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The Ugly Duckling

Holy Eyes 7/11

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「……どうしてだろ」

 それなのに、一青は翡翠のゲートキーパーになると言っているのだ。
 あんな店にいたのだ。身体を売らされていたのはもちろんわかっているはずだ。その上、こんな紋を描かれて、“男に犯されました”と書いてあるようなものなのに、それでも大切に扱ってくれる。

「一青……くん」

 どうしてそんなふうに自分を大切にしてくれているかは、わかっている。一青は本気だ。きっと、ここに連れてきたことは彼なりの覚悟の表れなのだ。ほかの人にならともかく、一青はあれだけ可愛がっている紅二に嘘を吐くことなんてないだろう。だから、一青の言っていることは、冗談でも揶揄っているわけでもない。

「……ぶす専なんかなー」

 呟いて、ばしゃ。と、浴槽のお湯で顔を洗う。
 あんなふうに綺麗に生まれて、毎日毎日鏡であんな綺麗な顔を見ていると、もう、綺麗な顔なんて見飽きてしまったのかもしれない。
 いや、顔のことなんてこの際どうでもいいかとなのかもしれない。

「せめて……もちょっと……マシだったらな……」

 一青は可愛いなんて言ってくれたけれど、自分のことはちゃんと理解している。少なくとも一青の隣に並んで釣り合いが取れるとは思えない。
 翡翠は中2の紅二よりも小さいし、1年間も監禁されていたせいで腕や足も情けないほど細くなっている。一青の身長は多分190近い。隣に並ぶとまるで大人と子供だ。
 それだけならまだしも、このぱっとしない容姿。

 ゲートが出現した約300年前の西暦2023年12月15日。魔の金曜日と呼ばれるその日を境に一部の人類は変化した。それまではなかった髪色や瞳の色、肌の色を持つ人間が多く現れた。その変化は、強い魔光を持っているものほど顕著で、元々自然界になかった外見的特徴が魔光の多寡を判断する一つの要素になっていた。後の世に、簡単に外見的特徴を変えられる魔法薬が開発され街に様々な色合いの髪や瞳や肌色が増えることで、それは判断基準としてはあまりあてにはならなくなってきているが、それでも、強力な魔光を有する者たちはかなり特徴的な外観を持っているものが多かった。

 一青の美しい青の髪と、瞳を思い出す。魔の金曜日以前にはなかった色だ。少し灰色がかったサラサラの青い髪。まさにコーンフラワーブルーというに相応しいサファイアの色の瞳。
 美しいだけでなく、強い魔光がその身の内にあるのだと分かる。土の檻を破ったときの手際の良さや、言霊の少なさでも、それは分かった。
 それに引き換え、自分はどうだ。
 日に透かすと少しだけ緑に見える黒髪。瞳の色なんて黒にしか見えない。見た目通りのぱっとしない魔光も、スレイヤーになれたのが奇跡のようなお粗末なものだった。どちらかというと、戦闘技術というよりも、魔法薬の精製や知識を買われているのだと自分でもわかっていた。
 容姿でも、能力でも、翡翠が一青の隣に立つのに相応しいところなんて一つもない。

「やっぱり……無理だ……よな」

 心ではもう、一青の隣にいたいと、願い始めている。
 ほぼ一目惚れだった。
 初めて見たその時から、惹かれていた。
 全部受け入れて、一青のものになりたい。
 そう思うと、腹に入れられた刻印がずくん。と疼く。身体に浮かぶ黒い文字がいつもよりもはっきりと強く浮かんでいるような気がする。まるで、それは、お前は汚れているのだと忠告をしているようだった。
 こんな汚れた自分が一青に相応しいわけがないのだ。一青のことが好きだと思う気持ちがしっかりした形を持つようになるにつれて思う。好きだからこそ、一青には自分より相応しい人と一緒になってほしい。
 一青ならばそれを望むことが許されるだろう。
 出来損ないのゲートでも、並以下の容姿でも、汚れた身体でもない人。そんなに難しい要求じゃない。

「……なんで……俺じゃないんだろ」

 美しい女性と結ばれて、ゲートキーパーとしても、スレイヤーとしても、充実した一青の将来を思い浮かべて、悲しくなる。どう考えてもその未来には自分の居場所はなかった。理解してはいるけれど、切ない。悲しい。
 助けてもらって、優しくしてもらって、それだけでも奇蹟だと思う気持ちとは裏腹に、どんどんと増していく劣等感とか、募っていく恋心とかそんなものを止めることができずに、翡翠はまた、大きくため息を吐いた。
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