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The Ugly Duckling

Holy Eyes 10/11

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「俺、今まで兄貴が付き合ってきた人……正直好きじゃなかったけど。翡翠さんならいいよ。や。翡翠さんがいい。きっと、翡翠さんなら兄貴のこと幸せにしてくれる」

 ぎゅ。と、翡翠の手を握ってから、“あ。やば”と、慌てて手を離して、紅二が言う。
 今日であったばかりで自分の何がわかるのだろうと、自分の中の天邪鬼な部分が囁く。きっと、この兄弟は、あの緋色の髪の人に心からの愛情を注がれてきたのだろう。この世界が優しくて、温かいものでできていると信じているのだ。自分たちが選んだゲートを宿すレアな生き物が、本当はつまらないただの地味な男だと気付きもしないのだ。
 同時に分かっていた。結界が消えて、初めて肌で感じたあの湧き上がる清浄な泉のような感覚。間違いようがない。翡翠の中のゲートは確実に一青が翡翠のゲートキーパーだと言っている。これはきっと、本能のようなものだ。だから、一青が翡翠を自分のゲートだと言った意味も分かる。
 それなのに、どうして、踏み出せないのか。

「も、少し考えさせてくれるかな」

 自分は一青には相応しくない。
 一青が惹かれているのは翡翠の中のゲートだ。翡翠のゲートと同じくらいと一青が評した箱根ゲートは、安定的に魔昏を排出する中マイナス規模のゲートだ。魔道発電に利用されていて、横浜ドームクラスのドーム都市の半分の電力を賄える程度の魔昏排出量を誇る。
 現在、日本に存在する人型ゲートで、中マイナス規模クラスのゲートを持っているのはただ一人。甲府ドームに暮らす20代のゲートで、波賀都の双子の姉だ。彼女はその人の身には巨大すぎるゲートと引き換えに、手足が木化する難病で自室を出ることすら不可能な身体だ。
 そのほかの人型ゲートのほとんどは小規模や極小規模のゲートの持ち主である。とはいえ、極小規模でも、一人で高層マンションの電力を賄うくらいなら容易い。規模の大きなゲートと違い、長時間全開で魔光を放出することも可能だ。
 しかし、もちろん、規模の大きなゲートが重要視されることは当然だ。
 その点で言って、翡翠のゲートは人型ゲートでは最大クラスと言える。その人型ゲート最大規模のゲートにゲートキーパーが惹かれないわけがない。

「ちょっと。その……混乱していて」

 自分を見てほしい。翡翠が嫉妬しているのは自分の中のゲートだ。
 けれど、きっと、ゲートのない自分だったら、一青は振り向きもしないだろう。
 翡翠は自分がその他大勢なのだと知っていた。物語の主人公になれるのは一青のような選ばれた人間だけだ。いや、その他大勢どころか、翡翠は石ころや道端の草や木と同じなのだ。そこにあることに誰も気づきはしない。
 そんな自分が一青に相応しいわけがないのだ。
 ずく。と、また、腹の刻印が疼く。それは、翡翠の出した結論が正しいと言っているようだった。

「翡翠さん」

 翡翠が使うことになるはずの部屋のドアが開いて、リビングに一青が入ってきた。

「ベッドにシーツ敷いといたよ」

 そのまま、翡翠の座るソファのところまで来て、隣に座る。もちろん、ソファには空きスペースなんていくらでもあるのだが、わざわざ隣に座って、顔を覗き込んでくるのだ。

「紅二。翡翠さんのこと困らせてねーだろうな?」

 そ。っと、翡翠の手に自分の手を重ねて、そのまま柔らかく握ってから、紅二に向かって一青は言う。

「べ……別に困らせてなんか」

 そう言ってから、紅二はちらり。と翡翠を見た。『困らせてなんていないよね?』と、ご主人様のご機嫌を窺う子犬のような瞳で見つめてくる。

「困らされてなんていないよ。アイスの話してただけ」

 少し溶け始めたアイスを一口口に入れてから、翡翠は言った。さっきと違って少しほろ苦く感じる。

「あ。翡翠さん、チョコ派? 俺も」

 取り繕っているのは分かったかもしれない。
 けれど、一青は深く追求することはなかった。

「一口頂戴」

 そう言って、スプーンを持った翡翠の手を上からぎゅっと握って、自分の口にアイスを入れる。

「ん。うまい」

 にっこりと笑いかけてくれる顔が近い。思わず頬が熱くなってしまう。

「顔。赤いね。のぼせた?」

 ぐい。と、身体を寄せて、一青は言う。恥ずかしくて、綺麗な青い瞳が見られない。

「……あ……や。へ……いき」

 視線を逸らして俯くと、両手で頬を包み込むように挟まれて顔をあげさせられた。

「平気じゃねーだろ? 真っ赤じゃん。氷嚢出そうか?」

 顔が近すぎる。もう、ほんの数センチで唇が触れてしまいそうだ。

「……え? そ……あの……大丈夫……だか……ら」

 心臓がばくばく言って、思考が麻痺してしまう。
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