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The Ugly Duckling
Holy Eyes 3/11
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玄関を入ってすぐの階段を二階に上がる。それから、踊り場のドアを開けると、中は広いリビング・ダイニングだった。
明るい色の木目のフローリングに大きめのダイニングテーブルがカウンタに沿って置かれている。カウンタの向こうはキッチンだ。手前のリビング部分には茶色のクロスの大きなソファセットが置かれていて、壁際には大きな液晶テレビ。壁紙は落ち着いた薄いオレンジで温かな印象を受ける。
「翡翠さんにはそっちの部屋使ってもらうから。作り付けのベッドが入ってる。あっちのドアがトイレな。それから、風呂場はそっちだけど……下宿やってた時の名残で……でかすぎんだよ。いつでも、使いたいときに使って。俺と、紅二……あ。弟だけど、紅二は上の階にいるから。困ったら……これ」
真新しいスマートフォンを翡翠の手に手渡して、その手をそっと包み込むように握ってハルが言う。
「俺の番号は入ってる。俺の私物で、支給品じゃないから、盗聴とかの心配はないよ。持ってて。後で上も案内するな。何か、温かいもの淹れてくるから、ソファに座ってて」
優しく背中を押してソファに促されて、翡翠は素直に頷いてそこに座った。そうすると、一青は嬉しそうに笑ってキッチンのほうへ行ってしまった。
一青の姿が見えないと少し、いや、かなり不安になる。まるで、卵から孵った雛鳥が、生まれて初めてみたものを親だと思うインプリンティングのように、一青に頼り切っている自分がいる。
眠っている間に簡単な健康のチェックや、魔光の波形診断は済まされているらしいけれど、今日は疲れているだろうからと、それ以上の事情聴取などは何もなかった。だから、数人の看護師と、医者、それから、家まで送ってくれた魔法庁の職員以外には誰にも会ってはいない。
いまだ、翡翠の世界に明確な形を持って存在しているのは一青だけなのだ。
今日の日付を聞いたら、翡翠が拉致された日から約1年半の時間が経っていた。名前と顔は分かっているから、身元を調べて以前のアパートにも問い合わせてくれたらしいのだが、失踪から1週間もしないうちに片付けられていたらしい。連帯保証人になってもらっていた、翡翠の所属していた事務所のものという人物が現れて、引き払っていったらしい。つまりは、翡翠の所属していたスレイヤー事務所も、グルだったというわけだ。
守秘義務のためなのか、翡翠に対する配慮なのかはわからないけれど、一青はあまりことの顛末を話してはくれなかった。『落ち着いたらちゃんと話す』と言われて、翡翠はそれ以上何も聞けなかった。
けれど、きっと、大事にはなっているだろう。孤児収容施設を経営していた企業はかなりの大企業だ。その上、翡翠と一緒に人体実験に使われていたスレイヤーの数は知っている限りでも50人は下らない。研究室の暴走だと言い訳をしても、企業の責任も問われるだろう。施設からスレイヤーになった者たちが所属していたいくつかのスレイヤー事務所も、それを束ねるスレイヤーズギルドも、もちろん無関係ではないはずだ。いったい何人の逮捕者が出るかと考えると、怖いくらいだ。
「兄貴、ただいま~! お客さん来てんの?」
暗い気持ちをかき消すみたいに響いてきた元気のいい声に、翡翠はドアを振り返った。
「あ。ども。こんばんは」
そこにいたのは中学生くらいの赤い髪の少年だった。ツンツンと元気よく逆立てた髪を短く切りそろえて、リュックサックを片方の肩にかけて、額に汗を浮かべて、にこにこと笑っている。少し釣り目がちなのだが、ずっと笑顔を浮かべているから人懐っこい印象だ。
「こんばんは」
きっと、彼が一青の言っていた紅二だろう。外見はあまり似ていないけれど、彼の中に感じる魔光の質は一青によく似ている。
「おかえり」
キッチンからカップを持って一青が出てくる。
「はい。どうぞ」
それから、そのカップを翡翠に手渡してくれた。
「翡翠さん。これは弟の紅二。紅二。この人は翡翠さん。これから、うちに住むから」
一青の言葉に紅二はきょとんとしていた。何の説明もなしにいきなり他人を家に連れて帰ってきたらそうなるのは当たり前だろう。
明るい色の木目のフローリングに大きめのダイニングテーブルがカウンタに沿って置かれている。カウンタの向こうはキッチンだ。手前のリビング部分には茶色のクロスの大きなソファセットが置かれていて、壁際には大きな液晶テレビ。壁紙は落ち着いた薄いオレンジで温かな印象を受ける。
「翡翠さんにはそっちの部屋使ってもらうから。作り付けのベッドが入ってる。あっちのドアがトイレな。それから、風呂場はそっちだけど……下宿やってた時の名残で……でかすぎんだよ。いつでも、使いたいときに使って。俺と、紅二……あ。弟だけど、紅二は上の階にいるから。困ったら……これ」
真新しいスマートフォンを翡翠の手に手渡して、その手をそっと包み込むように握ってハルが言う。
「俺の番号は入ってる。俺の私物で、支給品じゃないから、盗聴とかの心配はないよ。持ってて。後で上も案内するな。何か、温かいもの淹れてくるから、ソファに座ってて」
優しく背中を押してソファに促されて、翡翠は素直に頷いてそこに座った。そうすると、一青は嬉しそうに笑ってキッチンのほうへ行ってしまった。
一青の姿が見えないと少し、いや、かなり不安になる。まるで、卵から孵った雛鳥が、生まれて初めてみたものを親だと思うインプリンティングのように、一青に頼り切っている自分がいる。
眠っている間に簡単な健康のチェックや、魔光の波形診断は済まされているらしいけれど、今日は疲れているだろうからと、それ以上の事情聴取などは何もなかった。だから、数人の看護師と、医者、それから、家まで送ってくれた魔法庁の職員以外には誰にも会ってはいない。
いまだ、翡翠の世界に明確な形を持って存在しているのは一青だけなのだ。
今日の日付を聞いたら、翡翠が拉致された日から約1年半の時間が経っていた。名前と顔は分かっているから、身元を調べて以前のアパートにも問い合わせてくれたらしいのだが、失踪から1週間もしないうちに片付けられていたらしい。連帯保証人になってもらっていた、翡翠の所属していた事務所のものという人物が現れて、引き払っていったらしい。つまりは、翡翠の所属していたスレイヤー事務所も、グルだったというわけだ。
守秘義務のためなのか、翡翠に対する配慮なのかはわからないけれど、一青はあまりことの顛末を話してはくれなかった。『落ち着いたらちゃんと話す』と言われて、翡翠はそれ以上何も聞けなかった。
けれど、きっと、大事にはなっているだろう。孤児収容施設を経営していた企業はかなりの大企業だ。その上、翡翠と一緒に人体実験に使われていたスレイヤーの数は知っている限りでも50人は下らない。研究室の暴走だと言い訳をしても、企業の責任も問われるだろう。施設からスレイヤーになった者たちが所属していたいくつかのスレイヤー事務所も、それを束ねるスレイヤーズギルドも、もちろん無関係ではないはずだ。いったい何人の逮捕者が出るかと考えると、怖いくらいだ。
「兄貴、ただいま~! お客さん来てんの?」
暗い気持ちをかき消すみたいに響いてきた元気のいい声に、翡翠はドアを振り返った。
「あ。ども。こんばんは」
そこにいたのは中学生くらいの赤い髪の少年だった。ツンツンと元気よく逆立てた髪を短く切りそろえて、リュックサックを片方の肩にかけて、額に汗を浮かべて、にこにこと笑っている。少し釣り目がちなのだが、ずっと笑顔を浮かべているから人懐っこい印象だ。
「こんばんは」
きっと、彼が一青の言っていた紅二だろう。外見はあまり似ていないけれど、彼の中に感じる魔光の質は一青によく似ている。
「おかえり」
キッチンからカップを持って一青が出てくる。
「はい。どうぞ」
それから、そのカップを翡翠に手渡してくれた。
「翡翠さん。これは弟の紅二。紅二。この人は翡翠さん。これから、うちに住むから」
一青の言葉に紅二はきょとんとしていた。何の説明もなしにいきなり他人を家に連れて帰ってきたらそうなるのは当たり前だろう。
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