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The Ugly Duckling
Will you marry me? 5/7
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「翡翠さんは、感じなかった?」
じっと、黙って、翡翠の言葉を聞いていた一青が口を開いた。穏やかで、優しくて、静かで、けれど、はっきりと決意が滲んだ声だった。
「え?」
しかし、その言葉の意味が分からなくて、翡翠は問い返す。
「俺はわかったよ。あの結界が消えた瞬間。ああ、この人が俺のゲートだって。わかった」
綺麗なサファイアの瞳が見つめている。逸らしたくても逸らせなくなるような真摯な瞳だった。
「若葉の匂いがする。翠色の風だ。包まれたらすごく……心が震えた。だから、決めた。
どういう意味か分かってるかって? わかってるよ。あなたの言った通りだ。結婚してくださいって言ってる」
どうして。と、翡翠は思う。
今日、出会ったばかりで、名前以外で知っていることと言ったら、身体を売らされていたことだけなのに。並以下の容姿の、汚れた身体の、紛い物だと知っているのに。
一青は真摯な瞳で、優しい声で、言うのだ。言ってのけるのだ。
「……意味……わかんないよ」
本当は翡翠だってわかっていた。
あの澄んだ水が湧き上がってくるような、その水に汚れを洗い流されるような感覚。
きっと、彼は自分のゲートキーパーなのだ。
「……揶揄うなよ。俺……ゲイだから。そゆうの。本当に無理。
俺みたいな……平凡で、影薄くて、なんのとりえもなくて、平均以下の顔したヤツ……冗談でも真に受けちゃうから、そゆのやめてくれ」
でも、それを手放しに信じられるほど、翡翠は幸福な人生を送ってはいなかった。
かつて、禄でもない男にボロボロにされた自分を救ってくれた人。初めて優しくしてくれて、この人ならばと心を寄せた人。
その人が、彼に吸魔の十三を描いた男だ。あの暗い部屋で翡翠に身体を無理矢理売らせていた男だ。
だから、簡単に信じることなんてできなかった。
そんな男でも、かつては優しく笑いかけてくれたのだ。
「あの店で……俺がなんて言われてたか知ってる?
『萎えるから顔見せんな』
『気持ちわりーから、感じてる顔なんてすんじゃねえよ』
顔に紙袋かぶせられたり、枕押し付けられて窒息させられそうになったり。
今日だって……ほんの少し声……あげただけで、何回も殴られて。
勝手に来て……勝手に突っ込んで、勝手にイって、勝手に奪ってくくせに……っ。
俺だって……別に好きでこんな顔に生まれたわけじゃない。好きでこんな名前を付けてもらったわけじゃない。好きで……ゲートになったわけじゃないんだ。
だから……本気じゃないなら、触れないでくれ」
翡翠の言葉に、一青は大きくため息を吐いた。
きっと呆れただろう。
助けてもらっておいて、礼も言っていないのに、少し揶揄われたくらいでこんなふうに本気になって、あの店でさせられていたことの八つ当たりまでしているのだ。呆れられないほうがおかしい。
「……なんでもっと早く……」
顔を上げると、一青は酷く不快そうな顔をしていた。呆れられているどころか、怒らせてしまったようだ。
その顔に切なくなる。怒らせたのは自分なのに、すぐに後悔でいっぱいになった。
笑って受け流せばよかった。それができれば、友達にくらいはなれたかもしれない。友達でもいいから、もっと、そばにいたい。
そう思ってから気づく。
自分は、一青が好きなのだ。
いや、好きにならないはずがない。こんな魅力的な男を、好きにならずにいられるはずがない。
でももう、遅い。自分はまた、失敗してしまったのだ。翡翠は思う。きっと、今から謝っても手遅れだ。
じっと、黙って、翡翠の言葉を聞いていた一青が口を開いた。穏やかで、優しくて、静かで、けれど、はっきりと決意が滲んだ声だった。
「え?」
しかし、その言葉の意味が分からなくて、翡翠は問い返す。
「俺はわかったよ。あの結界が消えた瞬間。ああ、この人が俺のゲートだって。わかった」
綺麗なサファイアの瞳が見つめている。逸らしたくても逸らせなくなるような真摯な瞳だった。
「若葉の匂いがする。翠色の風だ。包まれたらすごく……心が震えた。だから、決めた。
どういう意味か分かってるかって? わかってるよ。あなたの言った通りだ。結婚してくださいって言ってる」
どうして。と、翡翠は思う。
今日、出会ったばかりで、名前以外で知っていることと言ったら、身体を売らされていたことだけなのに。並以下の容姿の、汚れた身体の、紛い物だと知っているのに。
一青は真摯な瞳で、優しい声で、言うのだ。言ってのけるのだ。
「……意味……わかんないよ」
本当は翡翠だってわかっていた。
あの澄んだ水が湧き上がってくるような、その水に汚れを洗い流されるような感覚。
きっと、彼は自分のゲートキーパーなのだ。
「……揶揄うなよ。俺……ゲイだから。そゆうの。本当に無理。
俺みたいな……平凡で、影薄くて、なんのとりえもなくて、平均以下の顔したヤツ……冗談でも真に受けちゃうから、そゆのやめてくれ」
でも、それを手放しに信じられるほど、翡翠は幸福な人生を送ってはいなかった。
かつて、禄でもない男にボロボロにされた自分を救ってくれた人。初めて優しくしてくれて、この人ならばと心を寄せた人。
その人が、彼に吸魔の十三を描いた男だ。あの暗い部屋で翡翠に身体を無理矢理売らせていた男だ。
だから、簡単に信じることなんてできなかった。
そんな男でも、かつては優しく笑いかけてくれたのだ。
「あの店で……俺がなんて言われてたか知ってる?
『萎えるから顔見せんな』
『気持ちわりーから、感じてる顔なんてすんじゃねえよ』
顔に紙袋かぶせられたり、枕押し付けられて窒息させられそうになったり。
今日だって……ほんの少し声……あげただけで、何回も殴られて。
勝手に来て……勝手に突っ込んで、勝手にイって、勝手に奪ってくくせに……っ。
俺だって……別に好きでこんな顔に生まれたわけじゃない。好きでこんな名前を付けてもらったわけじゃない。好きで……ゲートになったわけじゃないんだ。
だから……本気じゃないなら、触れないでくれ」
翡翠の言葉に、一青は大きくため息を吐いた。
きっと呆れただろう。
助けてもらっておいて、礼も言っていないのに、少し揶揄われたくらいでこんなふうに本気になって、あの店でさせられていたことの八つ当たりまでしているのだ。呆れられないほうがおかしい。
「……なんでもっと早く……」
顔を上げると、一青は酷く不快そうな顔をしていた。呆れられているどころか、怒らせてしまったようだ。
その顔に切なくなる。怒らせたのは自分なのに、すぐに後悔でいっぱいになった。
笑って受け流せばよかった。それができれば、友達にくらいはなれたかもしれない。友達でもいいから、もっと、そばにいたい。
そう思ってから気づく。
自分は、一青が好きなのだ。
いや、好きにならないはずがない。こんな魅力的な男を、好きにならずにいられるはずがない。
でももう、遅い。自分はまた、失敗してしまったのだ。翡翠は思う。きっと、今から謝っても手遅れだ。
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