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The Ugly Duckling
encounter 5/7
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ため息を吐くと、目の前が一瞬昏くなる。どうやら、のぼせてしまうほどに時間が経っていたらしかった。いっそこのまま、ここで眠って死んでしまっても構わないと思う。
思ってから、誰にも気づかれずにこんなところで野垂れ死ぬ自分があまりに自分らしく思えて、それが酷く哀れに思えて、少しだけ悔しくなった。だから、壁に寄りかかって、翡翠は立ち上がった。
身体が酷く痛む。
痛む身体を見下ろすと、不気味に浮かぶ黒い文字が目に入る。この文字は、“吸魔の呪い”と呼ばれるものだ。翡翠の意思にかかわらず、魔光を吸出し別の場所へ転送している。だから、翡翠の身体に残る魔光はいわば零れ落ちた残りかすのようなものだ。それでも、人間に扱えるレベルの魔光としては最上級なのだと久米木は言った。
転送用の最上級の“吸魔の呪い”とは別に単純な“吸魔の呪い”で、零れ落ちて溜まった魔光はすべて客に奪われる。その上、自分自身の魔光は足の鎖で封じられて、立っているのもやっとだった。
もちろん、彼がさせられていることは紛れもない性行為だ。客の目的が何であれ、それがセックスであることには変わりはない。自然の摂理に反した男性同士の行為なうえに、客は翡翠を労わることなど一ミリも考えてはいない。だから、終わった後はいつも彼の身体はボロボロだった。結局、その身体も、ベッドの下に描かれた治癒の魔法で強制的に回復させられるのだが。
せめてもの救いは、慣らしもしないでいきなり突っ込まれることがないことだろうか。いや。セックスの準備は久米木が全部する。身体の中まで清めて、念入りに解されて、ご丁寧にローションまで仕込まれるその時間が翡翠にとってはもう一つの地獄だった。
どさ。と、濡れたままの身体を拭くこともせず、翡翠はベッドに倒れ込んだ。もともと、着替えは用意されていない。逃走防止なのか、客の脱がせる手間を省くためなのかはわからない。ただ、同性性交を嫌がる客のときだけは、今日のように股間を覆う下着ともいえないような布切れを渡されるのだ。
だから、眠りにつくときは大抵何も身に着けてはいなかった。空調のきいた部屋は寒くはない。けれど、まるで人間として扱われていないようで、それが辛くて翡翠の細い肩は小さく震えた。
「……だれ……か」
呟いた瞬間にいきなり大音響で何かを知らせる警戒音が流れた。文字で表現するなら『ビー』となるだろうか、酷く不快で、心の不安を煽るような音だ。
「……な……に?」
軋む身体をベッドの上に起こして、翡翠は小さく呟いた。
ここへ連れてこられて、どれくらいの時が経ったのか、わからないのだが、こんなことは初めてだった。
「え……と」
頭が重い。これからどうするべきなのか考えなければいけないのに、靄がかかったようで、頭が働いてくれない。おそらくは、行為の前にかけられた“呪い”のせいだ。正常な思考を鈍らせて、快楽を増幅させる“呪い”だ。
「くそ……っ」
悪態をついて、翡翠ははっきりとしてくれない頭を振った。
部屋は完全に防音になっているので、外の音は聞こえない。はずだった。しかし、外からは何か微かに聞こえている。
「なんだ?」
翡翠は耳がいい。わずかな音の違いを聞き分けることもできる。
「爆発……音?」
その耳が聞き分けたのは、低く地鳴りのような爆発音だった。
そして、次の瞬間にドアが叩かれた。
「え?」
そのドアがノック(というにはあまりに乱暴な音だったのだが)されたことなど、一度もない。客や、久米木がいるときでも同じだ。
「だ……れ?」
鍵が開く音。
そして、ドアが開いた。
開いたドアの元には誰もいない。
そこで、翡翠ははっとした。
「入っちゃダメだ!」
思わず叫んでいた。
外にいるのは久米木ではない。客でもない。彼らはドアをノックすることなどないからだ。
別の従業員については、毎日食事を持ってくる男しか知らない。乱暴で言葉遣いの汚い男だった。その男ももちろん、ドアをノックすることなんてありえない。
そして、開けられたドアには誰も姿を見せない。ということは、中を警戒している可能性が高い。警戒しているのにも関わらず、扉をノックしたのだ。だから、おそらくはノックは開けた瞬間に攻撃させるための誘いだ。
であるならば、ドアの外で身を隠している人物は、この店にとって招かざる客である可能性が高い。
「そこ、結界が張ってあるから、そのまま入ったら怪我する」
だから、全てを考慮に入れて、翡翠は言った。この店にとって、招かざる客だとするならば、その人物は自分にとっては待ち望んでいた誰かなのかもしれない。
思ってから、誰にも気づかれずにこんなところで野垂れ死ぬ自分があまりに自分らしく思えて、それが酷く哀れに思えて、少しだけ悔しくなった。だから、壁に寄りかかって、翡翠は立ち上がった。
身体が酷く痛む。
痛む身体を見下ろすと、不気味に浮かぶ黒い文字が目に入る。この文字は、“吸魔の呪い”と呼ばれるものだ。翡翠の意思にかかわらず、魔光を吸出し別の場所へ転送している。だから、翡翠の身体に残る魔光はいわば零れ落ちた残りかすのようなものだ。それでも、人間に扱えるレベルの魔光としては最上級なのだと久米木は言った。
転送用の最上級の“吸魔の呪い”とは別に単純な“吸魔の呪い”で、零れ落ちて溜まった魔光はすべて客に奪われる。その上、自分自身の魔光は足の鎖で封じられて、立っているのもやっとだった。
もちろん、彼がさせられていることは紛れもない性行為だ。客の目的が何であれ、それがセックスであることには変わりはない。自然の摂理に反した男性同士の行為なうえに、客は翡翠を労わることなど一ミリも考えてはいない。だから、終わった後はいつも彼の身体はボロボロだった。結局、その身体も、ベッドの下に描かれた治癒の魔法で強制的に回復させられるのだが。
せめてもの救いは、慣らしもしないでいきなり突っ込まれることがないことだろうか。いや。セックスの準備は久米木が全部する。身体の中まで清めて、念入りに解されて、ご丁寧にローションまで仕込まれるその時間が翡翠にとってはもう一つの地獄だった。
どさ。と、濡れたままの身体を拭くこともせず、翡翠はベッドに倒れ込んだ。もともと、着替えは用意されていない。逃走防止なのか、客の脱がせる手間を省くためなのかはわからない。ただ、同性性交を嫌がる客のときだけは、今日のように股間を覆う下着ともいえないような布切れを渡されるのだ。
だから、眠りにつくときは大抵何も身に着けてはいなかった。空調のきいた部屋は寒くはない。けれど、まるで人間として扱われていないようで、それが辛くて翡翠の細い肩は小さく震えた。
「……だれ……か」
呟いた瞬間にいきなり大音響で何かを知らせる警戒音が流れた。文字で表現するなら『ビー』となるだろうか、酷く不快で、心の不安を煽るような音だ。
「……な……に?」
軋む身体をベッドの上に起こして、翡翠は小さく呟いた。
ここへ連れてこられて、どれくらいの時が経ったのか、わからないのだが、こんなことは初めてだった。
「え……と」
頭が重い。これからどうするべきなのか考えなければいけないのに、靄がかかったようで、頭が働いてくれない。おそらくは、行為の前にかけられた“呪い”のせいだ。正常な思考を鈍らせて、快楽を増幅させる“呪い”だ。
「くそ……っ」
悪態をついて、翡翠ははっきりとしてくれない頭を振った。
部屋は完全に防音になっているので、外の音は聞こえない。はずだった。しかし、外からは何か微かに聞こえている。
「なんだ?」
翡翠は耳がいい。わずかな音の違いを聞き分けることもできる。
「爆発……音?」
その耳が聞き分けたのは、低く地鳴りのような爆発音だった。
そして、次の瞬間にドアが叩かれた。
「え?」
そのドアがノック(というにはあまりに乱暴な音だったのだが)されたことなど、一度もない。客や、久米木がいるときでも同じだ。
「だ……れ?」
鍵が開く音。
そして、ドアが開いた。
開いたドアの元には誰もいない。
そこで、翡翠ははっとした。
「入っちゃダメだ!」
思わず叫んでいた。
外にいるのは久米木ではない。客でもない。彼らはドアをノックすることなどないからだ。
別の従業員については、毎日食事を持ってくる男しか知らない。乱暴で言葉遣いの汚い男だった。その男ももちろん、ドアをノックすることなんてありえない。
そして、開けられたドアには誰も姿を見せない。ということは、中を警戒している可能性が高い。警戒しているのにも関わらず、扉をノックしたのだ。だから、おそらくはノックは開けた瞬間に攻撃させるための誘いだ。
であるならば、ドアの外で身を隠している人物は、この店にとって招かざる客である可能性が高い。
「そこ、結界が張ってあるから、そのまま入ったら怪我する」
だから、全てを考慮に入れて、翡翠は言った。この店にとって、招かざる客だとするならば、その人物は自分にとっては待ち望んでいた誰かなのかもしれない。
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