、ギリギリまで休んでてくれていいから。おやすみ」
そう言って、一青の足音が離れていく。
その足音を聞きながら、翡翠は蹲ってそのまま目を閉じた。
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