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The Ugly Duckling
Holy Eyes 5/11
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こんな時間が来るなんて思ってもいなかった。
あの乱暴な客に犯されていたのは今日のことなのだ。まだ、殴られて切れた口元の傷も、青くなった頬の傷も、手錠でついた手首の傷も治ってはいない。身体には、情事の余韻すら残っている。足腰に力が入らなくて、階段を上るのにも一青に支えてもらったほどだ。
客に抱かれていた時には、もう自分は一生男たちの慰み者になって、魔光を吸われ続けるのだと思っていたのに。もう二度と心の底から笑うことなんてできないと思っていたのに。
それなのに、すごく自然に笑えた。笑える自分が残っていたことに驚く。
「……とにかく……だ。まず、一週間。翡翠さんはここで暮らすから。それはいいな?」
翡翠が初めて見せた笑顔に、一青はすごくうれしそうな顔をした。
「ん。部屋いっぱい余ってるしいいよ。へへ。メシ賑やかになって嬉しい」
一青の嬉しそうな顔に今度は紅二が嬉しそうに笑う。
「よろしく。翡翠さん。兄貴にやーらしーことされそうになったら言って? 通報してあげるから」
冗談めかしてそう言ってから、紅二は握手をしようと翡翠の手を取った。
「え? うあっ」
けれど、何かに驚いたように手を離す。
「マジ……? すげ。なんか、すげー入ってくる」
まじまじと翡翠の細い手を見つめて、紅二が言う。
「これって、吸魔の……肆? ごめん。ちょっと、貰っちゃったけど……よかった?」
翡翠にかけられている吸魔の肆。ゲートから零れ落ちた魔光を客に吸わせるための呪いだ。挿入して奪う方法が一番効率的だが、握手程度でも力を奪うことができる。紅二はそれに驚いたようだった。
「ああ。うん。いいよ。逃がしておかないと、すぐに溜まってくるし」
翡翠の望まない酷い方法で奪われるならともかく、一青や一青の大切な人に分け与えられるなら、構わないと翡翠は思う。けれど、答えてから、ちら。と、一青の顔色を確認する。一青は“ほかのヤツに渡したくない”と、言ってくれた。だから、一青の嫌がることはしたくない。
一青は複雑な顔をしていた。
「……ま。紅二ならしかたねーか。俺だけじゃ……吸収しきれねーしな」
ぼそり。と、小さく呟く。
「べたべた触るんじゃねーぞ」
まるで、翡翠が自分のものだ。と、主張するように、くしゃ。と紅二の頭を撫でて、一青は言った。久米木に所有物のように扱われるのは、寒気がするほど嫌だった。けれど、一青にそんなふうに言われるのは、決して不快ではない。むしろ、嬉しいとすら思ってしまう。
「へーい。あー。ところでさ。今日、メシどうすんの? めちゃ腹減った」
へにゃ。と、力なく笑って、紅二が言う。リビングの時計を見ると、7時を回っている。育ち盛りの男子中学生の腹が減っていないわけがないだろう。
「あの……さ。もしよかったら、作ろうか? 料理、好きだから」
翡翠の言葉に、一青と紅二が同時に凝視してくる。
「や。でも、翡翠さん疲れてるだろうし……」
「お願いします!」
遠慮をする一青の声と、勢いよく頭を下げた紅二の声は同時だった。
「あ。こら、紅二。おま……ずうずうしいんだよ」
またしても拳骨をされそうになって、紅二は素早く一青の手を避けて、翡翠の後ろに回り込んだ。
「だってさ。兄貴の料理……まずくはないけど、凝り始めるとずっと同じもん作ってるだろ? ワンパターンなんだよ。飽きる」
翡翠を盾にして後ろに隠れたまま、紅二が言った。
「だからって、翡翠さんはな。今日、何か月ぶりかで外に出られたばっかで、疲れてんだよ」
一青の言う通り疲れてはいた。足腰も痛かった。けれど、病院で多少なりとも寝たせいか、どちらかというと、少しは身体を動かしたい気分だった。
「簡単なもんでいいなら、15分もあればできるし。久しぶりに料理したい」
翡翠が言うと、一青は早々に折れた。一青自身もそれほど料理は得意ではないのだろう。
「悪い。無理させてごめんだけど、その……翡翠さんの手料理食べてみたい」
そんなふうに言ってくれるのも嬉しい。誰かに望まれて料理を作るなんていつ以来だろう。
「冷蔵庫見せてもらってもいいかな?」
立ち上がろうとすると、すぐに一青が近くに来て手を貸してくれた。別にふら付いているというほどでもない。けれど、嬉しくて、それも素直に受け入れた。
失敗しないで好意を受け入れたり、自分のできることで喜んでもらえるのが、新鮮で嬉しかった。
あの乱暴な客に犯されていたのは今日のことなのだ。まだ、殴られて切れた口元の傷も、青くなった頬の傷も、手錠でついた手首の傷も治ってはいない。身体には、情事の余韻すら残っている。足腰に力が入らなくて、階段を上るのにも一青に支えてもらったほどだ。
客に抱かれていた時には、もう自分は一生男たちの慰み者になって、魔光を吸われ続けるのだと思っていたのに。もう二度と心の底から笑うことなんてできないと思っていたのに。
それなのに、すごく自然に笑えた。笑える自分が残っていたことに驚く。
「……とにかく……だ。まず、一週間。翡翠さんはここで暮らすから。それはいいな?」
翡翠が初めて見せた笑顔に、一青はすごくうれしそうな顔をした。
「ん。部屋いっぱい余ってるしいいよ。へへ。メシ賑やかになって嬉しい」
一青の嬉しそうな顔に今度は紅二が嬉しそうに笑う。
「よろしく。翡翠さん。兄貴にやーらしーことされそうになったら言って? 通報してあげるから」
冗談めかしてそう言ってから、紅二は握手をしようと翡翠の手を取った。
「え? うあっ」
けれど、何かに驚いたように手を離す。
「マジ……? すげ。なんか、すげー入ってくる」
まじまじと翡翠の細い手を見つめて、紅二が言う。
「これって、吸魔の……肆? ごめん。ちょっと、貰っちゃったけど……よかった?」
翡翠にかけられている吸魔の肆。ゲートから零れ落ちた魔光を客に吸わせるための呪いだ。挿入して奪う方法が一番効率的だが、握手程度でも力を奪うことができる。紅二はそれに驚いたようだった。
「ああ。うん。いいよ。逃がしておかないと、すぐに溜まってくるし」
翡翠の望まない酷い方法で奪われるならともかく、一青や一青の大切な人に分け与えられるなら、構わないと翡翠は思う。けれど、答えてから、ちら。と、一青の顔色を確認する。一青は“ほかのヤツに渡したくない”と、言ってくれた。だから、一青の嫌がることはしたくない。
一青は複雑な顔をしていた。
「……ま。紅二ならしかたねーか。俺だけじゃ……吸収しきれねーしな」
ぼそり。と、小さく呟く。
「べたべた触るんじゃねーぞ」
まるで、翡翠が自分のものだ。と、主張するように、くしゃ。と紅二の頭を撫でて、一青は言った。久米木に所有物のように扱われるのは、寒気がするほど嫌だった。けれど、一青にそんなふうに言われるのは、決して不快ではない。むしろ、嬉しいとすら思ってしまう。
「へーい。あー。ところでさ。今日、メシどうすんの? めちゃ腹減った」
へにゃ。と、力なく笑って、紅二が言う。リビングの時計を見ると、7時を回っている。育ち盛りの男子中学生の腹が減っていないわけがないだろう。
「あの……さ。もしよかったら、作ろうか? 料理、好きだから」
翡翠の言葉に、一青と紅二が同時に凝視してくる。
「や。でも、翡翠さん疲れてるだろうし……」
「お願いします!」
遠慮をする一青の声と、勢いよく頭を下げた紅二の声は同時だった。
「あ。こら、紅二。おま……ずうずうしいんだよ」
またしても拳骨をされそうになって、紅二は素早く一青の手を避けて、翡翠の後ろに回り込んだ。
「だってさ。兄貴の料理……まずくはないけど、凝り始めるとずっと同じもん作ってるだろ? ワンパターンなんだよ。飽きる」
翡翠を盾にして後ろに隠れたまま、紅二が言った。
「だからって、翡翠さんはな。今日、何か月ぶりかで外に出られたばっかで、疲れてんだよ」
一青の言う通り疲れてはいた。足腰も痛かった。けれど、病院で多少なりとも寝たせいか、どちらかというと、少しは身体を動かしたい気分だった。
「簡単なもんでいいなら、15分もあればできるし。久しぶりに料理したい」
翡翠が言うと、一青は早々に折れた。一青自身もそれほど料理は得意ではないのだろう。
「悪い。無理させてごめんだけど、その……翡翠さんの手料理食べてみたい」
そんなふうに言ってくれるのも嬉しい。誰かに望まれて料理を作るなんていつ以来だろう。
「冷蔵庫見せてもらってもいいかな?」
立ち上がろうとすると、すぐに一青が近くに来て手を貸してくれた。別にふら付いているというほどでもない。けれど、嬉しくて、それも素直に受け入れた。
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